2018年5月 第3週
先週に引き続き、第九層ロビー≪
先々月の半ばから[o葵o]のレベル上げに同行して、先月半ばには別行動。今月の頭までは[
[シトリー]はと言えば、今月に入ってから急に忙しくなっているらしく、何かのついでで呼んだところで反応なんて殆ど返ってこないし。“殆ど”とは言っても、呼ぶこと自体が週に一度か二度程度なんだけどさ。
先週の[ブエル]の件が終わった後にも、文句の一つでも送ってやろうかとメッセージを送ったのだけれど、「今忙しいから、また別の日でー」と短く返信が来てそれっきり。いや、本当に忙しいのかよ。
「本当に忙しいのかよ」
送ってみた。どうせ大した返信もないだろうけど。
「へー、寂しいんだ。へー」
「……アホか。こっちだって忙しいわ」
――あぶねぇ、墓穴掘った。これ以上触れると弄られそうでヤバい。
触らぬ神に祟りなし。君子危うきには近寄らず。……というより、そもそも他人と行動するのが得意な方じゃないし。
最近は気の知れた奴が増えて、それが普通になってるだけで。たまにはそんな惰性も無しに、本来のスタンスに戻るのもまぁ悪くはないんじゃないか?
――というわけで、結局一人のまま現界へと降りて。そこまで動きの活発でない、こちらの陣営の領地にある街へと訪れていた。
『……ま、自分にゃこんぐらいが丁度いいか』
――溢れんばかりの人。NPCたちが時に忙しなく、時にゆるやかに。右へ左へとすれ違ってゆく。
決して自分へと向くことのない喧噪。途切れることのない雑踏。
それに溶け込みながら、ただ街中を歩いているだけ。
誰の目に止まることもなく。こちらも誰かに合わせることもなく。ただ何も考えずに歩くだけで、いい気分転換になっていた。いたのだけれど――
街の中心を通っている大通りの方から、凄まじい倒壊音がした。
『――天使か!?』
領地の境目とは距離も離れているし、わざわざこんなところまで襲撃に来ることはないだろうに。少なくとも自分以外のプレイヤーもいるだろうし、さっさと袋叩きにして御帰り願うのが筋だろう。
そう思い、いくつか小道を抜けて目的の場所に向かうと――そこには案の定、他のプレイヤーが何人か。だけれども、どこにも天使の姿はなかった。
……そこまで遅れたつもりもないけど。まさか、もう倒したのか?
「おう! 珍しいな、こんなところで!」
『……ベリアル?』
黄色い下地に赤いハイビスカス(たぶん)のアロハシャツ。短く逆立てた金髪に細めのサングラス。どこからどうみてもチンピラの男がそこにいた。……それと両脇にちっこいのが二人。
「……こないだ振りだね」
「グラさんも"お仕事"?」
はっきりと目立つオレンジ髪にお揃いのオーバーオールの[ハルファス][マルファス]姉弟。――“も”と言うからには“仕事”中らしい。この面子ということは、間違いなく答えは決まっていた。
「いいや、今日は休みだ。お前らがいるってことは、建て替えか?」
「この街の施設について、お願い致しましたので」
「あぁ……そういえば西方を治める悪魔だったな」
――[パイモン]。マップの西側にあるこの街は、彼女の管理下となっているらしい。ブロンドの長髪に大きな角と小さな王冠。ぴっちりとしたスーツに赤い眼鏡といういかにも秘書っぽい身なりをした彼女が【パイモン】の第一位で。
いつも≪
街の施設は陣営の共有財産、誰でも投資や建て替えが行えるようになっていて。施設のレベルが上がれば、それに対応する街のパラメーターも上昇。最終的には、それによる恩恵も増えてくる。
「施設の建て替えには、時間もコストもかかりますから」
「まぁ、個人で勝手にやろうとするとな……」
金をつぎ込んでNPCに任せておけば勝手に街は成長していくけれども、プレイヤーが手を出した方が手っ取り早いし利益も大きい。
まさに今この場にいる『建物に関係する“仕事”を持つ悪魔』、破壊を主とする【ベリアル】と、建築を主とする【ハルファス】【マルファス】の出番なわけで。つまりは、時間の短縮とスコア稼ぎのwin-winの構図。
先週の【デカラビア】の件とは厳密には違うけれど、互いの“仕事”の利益が一致するため、横の繋がりを作るのも楽なんだろう。そして、それが一位の立場ならば尚更のこと。
[ベリアル]のスキルによって建物が破壊され、スペースの開いた土地に[ハルファス]と[マルファス]が新しい施設を建築していく。こういった能力に特化している悪魔は、直接戦闘には向かない。だけども、アルマゲドンの時には大きく活躍する場合が多い。
――というより、必要不可欠といっても過言ではないぐらいで。前線部隊の進行を防ぐ敵側の砦を破壊したり、こちらの拠点を前に押し出したりと、そこは前回のアルマゲドンで行っていた通りである。
「本当にあっという間だな……」
「俺たち第一位の仕事だぜ?」
「他と一緒にしてもらっちゃ困るよ!」
なんだか途中の工程をいろいろとすっ飛ばして、さっきまで瓦礫が転がっていたスペースに二階建ての集会場が出来上がっていた。
目的を終えた[ベリアル]たちが建物から離れると、街の混乱もゆっくりと収まり始めて。何事も無かったかのように、さっきできたばかりの集会場に入っていくNPCたち。いや、NPCだから仕方ないんだけどさ、もう少し疑問を持ったりしてもいいんじゃないかと思うんだ。
リアルさに欠けるというか。こういう部分はいかにもMMORPGだよなぁ……。
「お礼の品はすぐに送っておきますので。急な頼み事で申し訳ありませんでした」
「おう、必要なときはいつでも呼んでくれや」
「僕らって暇なときが多いしね」
[パイモン]は忙しそうに他の場所へと向かい、それを見送った後はこちらも解散の流れになっていて。……そもそも自分が最後まで眺めていた必要もなかったよな?
