2018年7月 第3週
「――ふう」
WoAにログインするなんて、毎日のルーチンワークのようなもので。PCを起動して数分後には、普段から利用している≪ゲート≫の前に降り立っていた。
[シトリー]は今日はログインできないと言っていたし――[ブエル]は既に"仕事"へ出ているようで、ロビーの中は先日よりも更に閑散としている。
――≪トロメア≫。
複数ある地獄界のロビー。その最下層である≪
どの層にまで入ることが出来るかは、全体順位によって決められていて。ここまで深い層だと、殆どのプレイヤーが入ることはできないだろう。それこそ、各グループの一位や二位ぐらいだろうか。
更に下の層の名前は、≪ジュデッカ≫と呼ばれており、そこに入れるのは地獄界全体での上位数%のみ。まさに廃課金にだけ許された世界なんだろうと思う。あまり興味はないのだけれど。
……実際問題、ロビーでできることなどたかが知れているし。システム面で考えばどこを利用しようと、関係が無い。とは言いつつも、自分もわざわざここを使っているのには理由がある。利点がある。
それは――制限されたことによる、人の少なさ。
利用者の数は、ピラミッド式にランクが上になるほど少なくなっていく。それは≪
“大勢で”“誰とでもワイワイと”というのが苦手な自分は――まぁ、使うんだよなぁ。そんな場所が用意されているのなら。喜んで使わせてもらうとも。
初めてここを訪れた時は、内心小躍りをしたぐらいだった。……のだけれど、その少ない利用者の中にも、静寂を破る奴はいるわけで……。
「おやー? グラたんじゃない」
たった今ログインしてきた
薄く青色がかった白髪を、背中のあたりにまで伸ばして。頭頂部には一対の犬耳が付いており、たまにピクピクと動いていた。
首には朱いマフラーが巻かれ――その端の部分は、風が吹いてもいないのに揺れていている。いわゆる“ゲームの仕様”ってやつだ。
「……[ケルベロス]」
ソロモン72柱、序列第二十四位。【ケルベロス】の第一位。
[シトリー]と同様、
「そんな嫌な顔しなくてもいいじゃんww」
「嫌な顔って、お前。見えてないだろうが」
チャットだぞ。文字越しだぞ。
……ちょっと口元が引きつったのは確かだけど。こいつエスパーかよ。
正直、このテンションに合わせ辛い。いや、アルマゲドン中だとかはいいんだけどさ。こういう静かな場所で、一緒に騒ぐってのがさ。
「ね、〈今日のわんこ同盟〉の仲間なんだからさ」
「わんこ同盟ェ……」
一番最初に出会った頃から、この馴れ馴れしさだもんなぁ……。今ではもうすっかり慣れてしまって、あしらうのも慣れてきたけれども。
始めて出会った時の第一声は今でも覚えている。
『暇ならレベル上げ手伝ってよ』である。
始めたばかりの初心者が、レベルカンスト状態のグループ第一位に。怖いもの知らずというか、傍若無人というか。ただ単に礼儀知らずというか。
――で、仕方なく了承して。最初はズルズルとクエストの手伝いをしていたのはいいのだけれど――いつの間にやら第一位、[ケルベロス]の名を我が物とするまでになっていたのだから驚くしかない。
「もう抜けたんですし、同盟仲間とか言うのやめて頂けませんか?」
「急に丁寧語っ!?」
〈今日のわんこ同盟〉
『始めたばかりで右も左もわからないしさ――』
……いつ思い出しても身震いがする。
『教えてくれる間だけでいいからさ、チーム組もうよ。いろいろ便利なんでしょ? それぐらいのお金なら持ってし、私が出すから』
『ん、あぁ。別に構わないけど――』
――で。その瞬間に、ユニット名を変更したのだ。〈今日のわんこ同盟〉だなんて、これ以上ない位ふざけた名前に。完全に嵌められていた。これを見越して組みたいと言っていたに違いない。汚ねぇぞ。
確かに【グラシャ=ラボラス】は、犬の姿で描かれているのが主なんだけどさ。【ケルベロス】と【グラシャ=ラボラス】。両方犬だからといっても、これは安易すぎるだろうよ。
ユニット名の変更は、権限を与えない限りリーダーにしか許可されておらず――さらに、加入して一ヶ月は脱退することもできない。
街での“仕事”中でも、ダンジョンでの戦闘中でも。頭の上に常に〈今日のわんこ同盟〉という、力の抜けるような名前が表示されるのだ。
まぁ結局のところ、制限が解除された時に多少のいざこざがあった後、脱退して。呪いのようなチーム名からも解放されて。――で、なんだかんだで、その後も一緒に行動していた。というのが簡単な出会いの話。
「そうやって、壁張るの良くないと思うんだけどなぁ。グラたん、ケロちゃんの名前で呼び合った仲じゃない、ほら」
「適当なことを言うの止めてもらえないか?」
もちろん、そんな事実は微塵もない。ほとんど一方的なものである。『ケロちゃん』なんて呼んだ日には憤死ものだ。自分で自分が許せなくなる。……て、こんなことで使う言葉じゃない気がする。
……しかしまぁ、こんなふざけた態度をとっていても[ケルベロス]。グループの一位の座に座っている
正直なことを言ってしまえば、下手すると自分よりも強い。
言い訳がましくなるけれども。誰に対しての言い訳なのかも分からないけれども。それでもあえて説明をするのならば、元々【ケルベロス】と【グラシャ=ラボラス】じゃスペックが違う。戦闘と暗殺。専門としている分野が違うのだ。
それでも、一対一の状態で一度も負けたことはないのだけれど。そこはまぁ、師匠(?)としての意地である。
そんな過去もあってか――第一位同士という対等の立場になった今でも、なにかと同行したがっていて。アルマゲドンの時でも同様で、自分に付いて前線に出てくることもしばしば。
仮にも“地獄の門番”と呼ばれる悪魔なのだから、自陣営の守護に徹していてほしい。というより、そもそも他のグループでもいいと思えるのだけれど。
「【バルバトス】あたりにでも入れば、陣営上位にも楽々食い込めるだろうに……」
前線に出て戦うのなら、その役割に向いた
「だって【ケルベロス】が一番かわいいじゃん」というのが彼女の論で。
……可愛いのだろうか。どこがだ? 首が三つあるところか?
彼女には彼女なりの美学があるらしい。
いや、まぁ。そこまで口を出す義理もないし。好きにすればいいんだけどさ。
「で、今日は“仕事”?」
「いや、」
『それは先週のうちに――』と、続きを打とうとした所で遮られる。
「よし、それじゃ暇だよね。こっちの“仕事”手伝ってー」
VCに誘われたことを示すメッセージが、画面に表示された。
――しまった。『ここまでがテンプレ』というやつだ。……自分の答えを予想していたのだろう。次の文が出てくる早さが尋常じゃなかった。
「断るという選択肢は……?」
「まっさかぁ、グラたんはそんなことしないよねー」
……謎の圧力。断ったら断ったで、いろいろと質問攻めにされるに違いない。
『……はぁ』
犬の散歩だなんて生易しいものじゃない。激戦の中に叩き込まれるのも分かっているけれども――しぶしぶ了承のボタンを押したのだった。
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