二章 継がれる物
2018年 3月末 アルマゲドン―①
それは三月のアルマゲドンの、終盤に差しかかろうかという頃。
自分は先週から引っ付いている[o葵o]と戦場を駆け回っていた。
『どう? 対人戦でも結構やるもんでしょ?』
肩程度まで伸びた白い髪、頭頂部の犬耳。
自分とは対照的な白い鎧に、逆に自分のものとよく似た一対の双剣。
――【ケルベロス】第四十位のプレイヤー。
初コンタクトで、レベル上げを手伝って欲しいとギルドを組みたがり――しぶしぶ了承したところで、ユニット名を〈今日のわんこ同盟〉だなんて
――今も自分の頭の上には、〈今日のわんこ同盟〉という文字が常に浮いていた。
絶対に許さねぇ。
『そりゃあ、事前の準備のおかげだろうに』
一応、この数日間でメインクエストを進めてレベルもそこそこ。装備も前線で戦える最低限のものを揃えさせた。ここまで削られたら迷わず引くべきHPのラインなど、立ち回りについての知識もそれなりに。
そのおかげもあってか、戦場での働きは上々で。初めてのアルマゲドンでは動きも悪くはない。戦況は現在半々といった状態、このままいけば、負けても少なくとも生還はできるだろうという状況だった。
多少戦場から離れたところを迂回するように移動、裏から敵の陣営を削るつもりだったのだが――行く手を阻むように現れたのは、白く巨大な四つの影。
『――っ! 止まれ!』
「ほーら見つけたぁ! ここで張っておけば来ると思ってたんだよねぇ!」
――楯。
「グラシャ=ラボラス? 最近よく話題になっている奴か」
――炎の
「理不尽感はあるだろうけど、まーこういうゲームだし? 諦めるしかないよね」
――百合の花。
「味方が優秀だと私たちも暇でね。少しお付き合い頂けるかな」
――秤。
『嘘だろおい……』
‟天使”ということで、白い翼のアバターアイテムを付けているプレイヤーも少なくない。目の前の天使たちも例外ではなかったのだが――彼らに限っては、通常二枚のところが六枚になっていた。
【ミカエル】、【ガブリエル】、【ラファエル】、【ウリエル】。限られた数しかない大天使クラスの【グループ】のそれぞれの上位プレイヤー。こうして対面しているだけでわかる、圧倒的なまでの力の差――
『……えーと……この人達だけなんだかレベル違くない……?』
初めてアルマゲドンに参加した[o葵o]は、半ば
……そりゃそうだろうさ。スライムをプチプチ潰して経験値を稼ごうとしたら、いきなり魔王レベルのモンスターが出てきたようなものだし。そこらへんでちょろちょろしている雑兵とはレベルが違う。数値的な意味でも、技術的な意味でも。
もはや事故に遭ったようなものである。
『ちょっと、いったい何とエンカウントしてんのさ!? そっちで何したの!?』
あぁ、ここまで見えてんのか。余裕があれば『流石は【シトリー】第一位様です』って褒め言葉の一つでもかけてやるんだけどな、流石にこの状況では乾いた笑いしか出ないって話で。
『知らん、いきなり出てきて絡まれた。そっちの状況は?』
『全体で見れば少し押されてるかも……』
トップ四人が戦闘に参加してなくてもこれか……。
あまり知りたくなかった事実だった。半々と思っていたけれど、それは向こうが片手落ちの状態でこれである。現界での下準備もそれなりにやっていた筈なのだけれど、あれではまだ足りないらしい。
『うわー……あ゛ー』
『どうした? そっちも何かあったのか、シトリー」
『……バアル=ゼブルから。「向こうが一か所に集まってるなら都合がいい。どちらにしろ逃げ切れないのなら時間稼ぎぐらいはできるな?」だってさ』
バッサリと切り捨てる発言――それでも、理不尽だなんて思わない。少しでも陣営に勝ち目があるのなら、そうなるための選択をするのは当然のことだし、それが責任あるトップの立場なら尚更である。
『とてもわかりやすい指示でありがたいが……五分も保たないぞ』