「そんじゃ、先にロビーに戻っておくからな、あんまり遅れるんじゃないぞ」
「うん、それじゃまた後で」
そう後で待ち合わせる約束をして[ベリアル]が街の出口へと向かい、[マルファス]も共に外へと出る準備を始めている。
「[藍玉]ちゃんも監視お疲れー」
『……
‟あいたま”ってこたぁないだろう。そんな奴ここにいたか?
「はいはいー、こっちもお休みついでですし。動く必要もないし。これぐらいだったらいつでもOKですです」
「またお願いするときがあったらよろしくー」
『……んん?』
[ハルファス]の発言に答えるように、コメントが飛び出したのだけれど……? どこにいるのかと探してみるも、それらしき姿は見つからない。いったいどこに隠れてるんだと、思いきや――
「こっちですです」
『お、おう!?』
……いつの間にか背後に回られていた。
「もう一人いたのか……」
「どうも、【シトリー】第七位、[
……【シトリー】かよ。それなら仕方ない。
街の風景に溶け込むのは【グラシャ=ラボラス】よりも戦闘能力を削って隠密に特化している【シトリー】のお家芸のようなものだし。天使側の監視を潜り抜けて街に滞在し続ける、‟諜報員”紛いのことをする猛者がいるだなんて話も聞いた事がある。
[パイモン]は別の場所に向かい、[ベリアル]たちは恐らくロビーに。この広場に残っている
「珍しいですよねー、珍しいんです。シトリーさんがああ言うのは。おかげで今のところは、グループ全体でその穴を補っているわけで」
「なんでそれを俺に言うんだ。文句は本人に言ってくれ」
「だって貴方とケルベロスを代表に、第一位の専属みたいなものじゃないですか。……それに別に文句を言っているわけじゃないです」
“仕事”の上で縦の繋がりが強いため、誰がどうしたってのもそれなりに伝わっているようで。今は
「現在、【シトリー】の厳戒態勢MAXですです」
「正直なところ、そうは見えないんだけどな」
その独特の雰囲気と言葉づかいのせいだろうか。やっぱり【シトリー】は癖が強いのが多い気がする。……というか、なんで俺はこいつのグループ内部事情みたいのを黙って聞いてんだ。
「まぁ、それも『今月だけの話だからー』ということでみんな協力してるわけで。中にはやっぱり一位の座を狙ってる人もいちゃったりして」
[シトリー]が本来の仕事に集中できない、というのは――他の【シトリー】からすれば、絶好のチャンスということで。なるほどこの[藍玉]は、それを見逃さず齧りつくことに成功したわけだ。
「どちらにしろ、私たち【シトリー】は個人でスコアを稼ぐのには向いていないので。それなりの
『今回のことで、第一位さんたちに覚えてもらえればいいんですけどねー。私もずっと七位に留まるつもりもないですし』
……最後の発言だけ
『……ドロドロとまぁ、腹黒いことで』
誰ともVCは繋がっていないけれども、ポツリとそう呟く。
要するに、あわよくば[シトリー]の場所を掠め取ってしまおうと。会って数十分も経ってないけど――だいぶ黒い一面を見せられたような気がする。
……なんだか、社会の縮図みたいな。
自分も当然、一から這い上がってきて第一位の座に座ってるけれども。それでも横とのパイプだなんてことは考えずに、自分のペースでやってきたわけで。今となっては、何かのついでに[シトリー]と組んで動いたりしていたのも、もっと別のプレイヤーからすれば大きなアドバンテージに見えていたらしい。
先日の【ブエル】の件もそうだけれど、自分の知らない所ではもっとドロドロとした順位争いが繰り広げられていた。
兎にも角にも――いつのまにやら自分は、
[シトリー]はもちろん、他の一位たち。
敵になってしまったが[
あとは――[o葵o]もだろうか。
『感謝……感謝ねぇ……?』
‟たかがゲームの世界の中で”。脳裏をそんな言葉が掠めていく。自分としては、そんな風に笑い飛ばすつもりもさらさらないけれど――
『ネトゲでそんなことが出来る程、器用じゃないんだよなぁ……』
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