2018年 7月末 アルマゲドン

 ――月に一度のアルマゲドン。今月の締めくくりとなる、その時が来た。


 天使陣営と悪魔陣営が毎回違うフィールドで一時間戦う。オンラインのFPSだったらだいたい二~四試合分だろうか。勝敗条件はどちらか片方の陣営が全滅するか、トータルで稼がれたスコアで決まる。


『……あと五分か』


 今は始まる前の準備時間――アルマゲドン開始直前でのNPC人間の数は、こちら側の方が多かったようで、こちらのステータスに多少のプラス補正がかかっていた。


 ――これがあるのと無いのでは大違いだ。このバフが、この一ヶ月間の集大成とも言えるだろう。


『さてさて……。ボクらは戦況を観察しておくからねー』


 VCボイスチャットを繋いでいるため、[シトリー]の声が聞こえてくる。


 戦場での役割が‟敵の発見、監視”である【シトリー】は、戦場に散らばって斥候として動くため、自陣の前の方で準備をしていた。


 ……ただ一人、[シトリー]を除いて。


『ボクが前線に出ちゃうと、みんながスコア稼げないからねぇ』

『口が減らないな、お前も』


 【シトリー】の第一位ともなると――ちょっとやそっとで、スコア差を引っくり返されることもないのだろう。自分なんて、普段から地道に“仕事”に勤しんでスコアを稼いでいるというのに……。


『よし、前線行こうか!』

『いや、お前は自陣を守れよ。番犬だろうが』


 通話を繋いでいるうちのもう一人、[ケルベロス]だった。


 自分たちの陣地で敵を狩ることで、ボーナスが入るというのに……こいつときたら完全に無視じゃねぇか。


『下手すると、自陣こっちまで来ないときがあるじゃん!』

『んなこと言ってもなぁ……』


 下手するもなにも、その時はこっちが押している場合である。戦闘に参加できない以上、個人的にはおいしくないというもの理解できるが――それでも、序盤から前へ飛び出すのは如何なものだろうか。


『……まぁ、二人で行動してれば、グラたんも生存率上がるし?』

『死ぬときは死ぬんだがなぁ……』


 予想外の一撃を食らって回復が間に合わないときもある。一応、慣れてきてからは立ち回りを意識して動いてはいるけれど、それでも上位天使に囲まれたときは、生存は諦めるしかない。


 ――こんな大人数での戦闘なのだ。“死ぬときは死ぬ”というのが、これまでで得た教訓の一つだった。


『俺についてきても効率が悪いだけなんだがなぁ……」


 自分――【グラシャ=ラボラス】はといえば。


 ぶっちゃけると、アルマゲドンで特別な役割があるわけでもない。アルマゲドンに参加している敵側の聖人を狩るのだが――事前に聖人を狩れば狩るほど数が少なくなっているため、それほど意味は無い。


 ――よって、遊撃。基本的には、[ダンタリオン]から経由された[シトリー]の指示によって動くものの、それ以外では自由に判断を任されてた。


 戦場を動かしに前に出たり、味方の弱い部分へ援護に出たり。

 全体のバランスを見ながら動く、とりあえず忙しい役どころである。


 戦闘行動全般にボーナスが付く【バアル=ゼブル】も、基本的には同じような立ち回りとなるが、あっちはグループ内での獲物の取り合いに忙しいため、全員前に出て暴れているのが殆どだった。


 その他にも、天使が攻め込みにくくなるよう、塔や塀などを建造する【ハルファス】と【マルファス】。【シトリー】から得た情報と合わせて、全体の指揮を行う【ダンタリオン】や【フォラス】等々。それぞれの【グループ】が自分たちの役割のために各地点で準備をしている。


 そして――開戦を告げる喇叭ラッパが、どこからともなく鳴り響いた。


『時間だねぇ』

『今回も頑張るよー』


 ――さぁ、気を引き締めよう。長くて短い一時間の始まりだ。






『ダンタリオンは勝てるだろうって言ってたんだっけ?』

『まぁ、あくまで「普通にやれば」だけどな』


『あくまで。あくまでねぇ。悪魔で……』

『……つまんねぇこと言ってると置いてくぞ』


 結局[ケルベロス]と二人で前線を回ってゆく形になってしまう。割と本気で自陣の防御に回って欲しかったのだけれど聞きゃあしねぇ。


『[シトリー]。どんな感じ?』


 少しずつ様子を見ながら、前に出て行き[シトリー]からの指示を待つ。敵も味方も万遍なく散らばって攻めることなんてまず有り得ないし、必ずどこかで綻びが生じるからである。


