とある天使プレイヤーの視点

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 天使陣営でゲームを始めて二ヶ月。ようやく装備も整ってきて、戦争イベントアルマゲドンでもそれなりに活躍できるようになってきた。


 今日は来月に備えての準備期間というわけで、敵の領地に侵略するのは休み。自陣の守りを固めるという名目で、ちょこちょこポイントを貯めている最中ってところ。


 ちょうど自分がいるのは街の出口だった。


 たとえ悪魔陣営の連中が街の中にいるNPCを倒しても、出口まで辿り着くような奴はいない。いたとしても命からがらというのが殆どで、俺はそいつを狩るだけで楽にポイントが稼げるという寸法。だったのだけれど――


「一人そっちにいったぞ!」

「まぁ俺に任せておけって――……ん?」


 仲間内からの連絡で中心の方へ目を向けると、こちらへと走ってくる奴が一人。暗殺ってのは見つからないのが大前提とは聞くけれど、単身でというのは珍しい。……初心者か?


 上下共に黒い色をした装備に身を包み、武器は二刀の短剣。大技を使わずに、素早い動きで相手を翻弄しながら、少しずつ体力を削ってくるタイプ。一対一なら、こちらに分がある。


 けれどHPはそれほど削れていない。というよりも、無傷だった。

 どうやら、よっぽど運が良かったらしい。


「――けど、簡単に外に出れると思うなよ!」


 距離を詰められる前に、辺り一面にダメージを与える強スキルをぶっ放す。周囲の一般NPCも巻き込むけれど、このまま出られたときのデメリットの方がデカいし。


 さっさと吹き飛べ……って……え?


「なんだコイツ……!?」


 間髪入れず反撃してはきたが、大したダメージじゃない。このまま押し切ろうとしたのだけれど――HPが全く減っていなかった。


 攻撃が……通っていない? そんな馬鹿なことがあるか。


 俺よりもレベルや装備が上? そんな馬鹿な。

 防御力がバカ高いとか、回避がバカ高いとか、そういう次元じゃない。


 普通だったら、ダメージがゼロでも表記が出るはずなんだ。――けれど、コイツはそうじゃない。攻撃自体が当たってなくて、ダメージ計算すらそもそも行われていない。


「なんなんだよ……チートか!?」


 一度だけなら見間違いの可能性だってある。けれど、二撃目も、三撃目も。こちらからのダメージはゼロのまま、反撃のスキルが自分のHPをどんどんと削っていた。


「名前はっ!? こいつのユーザー名……――!」


 相手の頭上にあった名前――。

 そこには、グラシャ=ラボラス・・・・・・・・・とあった。


「グループ第一位……!? なんだってこんなところに――」


 前回のアルマゲドンではカチ合わなかったし、それほど活躍してなかったのか、イベント中も全く情報が耳に入って来なかった。


 聞いてないぞ、こんな奴がいるだなんて……!


『――――』


 チャンネルを繋げていないので、向こうが何を言っているのかは分からない。ただ淡々と、こちらの攻撃に合わせて無傷のままにカウンターを打ってくる。別にそういう効果があるスキルを使っているわけでもないのに、なんで――!


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「通報してやる……! アカウント削除だろ、あんなの!」


 結局、謎の黒いアバターの[グラシャ=ラボラス]に体力を削り切られてしまった。天使陣営の拠点である天界で、リスポーンしてそうそう毒づいた。近くにいた知り合いのユーザーにも、その話をすると心当たりがあるようだった。


「あぁ……お前も遭ったのか。無駄だよ、皆一度は通った道だ」


 そいつの場合は、戦争イベントアルマゲドンで戦ったらしい。自分と同じように、攻撃が全く通らないままに負けてしまって。同じように通報したのだけれど、運営に全く相手にされなかったらしいのだ。


「度々通報されても、消えていないのが証拠だろ? 運営の知り合いだとか根も葉もない噂も出ている中で、ちらっと聞いたんだけどよ……」


 そこからは誰にも聞こえないように、個別チャットでの会話。


「スキルを発動するときに、一瞬だけ無敵状態になるよな」

「まさか……」


 それなら自分にも心当たりがある。だいたい大技を発動する直前には、相手の攻撃によって中断しないよう無敵状態になるのがこのゲームの仕様だ。スキルによって、一瞬程度の違いだけれど長い短いがあるのは確か。


「……そんなこと、いちいち意識して戦いはしないだろ」

「いいや、こちらの攻撃に合わせてスキルを発動しているだけらしい。バグ利用でも、チートでもなく。仕様を活用しているだけだから、運営もノータッチらしいぜ」


 言うのは簡単だけれども、実際にやろうと思ったらどれほど難しいのか。


「そんなの……たかだか一瞬じゃないか。無いのと変わらない」


 自分のスキルの無敵時間を把握して。それでいて、相手のスキルの出の速さまで完璧に理解していないと、とてもじゃないと合わせられない。


 それが実際の戦闘ともなれば。動きを見てから対応した行動を取るのだって、普通に考えて土台不可能だ。そんなの、MMOじゃなくて格闘ゲーム1フレームの世界じゃないか。


 そんなことができる奴が現実にいるだなんて……。


「いったい……どんな化け物なんだよ……」


 画面の向こう側にいる奴は――

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