2018年 3月末 アルマゲドン―②

 四人の大天使を前にした自分に課せられたオーダーは、ただの時間稼ぎ。


 ――ただの。たった数分の。


 字面にすると、そんなに難しいようには見えないだろ?

 実際に直面してみろよ。絶対に無理だって悟るから。


「……一分も経たずに終わらなければいいがな」


 [ウリエル]のその言葉を引き金に、四人ともが一斉に飛び出してきた。


『こいつは――!』


 容赦のない攻撃により、画面全体がエフェクトで埋まってしまう。 音の方もびりびりと頭を揺さぶる程に酷くなっていた。


 開始早々に、リチャージの長い広範囲スキル。×かける4。

 大技も大技。本気で一分以内に息の根を止めに来てんじゃねぇか。


 ――今のをまともに食らっていたら、その時点で勝負は決まっていただろう。

 ……あくまで“まとも食らっていたら”の話だけど。


「悪魔のスキルって、地味に優秀なのが多いよねー」

「スキルだけじゃなくプレイヤーも優秀なんでね」


 ――自分のアバターは未だフィールド上に残り続けて。体力は少し削られはしたけども、戦闘はまだ十分に続けられそうだった。


 三秒間だけ無敵状態になり高速移動する効果。出が早く効果も優秀ではあるが、リチャージが長いのが難点の回避スキルを使用して、相手の攻撃をほぼ完全に防いで。


 ……今のは出し惜しみをしていい場面ではなかった。さっきの[o葵o]を庇った時には使用を躊躇したけれども、ここはこの判断で正解だったらしい。


『このまま背を向けて逃げたいところなんだけども……』


 ――そうも言ってはいられない程に追い詰められているわけで。


 下手に逃げても、次は誰が狙われるか分かったものではないし。下手すると、[o葵o]に追いついてしまう可能性もあるし。


 まず、そもそもの前提として、逃げ切るには難易度が高すぎるんだけどさ。

 いっそのこと、こっちの攻撃がどれくらい通るか試しておくか……?


 そうやって考えている間にも、次々と攻撃が撃ち込まれてくる。多少のことでは標準を切るようなことはしないだろうから、大きく距離をとって移動での回避に切り替えた。


 ……この戦闘単体でいえば、結果の決まりきった勝負だからなぁ。


 どうせ負けるのならば、今後の参考になるような戦闘をしよう。――幸い、相手の攻撃は回避できるものなのは分かったし。


『それなら、こっちの攻撃はどうだ……?』


 気休めレベルのバフスキルを使い防御面をカバーして、嵐のような攻撃の直撃を避けながら――出の早い単体攻撃のスキルを飛ばす。


 …………


『やっぱり硬いか……そりゃあ、上位だし課金装備で固めてるよなぁ』


 もともとの攻撃力の低さから、そこまで期待はしていなかったけれども――結果は思っていた以上に芳しくない。上位なのだから、当然課金装備で固めているだろう。


 ――だけれど、まだ戦えないこともない。


 クリティカルが起きさえすれば、防御力無視でダメージが通る。それならば自分の攻撃力でもある程度は通ることが分かったし、おおよそのHP量もこれで把握することができた。


 アイテムにより高速で回復していき――そしてそれを上回る速度で減少していくHP。……申し訳程度にでもステータスを振っておいてよかった。十数回に一回程度だけれども、それが無ければここまで保っていないだろう。


 今後の課題は会心率と回避率を、どこまでバランス保ちながら上げられるか。

 あくまで上位プレイヤーとの戦闘を考えて、の話ではあるけれど。






『……自分にしてはよくやった方かね』


 ――状況は最悪。体力は既に虫の息に近く、自分のHPゲージがあと数ミリのところで止まっていた。対して、相手四人はどれも六、七割以上。……回復魔法を使わずにこれだ。


『こればっかりは一対一タイマンでも勝つのは難しいだろうな……』


 ……幸か不幸か、天使陣営のトップと戦うことができたのだし、得るものは十分にあったと思いたい。――というか、そう思わないとやってられるか。袋叩きにあっただけじゃねぇか。