『んー。東の方がちょっと削られそうな感じ』


『そっちはフルカスのあたりだろ?』

『集中砲火を受けて一旦下がってるねぇ』


 先頭が潰されて進軍が一時停滞止まってしまい、更には迎え撃って出た天使達によって下位プレイヤーが一網打尽――そこからなだれ込むという即死コンボとまではいかなくとも、それなりに手痛い被害を受ける前兆がプンプンする。


『……死なれるよりはだいぶマシか。――東だな、援護に出る』

『あいあいさー』


 そうして最短距離で突っ込んでいき、あっという間に問題の地点に。


 少し広い範囲でジリジリと削られているのを見るに、向こうの下位プレイヤーやNPCが数で押してきているのだろう。上位陣が固まってたのならば、もっとドロドロに溶かされている筈だし。


『それじゃあ一発目、掃除は任せても?』

『もちろん! 任されたし!』


 妨害用の攻撃を当てて弱体化させた後に、[ケルベロス]が突っ込み蹴散らしていく。


 多少は無茶な攻め方をさせても問題はないだろう。ステータスで見れば[ケルベロス]の方が断然高いし。


 戦闘専門のグループのため、素の能力値が全体的に高い。攻撃特化の【バアル=ゼブル】や、【バルバトス】には一歩劣るが――全体的に隙がないのが、【ケルベロス】の特徴だった。


『ガンガンいっちゃってもOK?』

『いのちは大事にな』


 それになにより――こういうのは時間が命、早めに片付けておくに限る。


 ……なんせこのアルマゲドン、途中でHPが0になった場合はそこでリタイア、途中で復活も当然ナシの厳しめのシステムなのだから。






『HP減ったんで、交代よろしく!』

『はいよ。了解』


 入れ替わりで自分が前に出て、補助を受けながら敵の追撃を抑えてゆく。


 そうやって敵の雑兵を倒していき、なんとか持ち直せるかと思った矢先に――向こうの上位と思われる天使が、状況を立て直そうと突っ込んできた。


『げ――』


『もしもし? 手空いてる? 次がつっかえてるんだけどさー』

『分かってて聞いてるよなぁ!』


 順調に敵の数を減らしながら進んでいたが、その足も止めざるを得ない。[ケルベロス]との二対一ならば十分勝てるレベルの敵だが――[シトリー]からの次の指示が控えている、ここの援護だけに時間を取られるわけにもいかない。


『……どうするの?」

『背中を見せて逃げるわけにもいかんだろ。……シトリー! もう少しかかるぞ!』


 この場所には、下位の天使たちに数で押されてしまう程度の味方しかいない。……自分たちが逃げてしまっては再び戦線が崩れてしまう。左右から攻撃を仕掛けようと、タイミングを合わせたところで――


『いや、そっちはもう大丈夫だからさ』

『……どゆこと?』


「ここは任せろ」


 その短いテキストの表示と一緒に後ろから飛んできたのは、小さな影とその倍近い大きさの大剣。


『――バアル=ゼブル……』


『向こうのトップも見つからないってことで、ちょっとだけねぇ』

『だからって――』


 陣営のトップがこっちに来てどうするのか。もっと他に重要な使いどころがあるんじゃないのか?


『ダンタリオンがいいって言ってんだからいいんだよー。ほら、早く!』

『……分かった』


 ……別に強敵を倒すのが自分たちの目的ではないのだし、と自分に言い聞かせながら短くチャットを打って戦線を離脱する。[ダンタリオン]や[シトリー]が言うのなら、それは本当に問題が無いのだろう。


「頼んだ!」

「よろしく!」


『……行っちゃった』


 返事もないままに突っ込んでいく蠅の王。目標を、周り一帯ごと薙ぎ払う大剣の一撃は――まさに第一位を名乗るに相応しいものだった。


『シトリー、どこに行けばいいんだ?』

『西に向かった方がいいって、ダンタリオンが言ってたねぇ』


『そっち側って、序盤調子良くなかった?』

『後ろがみーんな同じとこについちゃってるんだもの』


 呆れたように吐き捨てる[シトリー]。


『回り込まれると厄介だから抑えに向かってくれるとうれしいかも』

『挟撃対策……。確かに急がないとだね』


 声を掛け合って戦うことができないと、どうしても陣形に弱い部分が出て来てしまうことがある。個人が戦況を見て動ければそうはならないのだけれど、それを全員に望むのは高望みというやつだろう。