『……そう伝えておく。なるべく頑張りなよ』
「反応がないね、萎え落ちでもしたかな?」
「……大丈夫だ。で、何の用で俺のところに?」
痺れを切らしたのか、前方の天使――楯を持っているから[ウリエル]だろう――が発言してきた。どうやら、いきなり攻撃を仕掛けてこないところをみると、戦況を左右するために動いているわけではないらしい。
「なぁに、ちょっとした顔合わせみたいなものさ。毎月毎月、同じ奴を相手にしてもつまらないだろ?」
「グループによって戦い方が違うからねー。気持ちを新たにリフレッシュ! したくない? したいよねぇ?」
――完全にこちらを対等な敵ではなく、狩りの対象と見ていた。
「へぇ、それでわざわざこんな下っ端のところまで来てくれるとは。……なんだったら決闘でもするかね? 順番に満足させてやるぞ?」
これで決闘四回プラス毎回のスタン分の時間が稼げると考えていた矢先に、秤を持った天使――[ミカエル]が冷静に答える。
「いや、あまり時間をかけると後が
……あぁ、予想している中で最悪のパターンだ。クソッタレめ。
このレベル帯での一対四での勝利はまずありえない。更に言えば、相手が天使の時点で絶望的どころの話ではない。かといってこちらの人数を増やせばいい、だなんて単純なものでもなく――
『援護の要請出そうか? 孤立状態だから、少し時間がかかるけど……』
――裏をかこうと取った行動が、それこそ裏目に出てしまった形だった。
『いや、それなら他の場所に向かわせてくれ。……まず間違いなく間に合わない』
『……そうだね』
自分がリタイアした後になって他の奴らが来たところで、結局は無駄死にとなるだけだろう。それならば別の場所に向かわせて戦わせた方が、そいつらはスコアを稼げるし陣営は駒を無駄に消費しなくてwin-winである。自分一人の犠牲でこれなら、十分にお釣りがくるほど。
そして残る問題は――この場にいるのが自分一人じゃないことなんだよなぁ……。
『ここは時間を稼ぐから、その間に早く逃げろ』
――自分はともかく、[o葵o]は今回始めてアルマゲドンに参加した初心者だし。『勝つためにはお前の犠牲が必要なんだ』と言うほど鬼畜ではない。
『でも……』
『このレベルだと流れ弾だけでも厳しい。自陣に戻って他の援護に回ってくれ』
もう終盤に入っているのだし、自陣に攻め込まれた様子もない。戻りさえすれば、まだ回復役も控えている筈で。
……初めてのアルマゲドンを、死体で終えることもないだろ。と、思うわけで。
何事もスタートダッシュが肝心なんだと、自分なりの老婆心だった。
『わ……わかった』
「おや? どこに行くつもりかな?」
――スキルのチャージ光!
返事を返した[o葵o]が――天使達からしたら突然なのだろうけども――自陣に向けて走り出したのを見て、[ウリエル]が攻撃を仕掛けようとする。
『ちっ』
慌てて割って入ったため自身の防御は間に合わなかったものの、出が早く威力の低いスキルだったおかげで、削られても一割ほどで済んだ。
「体を張って逃がすつもりか? 優しいな」
「初心者狩りなんて恥ずかしいことをしないよう、監視してるだけで精いっぱいさ」
『……ボクは葵サンのサポートに回ればいいかな?』
『頼む。お前なら位置を確認しながら迎えに出れるし。……それでいいよな?』
『……うん』
そうして[シトリー]とも[o葵o]ともVCを切って、目の前に並ぶ強敵たちの動きに集中する。
「どうせ死ぬまでの時間が少し伸びるだけだというのに……」
「その少しを死ぬ気で稼げって指示が出てんでね。俺は俺の“仕事”をさせてもらう」
「へぇー。素晴らしい忠犬っぷりだね。流石わんこだねぇ」
「……このユニット名には触れるな」
ちくしょう。流石は上位プレイヤーかよ。
……一番触れて欲しくなかったところを突いてきやがる。
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