2018年7月 第2週―②
周りに天使がいないことを確認して、そこでようやく呟く。
「……間一髪だったな」
目標を殺しただけでは“仕事”は終わらない。それほど楽なもんじゃない。
スコアは拠点に戻って初めて加算されるのである。
成功しようが失敗しようが、見つかった以上は警戒が強まるのは当然だし、他の味方にも負担を強いてしまう。一度やると決めたからには、失敗して戻るわけにもいかなかった。という意味でも、今回は実のところ気合が入っていた。
「お疲れさまー。そんじゃあ、街から脱出して“お仕事”完了だねぇ」
入り口手前、いつの間に合流したのか、[シトリー]が隣にいた。チャット通信は繋がっていたけども、いつだってコイツは神出鬼没。他人の隙を突くのが上手いのか、気が付いたらそこにいるような奴だった。……もう慣れたけど。
「あぁ、さっさと戻ろう。少し疲れた」
街を出入りする人の流れに乗って、そのまま二人で街の外へと出る。並んで歩くだけでもリスクは結構高いのだけれど、ここまでくれば成功したも同然だ。
あと五歩、四歩、三歩――
――――。
「――ふぅ」
分厚い石造りの門を潜り抜けると、がらっと空気が変わるのが分かる。水中の深い所から、一気に水面へ。息継ぎに顔を出すときのような解放感だった。
「エリアによる移動制限も解除されてるねぇ。それじゃ、どこに飛ぶ?」
まだ天使が追ってくるとも限らないし、さっさと移動しよう。
「決まってるだろ。――いつものところだ」
メニューを開いて、ワールドの移動を選ぶ。
“仕事”の締めくくりのために向かったのは――
「別にどこでもいいのに。ホントこの場所が好きだねぇ」
目の前にあるのは――巨大な門。
そこは、自分たちの拠点である地獄界の、とある場所。
数あるゲートのある部屋の一つ、その名も≪トロメア≫。
この門の中に取ってきた魂を入れることで、ゲーム内のランキングに大きく関わるスコアを得ることができる。プレイヤーの誰もが、ここから現界に降り、最後にここへと戻ってくる。
ゲートのある部屋は俗にいうロビーのような扱いになっていた。その証拠に、自分以外にも他のプレイヤーたちがちらほら。誰かとチャットで会話してたり、一人で隅っこに座っていたり。各々がここで自由に過ごしている。
自分はそんな人らに声をかけることもなく、先ほど狩った“聖人”の魂をゲートへと放り込む。ボーナスによって大量に加算されてゆくスコア。成果は上々だった。
「ま、最後の方は戦闘もあったおかげで、ボクのスコアも稼げたし? なんにせよ、まあまあの収穫だったんじゃない?」
「おう、今日はありがとな。助かった」
『次は手伝えないかもしれないけどねぇ』と冗談めかして言うのもいつものこと。なんだかんだで暇を見つけては二人で“仕事”をすることもしばしば。このゲームの中でも、[シトリー]との付き合いは長い方だった。
「先に落ちるねぇ。ノシー」
「ノシ」
最後に別れの挨拶を済ませ、[シトリー]がログアウトする。もう寝るのにちょうどいい時間だし、自分もそろそろ落ちるか。と、メニューを開いたところで――
「おつかれ~( ☞ ・Д・)☞」
いきなり
……座っている状態で身動きしていなかったし、放置かと思ったんだが――チャットの送り主は、目の前の女
送り主の名前を確認するまでもない。他にも人はいたものの、断言できる。こんな顔文字を使ってくる知り合いは、自分の知る限り一人しかいない。
すっくと立ち上がり、こちらへ寄ってくるのは、栗色のショートヘアに、やたらとヒラヒラとした水色の衣装アバター。武器などの装備も、やたらとフワフワしている。どこからどう見ても戦闘用の装備ではない。
「私はおつかれ~って言ったんですけど(´◕ω◕`)」
「……どうしろと?」
けれども意外や意外、こいつもこのゲームの中ではちょっとした有名人。このヒラヒラフワフワした、女悪魔こそが――現【ブエル】第一位、[ブエル]その人だった。
「……こっちに
「労いも何も……別に疲れてないだろ、お前」