 ……そこまで他人には期待できないよな。


『あ、一応向かうときは、南にぐるっと迂回してからね』

『――わかった、今すぐ向かう』


 ――理由なんていちいち聞かない。そのための【シトリー】によるネットワークがあるのだし。自分が一位として戦場に出始めてから数か月の付き合い、経験達者な先輩様のノウハウには従うに限る。これも今までの教訓の一つだった。






『……これは酷いな』

『あらら』


 ――案の定【バルバトス】の集団は、前後を天使に挟まれ苦戦していた。


 天使が素通りしてくれるとでも思ったのか。それとも後ろから攻撃されても問題ないと思ったのか。どちらにしろ後続の判断ミスである。


『主力部隊がまだってるのが救いか?』

『そっち片付けたらほぼ勝ちは決まりみたいなもんだからさ。頼むよ、グラたん』


 ……後ろから攻撃を受けながらの前線維持は厳しいだろうなぁ。誰だってそうだ、俺だってそうさ。だからこそ、こんな状況が成立するってのが疑問でならない。


 ――と愚痴を垂れ流して状況が良くなるわけでもなし。駆り出された以上は、しっかりと仕事をこなしてやろうじゃないか。自分一人ならばともかく――今は[ケルベロス]もいるのだから、これほど楽な仕事もない。


『――急いで援護に入るとするかね』

『はいはい。了解了解』






 ――アルマゲドンも既に後半に入っていた。


 天使に関しては、ピーキーな能力もそれほどない代わりに、全体的にステータスが高く設定されている。HPが0になった時点でリタイアというシステム上、スコアでは有利な状況であっても、こちらの数が少ないという状況もざらにあった。


『あと何分で終わりだっけ?』

『残り二十分切ってるぞ』


 そんな後半で活躍を始めるのが【ビフロンス】や【アシュタロス】などの、死霊を操って戦うグループである。


 それまでの戦闘で死んだNPC――英雄を、復活させて戦力へと加える。これで一気に逆転とまではいかないものの、天使の足止めとしては非常に重宝するのだ。


 今度はその死霊使いたちとともに、集団から外れた天使たちを狩って回る。敵も数が少なくなり一か所に偏り始めたのか、存外楽に戦うことができて。


 結局のところ、今回のアルマゲドンは悪魔側の勝利。


 一番最初に自分たちが戦っていた東の部分が、敵味方入り乱れた混戦状態になっていたらしい。あの後も、[バアル=ゼブル]たちが上位天使たち相手に大暴れしていたのだろう。


『いやぁ、何事もなく終わったねー』

『そりゃあ何事かある部分を避けてたからな』


『ひとえにボクのおかげだよねぇ』


『何事かあったらお前に文句を言やあいいんだな?』

『そこは自己責任でしょ。対処ぐらい自分でしなよ』


 むしろこんなにすんなりと勝てるのは珍しい方だし、上手くいき過ぎたとさえ思える程だった。このアルマゲドンの中でだけではない。そこまでの準備の段階から――


『ほら、そろそろ終了イベント始まるよ』


「我が名は――悪魔長【サタン】」


 [ケルベロス]の言うように、二度も三度も聞いたことのある‟例のセリフ”が天から降ってくる。


「このアルマゲドンで勝利を収めた悪魔陣営に、反逆の力が降り注がんことを――」


 ――祝福バフがかけられる演出が始まった。

 これで毎日数時間、経験値上昇など様々な補正効果がかかる。


『もう何回目だっけ? 変わり映えしないよねぇ』

『別に最後まで聞く必要もないんだけどな……』


『はい、そういうこと言わない』


 レベルも既にカンストしている以上、正直な話、殆ど恩恵を受ける必要がない。


 ふとした時に「自分は何で戦っているのだろう」と我に返ることもしばしばあった。……そもそも、ネトゲに意味を見出す必要があるのかも微妙な所だけれど。



『そういえば……今回はЯU㏍∀ルカさんいた?』

『参加自体してなかったみたいだねぇ。いたらすぐに大騒ぎになるだろうし』


『[ЯU㏍∀ルカ]さんか……』


 このゲームにおいて、最強と謳われた[ケルベロス]であり――自分の師匠とも言える人物だった。……天使陣営へと移り、自分達を絶望のどん底に落としている要注意人物でもあった。


 その名前を聞くだけで、様々な思い出が蘇ってくる。


 ――嵐のような一か月間が。そして、悪夢のようなアルマゲドンが。


 ――そのきっかけは三月だった。


 それは――


 この[ケルベロス]が、まだ一位ではなかった頃。

 [ケルベロス]ではなく、[o葵o]という名前でプレイしていた頃。


 彼女と初めて参加した、アルマゲドンからの出来事――

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