五章 その名は『ベアトリーチェ』

2018年12月 第1週―①

『呆れた! まだ仲直りしてないの?』

『……そもそも喧嘩なんてしてないだろ』


 ……なりかけてはいたけど。


 [ダンタリオン]があそこで入ってこなければ――

 間違いなく、そうなっていただろう。


『でも、呼びかけても反応なかったんだよね? それって喧嘩って言うんじゃないの?』

『…………』


 ≪地獄の宮殿パンデモニウム


 なんと返したものか悩みながら、席に着く。


 既に他のメンバーは着席済み。

 右向かいの席に、[シトリー]もいた。


 そして、[バアル=ゼブル]の位置がこれまでと変わっている。

 上座ではなく、自分達と同じくテーブルの横側に着いていた。


 彼の本来の席にいるのは――


「――ということで皆さん。この度、悪魔長にお越し頂きました」

『うむ! グループ【サタン】、[ベアトリーチェ]だ!』


 先日のアルマゲドンにより、こちら側に来た少女。


 名前の方は結局、[ベアトリーチェ]に決定されたらしい。

 まぁ、順当なところだろうとは思う。


 どちらかと言えば――

 彼女の発言が、テキストと音声の両方で出力されていることに驚いた。


 アルマゲドンでの登場時は、まだイベントの延長としての認識で。

 その時は大して気にはならなかったが……。

 こうして間近にいるとよく分かる。


 声の抑揚、勢いなど――

 感情のある“人”そのものだ。


『これ、全部録音されているのか?』

『……? 普通に喋ってるんじゃない?』


 運営が公式サイトでNPCと言っていた以上、信じる他ないだろう。

 しかし、テキストの自動読み上げとはレベルが違う。


『そんな馬鹿な……』


 この[ベアトリーチェ]だけだとしても、凄い力の入れようだった。


『この度、“悪魔長”として世話になることとなった!』

『悪魔長なのに世話になるのか』


 逆だろ普通。


『グラたん。茶々入れない』


「とりあえず、この一ヶ月は地獄の中を回るそうです」

「本格的に運営のお手伝いを始めるのは、もう少し後だ」


 流石に、最初から最後まで元気ハツラツとはいかないらしく。

 少し落ち着いた口調に変わる。


「今の段階では、加護を与えるだけだが――」


 後々はアビューズ不正行為が行われていないか等の監視を含め――

 アルマゲドンの進行を中心に任されるらしい。


「話を聞く限り、GMが常に一人置かれるようなものかな」


 立ち位置的には、複数のGMの下にこの[ベアトリーチェ]が置かれる形。

 運営のお手伝いという、メタメタな言い方はどうかと思うが。


「へぇ。前々からチートとかに厳しい感じだったけど、頑張るねぇ」


「……そろそろ席に着かれては」

『ん、分かった』


『椅子の上に立ってたのか……』


 その場で腰かける[ベアトリーチェ]。

 椅子の高さまでは調整できないらしく、見えているのは頭だけである。


『それでだ! 沢山のものを見て回りたいのだが、案内役が――』

『待ってましたぁ!』


「はいはいはい!!」


 エモーション全開だった。

 立ち上がって思いっきり手を振っている。


『座れ。落ち着け』


 まだ話してる途中だろうが。


『案内役が……欲しいのだが……』


 突然暴れだした[ケルベロス]に対して萎縮していた。

 そんなんで大丈夫なのか、悪魔長。


「……[ケルベロス]の他には?」

「グラたんも協力しますから!」

「しないぞ?」


『え゛え゛え゛ぇぇぇぇぇぇ』


 不満そうな声が上がる。


『いいじゃん! いつも暇なんだし』

『一人でいるときは、殆ど“仕事”に費やしてんだよ!』


 今月はアルマゲドンもないし、まだ大丈夫だとは思うが――

 だからと言って、おもりに付き合わされるなんて。


『言えば手伝ってあげるのに……』

『毎回、あんなにドタバタやってると疲れるだろうが』


「でも……」


 [シトリー]が動いた。

 ……とても嫌な予感がする。


「毎日欠かさずにログインしているし、時間も固定だし。どうみてもグラたんが適任なんだよねぇ」


『こいつ――!』


 ここぞというタイミングで人を売りやがった!


 絶対、私怨が入っているくせに――

 言っていることは、筋が通っているので反論できない。


「行動範囲が制限されてない人の方がやりやすいのは確かだね」

「私たちも現界から離れられないから」

「……ですね。とても残念です」

「“仕事”がない時は、僕たちもできる限り協力するからさ」


『ああああぁぁあぁぁぁあぁ……』


 みるみるうちに、自分が案内役をしなければならない空気に。

 そんな気がしてたよ畜生!


「ほらぁ! みんなもそう言ってるし!」

「……イヤなのか?」


 じぃーー。


 頭だけ覗かせて、こちらを見つめる[ベアトリーチェ]。

 やめろ。そんな目で見るんじゃない。


「…………」


 じぃーーーー。


 [ベアトリーチェ]だけではない。他のメンバーからの視線も痛い。

 完全に断れない流れだった。


「……分かったよ」


「……ロリコン」


『ロッ――!?』

『ロリコン?』


 [シトリぃぃぃぃぃぃ]! またこいつ余計なことをっ!


「お前が適任って言ったんだろ!?」


 そして、示し合わせたかのように、次々とコメントが出てくる。


「ロリコンだって……」

「やっぱり……」

「お前ってやつは……」


 ザワザワするな!

 やっぱりってなんだ!


「え……小さい子が……好きなんですか……?」


 どんよりとした雲を頭上に浮かべながら項垂れる[アシュタロス]。


 なんだよその反応!?

 違うからな!?


「きゃー、怖ーい♪」


 淫ピは黙ってろよ!


「大丈夫。僕は君がどんな性癖を持っていても……」


 [ダンタリオン]まで!

 その発言が一番リアルだからやめてくれ!


 ――――


「はぁ……」


 ……酷いレッテル貼りを見たような気がした。


『いいじゃない。弄られキャラっていうのは良いことだよ』

『弄る側のたちが悪すぎる……』


 落ち着いたところで、[バアル=ゼブル]が発言する。


「……[グラシャ=ラボラス]。先月の話だが」

「……大丈夫だ、分かってる」


 地獄街は非戦闘エリアだ。


 攻撃したところでダメージを与えることはできないし――

 そもそも味方である以上攻撃する理由もない。


「それでは、悪魔長[ベアトリーチェ]の御付きですが……」

「これで決定でいいだろう」


「[ケルベロス]と[グラシャ=ラボラス]にお任せします」


 パチパチパチパチ――


 ……なんの拍手なのだろうか。


「よろしくー」

「……よろしく」


『うむ! よろしく!』


「とりあえず、基本的には僕の所図書館で過ごしてもらうから」

「了解! それじゃあ、またねー」


 明日から本格的に回ろうということで、今回はこれで解散となった。


――――


『年末年始どうしようかなぁ。ベアトちゃんいるんだもんなぁ』

『あぁ、そう言えばそうだった……』


 年末年始。

 他の皆は予定があるからログインできないとか言っていた覚えが。


 どちらにせよ――

 自分にお鉢が回ってくるのは避けられないことだったらしい。


『それまでに、ちゃんと仲直りしとかないと』


 そんなことを言われても――

 いったいどうすればいいのだろう。


『仲直りねぇ……』


 2018年最後の月。

 問題は山積みだった。

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