2018年 5月末 アルマゲドン―③

 自陣の方角からこちらに近づいてくる爆音――見る見るうちに削れてゆく、周りを取り囲んでいた天使の集団。音が、光が、何者かが。いまさら援護に回ろうと戻ってきた前線の味方、そいつらよりも格段に早いスピードで戦場を駆けてくる。


『――誰だ?』


 自分の全力の移動と、[ЯU㏍∀ルカ]さんの勢いを足して二で割ったような――そんなハイブリットの化け物が、こちらへと確実に近づいてくる。


 この勢いは【バアル=ゼブル】の二、三位あたりか? 確かに、そのレベルの応援が来ればなんとかなる……けど、あそこにいる奴等じゃ性格上、既に敵陣へと攻め込んでいるはずだろ?


 それにあの炎、乱雑にそこかしこで立ち上る火柱。あれだけ威力のある炎を使うということは[アモン]か?


『ホントに大丈夫なのかよシトリー!』

『うるさいなぁ! 黙って待ってらんないの?』


『なんで俺が怒られてんだよ!』


 ……この際、誰でもいい。既に向こうの逆転の目は[ЯU㏍∀ルカ]さんが落ちたことにより無くなっているに等しいんだし。誰か来たかを確認し次第、[ラファエル]を押し付けて、自分はさっさととんずらしてしまおう。そんなことを考えてたのに――


『わーそっちじゃないって! もひとつ西! 西!』


 ――目の前に現れたのは、予想を大きく裏切る光景だった。


『なっ――?』

『――それではとくとご覧あれ。我が悪魔陣営の最終兵器!』


 その人物が戦いの場への登壇したと共に、[ラファエル]の取り巻きたちが炎に包まれる。自分のその視界に映ったのは、炎の中で舞うマフラー。ふわりふわりと、ただ一定の動きを繰り返してなびく。嫌というほど見てきた朱いマフラーだった。


 あれは[ЯU㏍∀ルカ]さんの――? ……いや、[ЯU㏍∀ルカ]さんはさっき、この手で倒しただろ? そもそも、天使になって向こうへ行く前にはもう無くなってて――……っ!


『――お前が……』


 ――そのマフラーの現在の持ち主は。

 彼女とは正反対の、青白く透き通ったような髪の色をしていた。


『今の持ち主……ってわけか』


 髪型は肩の高さより低い所まで伸びていた。

 それは最初からのものではない。後から変更されたものだ。


 ――髪型変えて……。もしかして変装のつもりか?


『いやー、ミスっちゃったね。うん』


 ……これならば、[シトリー]の物言いにも頷ける。

 この一ヶ月半の間、全くと言っていいほど音沙汰の無かった人物。


『……もっとカッコよく登場したかったんだけどなぁ』


 ――かつて同じユニットに所属し。

 一度だけ決闘をして、自分を追いつめてくれやがった少女。


『一ヶ月、二ヶ月? ……久しぶり――でいいのかなぁ? いいよね?』

『お前、その名前――』


 彼女のプレイヤーネームの部分は――[o葵o]ではなく[ケルベロス]の文字に変わっていた。つまり今は、彼女が【ケルベロス】の第一位。……自分の目を疑った。いったい何をしたら、どんな裏技を、魔法を使えばそんなことになるんだ?


 一対多だったものが、二対多に変わる。一人が二人に変わっただけ。それだけでも、さっきまでとは天と地の差があった。


 ……ちょうど二か月前だ。


 四大天使を前に、逃げ出すことしか選択肢のなかった彼女が――今現在[ケルベロス]として、第一位として目の前に立っている。


 ソロモン72柱の一柱。序列二十四位【ケルベロス】の頂点の座についた彼女ならば、手負いの[ラファエル]の相手をしてもお釣りが返ってくる。それなら自分が取るべき行動は――[ケルベロス]が[ラファエル]を抑えているうちに、周りにいた天使を片付けること。