【ブエル】は主に、男性を精神的に癒すことで知られる悪魔。
――なのだけれど、このゲームでは性別関係なく影響を及ぼすようで。
「街中でアバター躍らせているだけで、スコア稼げるんだから」
街中でアバターを躍らせていれば、その範囲にいた
つまりは、先ほど自分が言ったように――街中でアイドルよろしく踊り続けていれば、
「( ゜∀゜):;*.’:; ブゥーーメラン!!!!!!」
ちなみに余談だが――彼女自身は、元がどんな悪魔だったかは知らなかったらしい。過去に元になっている
「その言い方酷くない?(◞≼◉ื≽◟;益;◞≼◉ื≽◟)」
「ぶふっ!」
……インパクトのある顔文字にお茶を噴いた。
もはや顔芸。卑怯だぞてめぇ。
「ファッション勢のトップとして、いろいろ工夫してるんだから( ✧Д✧) カッ!!」
――彼女のアバターが、その場でクネクネと踊り始める。……相変わらず珍妙な踊りだった。なんで、どこのオンラインゲームもこう、センスのない動きなのだろうか。とはいっても、別に踊りになんて詳しくないのだけれど。
「どうよ!! 今月のアバターガチャで手に入れた衣装!!ヽ( ・ω・ )ゝ」
そう言って、踊りながら背中を向けてくる。グリングリンと身体をスイングしながら見せた背中では――小さな天使の翼が、パタパタと羽ばたいていた。
「おい! 悪魔どうした!」
アイデンティティ崩壊の瞬間。思わず突っ込まずにはいられなかった。というより、アバター装備の制限ぐらい付けとけ運営。
とはいえ――芸術系統の能力やカッコよさなどの、フレーバー的なステータス。本来のRPG系ゲームでは不要なそれらが、彼女の"仕事"には大きく影響している。そして、そういった要素がメインの装備は、大概の場合、防御などの戦闘能力を重視されていないことが多い。
――なので戦闘に関して言えば、それほど期待されても困る。と偶に愚痴る気持ちも、別に分からないわけでもない。“癒す”という
それはともかく――
「最近ではファンのプレイヤーも増えてきてさー( *´艸`)」
「へぇ……」
[シトリー]を含め非戦闘タイプというのは、得てして口数も多いのが定番だった。
「この前、天使がライブの最中に乗り込んできたときとかー」
「……なるほど」
…………
「総出で撃退してくれたりしてー!o(≧▽≦)o」
「……それは凄いな」
…………
「『ブエルちゃんマジ天使ッ!』だってwwww悪魔だっつのwwwww」
適当に相槌を打っておく。話し始めると止まらないのはいつもの事だし。
第一位ということもあって、彼女の追っかけをしているプレイヤーも少なくない。勝手にファンクラブないし親衛隊を組織しては、妨害に来る天使を返り討ちにしているようだった。
おかげで、こんなに話題に事欠かないんだろう。
「まぁ……なんにせよ、上手く回っているなら構わないけど」
アイドル活動()とはいえ――これが地味にアルマゲドンの勝敗にも関わっているし。非常に助かっているというのが、正直なところ。
「とりあえず、明日は朝早いし……そろそろ落ちるぞ」
明日は平日だ――といっても、今日も平日だったんだけどな。
「あらら、社会人は辛いね(๑•́‧̫•̀๑)」
「同年代のくせに……」
確かそんなことを言っていたような気がする。
よくもまぁ、そんなに課金する金があるもんだ。
「また今度、限定ダンジョンのアバ回収手伝ってね~」
イベントでダンジョンに潜らないとゲットできないアイテムがあると、半ば強制的に協力させられてるし。……組めるパーティの人数が限られてるし、いろいろと難しい問題もあるんだろうけど。
なんでもソロでやろうとすると骨が折れるからなぁ。
横の繋がりというのは、何においても持っておいて損は無い。
「おやすみ~(´ゝ×・)ノシ 」
「おやすみノシ」
[ブエル]に見送られる形で、今日はゲームからログアウトした。
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