2018年12月 第4週―①
十二月二十四日の朝。
世の中は、祝日だというのに。
祝福されるべきクリスマス・イヴだというのに――
起きてまず始めの行動が、パソコンを起動することだった。
一人暮らしを始めてから、休日の朝は必ず。
既に一種のルーチンと化している。
寝起きで
それでも、身体が覚えている。幾度となく繰り返してきたことだ。
デスクトップにあるWoAのアイコンをダブルクリックして――
ランチャーが起動され、クライアントの更新が始まった。
…………
『…………?』
――が、普段は一瞬で済むはずなのにゲージの動きが遅い。
よく見ると、結構な量のデータ数である。
『イベントの更新が入ってるからか……』
この調子だと、終わるまで数十秒はかかるだろう。
ということで、いったん顔を洗いに席を立った。
――――
すっきりして戻ったころには、更新も完了していたので――
そのまま《大図書館》に近いロビーへとログインする。
今日もまた、[ベアトリーチェ]のおもりである。
参入後から約一ヶ月が経って、地獄街にもようやく落ち着きが戻っていた。
そしてその分、[ベアトリーチェ]一人で出歩くことが増え始めていた。
普段なら、外へ出る[ベアトリーチェ]を見送って、あとは待機しておくのだが――
今日はイベントの日、クリスマスだ。
普段よりも人が多くなるだろうし、それによって何が起こるか分からない。
常に誰かが付いていなくてはならないだろう。
「グラたんも朝からログイン?」
コメントが表示された時には既に、
こちらも返事を打たず、迷わず繋ぐ。
[ケルベロス]も、図書館に行く予定なのだろう。
『やっぱり、本当に遊ぶ友達が――』
『おい、ぶっ刺さってるぞ』
特大のブーメランが。
というか、第一声がそれかよ、おい。
自分程ではないものの――
[ケルベロス]のログイン頻度も相当なものだと思う。
うら若き女学生が、イヴの朝にネトゲとは如何なものなのだろう。
……社会人でも問題はあると思うけど。
『わ、私は午後からお買いものだし!』
…………
『――俺も夕方から買い物があるんだった』
『嘘つき』
即答だった。なぜだ。
『嘘とは限らないだろ?』
『どうせ「人が多いから~」とか言って、前日に買い溜めしてるんじゃない?』
……普段の行いのせいか。
それにしても、決めつけるのはどうかと思う。
――と言っても、半分は正解なわけで。
とりわけ、強く否定できないまま出発することにした。
――――
ロビーを出て、地獄街へと足を踏み入れる。
そこに広がるのは――いつもとは違った光景。
床に広がる石畳が、白い絨毯へと変わっていた。
見上げるとチラチラと、何かが舞い落ちてくる。
――雪だ。
普段は薄暗い地獄の街並みを、雪に反射した光が淡く照らす。
『本当に雪が――』
『ふああぁぁ!! 何あれ可愛いんですけど!?』
ゲームの世界ならではの、幻想的な風景に見とれていたのだが……。
そんな風情も、[ケルベロス]によって一瞬でかき消されてしまった。
そこまで騒がせるものなんて、今は一つしか思い当たらない。
空を見上げていた目線を、ゆっくりと下ろす。
地獄に舞い落ちる雪の中――
その中で映える赤と白。
他でもない、サンタコスチュームの[ベアトリーチェ]である。
その後ろに人影が一つ。
今日は[
[ベアトリーチェ]が、サクサクという独特の
『ベアトちゃんも[
『……おはようございます』
『うむ! おはよう! 出迎えに来たぞ!』
『イベントによって服装が変わるのか……』
『凄いだろう! 目が覚めると、とってもモコモコしていたんだぞ!』
どうやら自分の意思で着替えたのではなく、仕様によるものらしい。
どのタイミングで? どんな風に?
自分達の知らないところで、運営と話をしているらしいし――
未だに多くの部分が謎に包まれていた。
『……お前たちは着替えないのか?』
自分と同じように、クリスマス仕様にしないのか。ということだろう。
『クリスマス用のアバターはな……』
イベント限定の課金BOXのため、手を出すつもりはなかった。
今手元にあるのは、ログイン時に貰った《トナカイセット》ぐらいだ。
そんなユニークアバターを付けて楽しむようなレベルじゃ――
『《トナカイセット》装備すればいいじゃん』
言っている間に、[ケルベロス]に角が生えていた。
しかも、赤い鼻まで付いている。
……なんとも、間抜けな絵面だった。
ギャグアイテムの部類だから仕方ないのだろうけども――
『いや……流石にそれは……』
ソリを
【ガミジン】、【オロバス】、【アムドゥスキアス】――
……全員、トナカイじゃなくて馬だけれど。
『――え?』
……[
さも当然の流れのように。
……俺がおかしいのか?
――――
『それじゃ、僕は[ダンタリオン]さんの手伝いに戻るので――』
『あぁ、助かったぞ! また後でな!』
戻って早々に、カウンターへと走っていく[
今回のイベント関連で、いろいろ聞きにくる人が多いのだろう。
こちらに気付いた[ダンタリオン]が手を振ってきたので、振り返す。
恐らく、今日はこちらに混ざるつもりはないのだろう。
自分達はなにをして過ごそうかと、考えていたところで――
脇のテーブルから、こちらに話しかけてくる声が。
「あ! [ベアトリーチェ]帰ってきた?」
「……[ケルベロス]と[グラシャ=ラボラス]も増えてる」
「おう、お前等! クリスマスでも、きっちりログインしてんだな!」
そこにいたのは――
[ベリアル]、[ハルファス]、[マルファス]の三人。
珍しく、建物グループが来ていた。
そして――全員角が生えている。
おいおい……。
なんだこの流れ。
ファス姉弟は可愛いものなのだが――
[ベリアル]は何とも言い難いことになっていた。
アロハなおっさんが、雪降る街中を闊歩するだけでも違和感が過多である。
それに加えてトナカイの角を生やしている、というのはどうなのだろう。
「……ハワイ旅行はどうしたんだ?」
「今日の夜から出発だよ。なんだ、羨ましいのか?」
「別にそこまでじゃ……」
あ、面倒くさい流れだこれ。
「またまたぁ! 素直に羨ましいって言ってもいいんだぜ? それともなにか? 海外旅行なんて慣れっこか?」
「いや……そもそも飛行機に乗ったことがない」
修学旅行なんて行事は、どこも陸続きの場所だったし。
どこかに遠出するとしても、だいたい新幹線だ。
それもだいぶ昔の話になるけど。
『ハワイ旅行?』
「ベアトちゃんにとっては、ワールド移動みたいなものかな?」
『それなら天国から地獄に旅行したぞ! 次は現界だ!』
「旅行はいいぞぉ。全く違った景色が楽しめるからな!」
うまく[ベアトリーチェ]が[ベリアル]の話に興味を持ち始めたところで――
隣でおとなしくしていた二人に話しかけることにした。
「……お前等もクリスマスイヴなのにゆっくりしてていいのか?」
「夜にお寿司食べに行くから今のうちにねー」
「今週はマグロフェア……」
どうやら家族で外食する予定らしい。
「これが……実家住みの力……!」
『ケーキよりもおいしいのか?』
「比べられないかなぁ……」
『そうか……オスシも今度食べたいところだな!』
どういった仕組みで味を理解しているのか分からないが――
数日後には、新しい料理メニューが実装されていそうで不安になった。
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