2018年 5月末 閑話


『「ただいま」って言ってたけど、どしたの』


 ――[ケルベロス]と共に地獄街へ戻って、一番に[シトリー]が尋ねてくる。内容は先ほどのやり取りについて。……そりゃあな、なんの前触れもなしにその一言が出てくりゃ疑問にも思うか。


『んー? 別に大した理由もないけど――』

『どーせ、個人チャットひそひそで「おかえり」とか言ってたんじゃないのー?』


 嘲笑混じりに言うけども、その発言は的を射ていた。なんでそこでピンポイントで当ててくるんだ。エスパーかてめぇ。


『――っ!!』


 ――バレバレだった。死にたい。


『まっさか、そんなサムいことをする人が実在するわけないよねぇ』

『ぐっ……』


 こいつ……絶対分かってて言ってるだろ。ニヤニヤという擬音が聞こえてきそうな声音で容赦なく心を抉ってくる。


『ねぇ? 周りに誰もいなくなって寂し――』

『よぅし分かった! 一発殴り合おう!』


 ――やっぱり拳で黙らせないとダメだ!


『拒否します♪』


 堪らず決闘申請を送りつけてやったのだけれど、それもいつもの調子で流されて。結局[シトリー]を止めることもできず、二人に散々に弄られる羽目に。フラストレーションが溜まりすぎて、この苛立ちをどこにぶつけりゃいいのか。……俺も天使陣営に行ってやろうかこの野郎。






『……まだ人がいっぱい残ってるね』


 地獄界の街中では、先ほどの熱が冷めやらないのか――他の悪魔プレイヤーたちが、先ほどの戦いについて話しているのがちらほら見えた。


『そりゃあねぇ。勝利の喜びを噛み締めたくなる気持ちもわかるよー』


「今月のアルマゲドン、やばかったねー」

「そうかなぁ? 楽に勝てた方だと思うけど――」


 中には公開範囲が周囲のままで話している奴もいて。その会話の中には、話している内容が正反対だったものもあった。


 ……それも仕方ないよなぁ。結果だけを見ると圧勝のように見えるけれども、そこにたどり着くまでに、数々の綱渡りがあったことは言うまでもない。


 向こうが合わせて動いたのか、事前に察知して指示が出されていたのかは分からないが――主戦力を投入する側が違えば、大きく戦況は変わっていただろうし。[ЯU㏍∀ルカ]さんの対応にしても、あのまま蹂躙され尽していればどうなっていたか。


『あとでダンタリオンの所にでも顔出すか……』


 ――日頃の感謝の意も込めて、労いの言葉一つでもかけておくべきだろう。今回のは冗談抜きで、[ダンタリオン]がいなければ負けていた戦いだった。


『……ホントは直ぐ加勢したかったんだけどね』

『別に来ればいいじゃないか。結構やばかったぞ』


 [ЯU㏍∀ルカ]さんと戦っている間は、割と本当に誰か助けに来てくれないか願っていたんだが。


『シトリーには、ここ最近ずっと協力してもらってたからさ?』


 やっぱりアルマゲドン中に予想していた通り、[シトリー]が今回の件に絡んでいたらしい。……いやまぁ、そこは【シトリー】第一位。サポート役としてはこれ以上適した奴もいないだろうけど。


『いろいろ大変だったからねぇ。ギリギリまでバラしたくなかったし』

『…………』


 ――OKが出た瞬間に飛び出したのが容易に想像できた。今思い返しても、あの登場の仕方は目を見張るものがあった。追われ、追いつかれ――まさかとは思うが追い越されてやしないだろうか。


 今では[グラシャ=ラボラス第一位]と[ケルベロス第一位]。それほど師匠面していたつもりもないけれども、今後は対等の立場である。それに加えて、こうやって助けられた以上――頭が上がらなくなることもあり得るけど。


 まさか、ここで借りを作らせることまで考えて……?


『おやおやぁ? グラたん怒ってる?』

『……別に』


 ――微塵も怒っていないと言えば嘘になるだろう。ただ、自分の中でいろいろな感情がごちゃまぜになっているせいで……どう言い表していいのか分からない。


 ただのサプライズで自分が苦戦を強いられたこと。だけども、そうなる原因を作ってしまったのが自分であること。そんな自分を未だ見放さず、こうして隣に戻ってきてくれたこと。


『むしろ感謝してるぐらいだよねぇ。もちろん、ボクに対して』

『この策士め……』


 [シトリー]としては、[ЯU㏍∀ルカ]さんがいなくなった今――【ケルベロス】との繋がりを作っておきたかった一面もあるだろう。宣言通り“元通り”にしてみせたことで、どちらに対しても優位に立っていた。


『……まぁ、ケロさん――“元”ケロさんだけどさ。あれが飛び込んできたときは、さすがに焦ったけどねぇ』

『――あぁ……』


 ――話が出てきたので、ついでに尋ねてみる。


『そういえば……、そのマフラーはどうしたんだ?』


 [ЯU㏍∀ルカ]さん――前[ケルベロス]の象徴とも言える、朱いマフラー。あの局面で、まず真っ先に目に入ったのがこれだった。その時の驚きと言ったら――何かの幻覚を見ているのではないかと、目を疑うレベルで。


『前のアルマゲドンが終わった後に渡されて――』

『似合ってるよねぇ。あの真っ赤っ赤なのも嫌いじゃなかったけど』


 どうやらアルマゲドンの直前に言っていた、『期待しておく』という言葉は嘘でも冗談でもなかったらしい。――その証拠と言わんばかりに、マフラーが風にたなびいていた。


 [ЯU㏍∀ルカ]さんから[o葵o]に託されたマフラー。

 過去、現在、未来の象徴とも言われる【ケルベロス】。


 確かにそれが受け継がれていく。

 自分の含めた輪の中で。自分のすぐ傍で。


 ――そのことが、少しだけ嬉しかった。

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