 欲を言えば……一人ぐらいは落としておきたかったんだけどなぁ。


「いやぁ、四分もかかるとは思わなかったよ」

「これじゃあ他の所に行く前に、アルマゲドンが終わっちゃうじゃない!」


 おいおい、まだ戦闘は終わってないんだぞ? チャットで会話をするあたり、余裕に満ち溢れていることで。……実際、どこからどう見てもこちらの負けは決まっているけれども。


「是非とも、天使側に来てくれると心強いんだけどねぇ。もちろん優遇するし――そうでなくても、君の実力ならばすぐに上がってこれるだろ?」

「そうやって、一人一人訪問してヘッドハンティングしてるのか?」


「ちょっと動けるサンドバックは手元に置いておきたいだろ?」


「お前が戦闘職にでも鞍替えすれば、もう少し楽しめるんだがな」

「そしたら、もっと戦える機会も増えるもんねー」


 どうやらお眼鏡に適ったらしいが、こちらとしてはそんなつもりは微塵もない。


「……アホか。何が悲しくて、殴られに行かないといかんのだ」


「まぁ、嫌でも出会う時は出会ってしまうものさ」

「……次会うときは、一対一で戦いたいものだ」


 そう言って、[ラファエル]が剣を振り上げる。ラファエルのシンボルでもある、煌々と揺らめく炎を纏った剣を。


 ……ここで終わりか。


 一刀のもと両断され、HPがゼロになる。画面は暗転し、ローディング画面へ。今回のアルマゲドンからは、これでリタイアとなった。






 アルマゲドンの結果は――僅差だったが、天使側の勝利で終わった。


 上位天使四人を抑えてこの結果。こちらの完全敗北と言っても過言ではないだろう。……抑えるといっても、本当に最後の最後だけだったけど。


『あ゛ー……』


 ――呻く。呻きたくもなる。自分が何をしたところで勝てない勝負だった、とは分かっちゃいるけど……それでもこの敗戦ムードは、味わされて気持ちのいいものでもない。


『……大丈夫だった?』

『いや、死んだ。流石に、四人を一度に相手取るのは無理だ』


 いきなり呼び出されたVCを繋ぐなり、[o葵o]の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。……どうやら足止めの甲斐あって、なんとか自陣まで戻ることに成功したらしい。


『ごめん……。戦力になれなくて』


 アルマゲドン初参加の初心者なのだし、二人で立ち向かったところで勝てるわけでもないのだし、別に気にすることでもないんじゃなかろうか。


『別にアルマゲドンも終盤だったし、デスペナが付くわけでもないし。あそこで自分一人が死んだところで、なんの問題もないさ』


 ……こういうのは得意じゃない。できればこういうフォロー的なものは[シトリー]に任せたいが、終わるなりどこかに行ったみたいだった。


『今回はお試し体験みたいな感覚で出たんだし、死なずに戻れたなら上々だろ』

『……うん』


 まず自分が足止めしていたとはいえ、逃げ切れたのだから大したものだと思う。全体を見ても、最後のあれ・・を抜きにすれば、本当に上々の初陣だったのではないだろうか。


 自分としても、あそこで逃げるのが一番正しい選択だと思うのだけれど――どうやら[o葵o]は、そうは思っていないらしい。


 いや、頑固すぎるだろ。どうしたいんだいったい。


『活躍したいなら……まずはレベルをカンストさせることだろうなぁ。今じゃ自力が足りないこともあるだろうし』

『……うん』


 それは【ケルベロス】ならば尚のこと。戦闘メインのグループなのだから、そのあたりの伸び幅は大きい筈だし。間違いなく素のステータスで言えば、自分より上になるはずである。


『とりあえず、今回のことは気にせずに――』

『――うん! 次のアルマゲドンは頑張るから!』


『お、おう』

『もちろん、〈今日のわんこ同盟〉だし手伝ってくれるよね?』


 …………


『もちろん、手伝うのは手伝うがな……』

『手伝うが?』


『来週になったら脱退するからな、〈今日のわんこ同盟〉』


 まさか、天使にまでいじられるとは思わなかった。

 これで向こうで噂になっていたら、とても恥ずかしい。


『え゛ー……』


 ……こうしてレベル上げの手伝いをする約束をしてしまう時点で、自分もたいがい過保護なんじゃないかと。


 そんなことをぼんやりと後悔しながら、三月も終わりを迎えたのだった。

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