2018年7月 第4週

『はぁ……』

『なんかお疲れみたいだねぇ』


『疲れもするさ。先週は[ケルベロス]の手伝いばかりだったんだぞ』


 豪華にしつらえられた大広間のテーブルに着いてため息を吐くと、VCを繋いでる[シトリー]が向かい側から話しかけてくる。


地獄の宮殿パンデモニウム


 主にグループやプレイヤー間で組まれたユニットの為にルームが用意されるエリアであり――自分たちは序列一位のグループ【バアル=ゼブル】、そのトップに君臨する[バアル=ゼブル]にのみ、自由に使用することが許されたプライベートルームに招かれていて。


「すまねぇ、遅くなった」

「早く席に着きなよ、ベリアル」


 ――今、その部屋には十二人の姿が。


 [バアル=ゼブル]・[パイモン]・[ベレト]・[プルソン]

 [アスモデウス]・[バラム]・[ザガン]・[ベリアル]


 部屋の主[バアル=ゼブル]を含む、地獄における八人の王と。


 貴公子シトリー侯爵アシュタロス公爵ダンタリオン伯爵ビフロンス総裁グラシャ=ラボラス


 そしてそれぞれの位に位置する、各役割でのトップ五人。


 ……本来はその十三人の筈なのだが、今は少し事情が変わっていた。


『まだ当分は十二人でやるのかねぇ』

『……まぁ、あそこは当分空席だろうさ』


 ――伯爵の【ビフロンス】の席が空いており、それに合わせた席の数、および順番になっている。


 長細い長方形のテーブルの両側に着く形で、上座に[バアル=ゼブル]。その隣には補佐役である[パイモン]が立っており、あとは順番に[ベレト]、[プルソン]、[アスモデウス]、[バラム]、[ザガン]、[ベリアル]、[シトリー]、[ダンタリオン]、[アシュタロス]。そして最後の、最も上座から遠い席の一つに自分が座っていた。


「――で、今月のアルマゲドンに向けてだが……。各自、準備はどのぐらい進んでる?」


 一番に口を開いたのは――と言っても、チャットだが――[バアル=ゼブル]。悪魔陣営の事実上の統括である。身長は[シトリー]よりも少し高いぐらい。元のモチーフとして『蠅の王』があるからか、大きな複眼のついた兜を目深に被っていた。


 主にアルマゲドンが差し迫っていたり緊急の事態が発生した場合、十三人が集まって話し合いを行う。それが、[バアル=ゼブル]が決めたこの部屋の使い方で。


 ――陣営対陣営の大きな戦闘では、たった一人の活躍程度では到底足りない場合も多々ある。『勝ちたいのなら【グループ】規模での連携を』というのが、こういったゲームでの定石であり――それを実行に移すならばこの体制が一番適していると判断してのことらしい。


「……悪魔側のNPC人間は順調に増えてるし、今の割合ではこちらが勝ってるね」


 [バアル=ゼブル]の発言に対して進捗を報告するのは、序列第十三位のグループで一位をしている[ベレト]。白い短髪、全身を包む白い外套、右目に眼帯をして。元々の性格か、そういうキャラクターで行くつもりなのか、こういう時以外は殆ど発言しない奴である。


「まぁ、分母である人間がどんどん増えてるからねー」

「魔人の数も悪くないですし、このままいけばそこそこ戦力になるかと」


 ピンクのロール髪に白衣という個性的な風貌、七つの大罪の一つ≪色欲≫を司る[アスモデウス]の発言に、一人だけ立っているスーツ姿のキリッとした女性――[バアル=ゼブル]の補佐役をしている[パイモン]が続ける。


 ――十二人中四人。発言した三人と、自分の目の前に座っている[アシュタロス]を含めた計四人が女性アバターで。[ベレト]と[パイモン]はともかく、[アスモデウス]と[アシュタロス]の二人は中身も女性ということはVCで知っていた。


「中心都市の特殊NPC魔人も、天使に狩られないように【シトリー】の一部を使って監視してるからねぇ」


『他の人が頑張ってる中、第一位様は何をしてんのかね』

『美味しい所を人に譲ってあげるこの優しさ、理解できないかなぁ』


「――向こうの聖人に関しては?」


 ――[バアル=ゼブル]が、こっちへ話を振ってくる。まぁ、流れ的にはそうなるだろうと予測はしていたけど。


「……能力の高いものから、狩れるものを確実に削っていってる」


 この間の“仕事”も順調に終わらせることができたし、全体の状況を見ている限り――他の【グラシャ=ラボラス】も各自で“仕事”をしているようだし、特に問題はないだろう。


 そもそも縦の繋がりがあまり無いので、あくまで“だろう”程度の認識なのだけれど。


「あー、そういえば……。真南の街にいる魔人。錬金術のレベル上がったんで、もうすぐそっちで金の精製できるわ」


「はいはい。そっちには鉱山掘りで五百人ね」

「鉱山ってどれぐらいの大きさです? そろそろ医学か工学の方にもお金を回さないと……」


 [ザガン]だったり[バラム]だったり、[アシュタロス]だったり――それぞれが得意なことが決まっていて、自分の【グループ】の役割に沿った動きをするために話を進めていく。


 頭がすっぽり変なヘルメットで覆われているのもいれば、アロハシャツに短パンというファンキーな服装の奴もいて。――多種多様、十人十色。見た目も性格もバラバラな、一癖もふた癖もある各グループの第一位たちの姿だった。






「――それじゃあ、今月のアルマゲドンは、普通に勝てるっつーことだ」

「そうだね。いざという時は頼りにしてるよ、グラシャ=ラボラス」


 [ベリアル]と話していた、[ダンタリオン]が話を振ってくる。


「……シトリー次第だな」


 [バアル=ゼブル]が前線で戦うため、戦闘の指揮は主に[ダンタリオン]が行う。といっても――自分たちは少数グループで行動するため、[シトリー]を経由して指示を受けるのだけれど。


「馬車馬のように働かせるからねぇ。ダンタリオンは遠慮せずに無茶言っちゃってよ」

「程々でいいからな!」


 [ダンタリオン]なら、そこらの調整もしっかりしてくれると思うけど!


 そうして一通りの伝達も終わり、注意すべきことも確認して。[パイモン]の『それでは、これで解散とします』の言葉で、[バアル=ゼブル]以外のメンバーが席を立つ。


「はいはい、おつかれー。グラたんもこの後は直ぐに落ちるんだっけ?」

「まぁ、今日はな……。流石に疲れが溜まってるし」


「明日は俺が道をひらいてやるから、大船に乗ったつもりでいな」

「そうかい。期待しとくよ」


 ――【ベリアル】はそもそも、建物壊すのが仕事だろう。


「ダンジョン攻略行ってこようかなぁ。ブエルと潜るんだけどアシュタロスもついてくる?」

「ええ……!? 少し不安なんですけど……」


「……私もついてく。それならOK?」

「ベアトさん――!」


 月に一度の目玉イベント、アルマゲドンも――もう目前まで迫っている。だだっ広い戦場に散らばって、各々が任された役割を全うする大勝負。


 ――遊びとして。されども真剣に。


 ここにいる全員の共通点として、普段はだらけていたとしても、こういった時には全力で取り組む面がある。真面目にやるからこそ辿り着ける楽しみが、達成感があることを知っている。


 ――見せてやろうじゃないか。天使と悪魔、どちらが上なのかを。


『そんじゃ、また明日だねぇ』

『おう、アルマゲドンでな』


 2018年7月の集大成とも言える戦いの幕が――明日、切って落とされる。

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