 ここまでボロボロになってても……[ラファエル]さえいなけりゃ、お前らなんて有象無象に過ぎないんだって。そのことをたっぷりと思い知らさせてやるよ。


『……【ケルベロス】の役割は“自陣の防衛”だって言わなかったか?』


 敵の攻撃の手数自体は殆ど変わっていないものの、隣に[ケルベロス]がいる今、微塵の脅威も感じない。さっきまでの劣勢が嘘のように、天使の群れを次から次に倒してゆく。


『「ここまでが自陣!」ってのはダメ?』


 回復役も補助役もおらず、攻撃するしか手の残されていない[ラファエル]。それを翻弄するように、素早く動きながら攻め続ける[o葵o]。


 ……どうやら向こうの方が、早く片が付きそうだ。


『……ダメだろ』

『ダメじゃなーい!』


 じゃあ聞くなよ……。


『やっとここまで来たんだよ? まるまる二月、我慢に我慢を重ねて!』


 見る見るうちに[ラファエル]の少なかった体力が削れていく。


 手持ちの装備は変わりなく、以前と同じ二刀のまま。[ЯU㏍∀ルカ]さんの片手斧トマホークと違って、威力は劣るが振りが遥かに取り回しに優れていて。揺らぐことなく、着実に攻撃と防御を切り替えて戦う姿には、隙の一つも見当たらない。


 早い話が――自分と肩を並べて戦うために、第一位まで上りつめてきたらしい。


『いろんな人に助けてもらって。私のできることを全部して。そうしてやっと辿りついたこの場所で――』


 その声に焦りなどは微塵も含まれていなくて。万全の状態ではないとはいえ――ここまでの立ち回りができるのかと。雑魚を相手にしている自分よりも余程キツい戦いをしているはずなのに、それすらも感じさせないほどの力量を感じていた。


『私にしかできないことをする! 私にしか守れないものを守る!』


 突如燃え上がる烈火の如く。押し切れると判断した[ケルベロス]が、最後のラッシュをかける。炎、炎、炎の連打。四方八方に火焔が飛び散り、振るう剣の一撃一撃に炎が宿る。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に対処していた[ラファエル]の動きも次第に付いてこれなくなっていき――


『この[ケルベロス]の名前と!! 朱いマフラーに誓って!!』


 ――辺りを包む爆炎によって、勝負がついた。


 全身を燃え上がらせながら、リタイアしてゆく[ラファエル]。こんな状況でなければ、もう少し違った戦いもできただろうに。……いや、もしかしたら自分よりも更に強い相手が現れたということで喜んでいるかもしれない。


『――すげぇな……』

『でしょー。もっと褒めてもいいんだよー』


 そして残った天使たちも、[ケルベロス]が加勢した以上は一人残らず蒸発してゆくのは必然だった。[シトリー]の野郎、忙しいって言っていたのはこの為か。……とんでもねぇ後釜を生み出しやがって。


『……褒めてねぇから』






『はー、勝った勝った! 大勝だったんじゃない?』

『まぁ、結果だけ見りゃあな』


 アルマゲドンの終了を知らせる喇叭ラッパが鳴り響いていた。――こちら側の勝利を知らせる喇叭ラッパだ。


『いやぁ、今回はホントお疲れだったねぇ。先にエリア移動してるよー』

『シトリーもお疲れー。それじゃ帰ろっかな。グラたんは?』

『あー……俺は――』


 いつも通り【サタン】によってバフがかかる演出が終わり、悪魔陣営の皆も次々とエリア移動してゆく。[シトリー]に続きエリア移動をするその前に――個別チャットひそひそで、[ケルベロス]に一言だけメッセージを送った。


「――――」


 ――果たして彼女は、この言葉をどう受け取るのだろうか。


 罪悪感を覚えている部分はいくらかある。最悪、罵られても仕方がないとさえ考えていた――が、彼女はその対となる言葉を口にした。してくれた。


 微笑みに乗せたような、とても嬉しそうな声で。


『――ただいま!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る