2018年9月 第3週

 西の街――

 今日は[ケルベロス]の仕事に付き合う日だ。


 三人ともスコアには余裕があるため――

 ダラダラ雑談をしながら、パトロール紛いのことをして回る。


『――最近は、ドンパチが激しくなったよねぇ』


『やっぱり……《奥義》スキル?』

『まーそれしかないよねぇ。最近聞いたのでは、「砲弾の雨で街にいたNPCが吹き飛ばされたー」とか』


 嫌な予感が頭をよぎる。


 砲弾の雨というと――【サンダルフォン】の《奥義》だろう。


 必ずしも自分が戦った奴だとは限らないけども……。

 できれば、街中では会いたくないタイプではある。


『おいおい……。そんなことしてたら、自分たちが不利になるばかりだろ』

『まぁ、一部での話だからね? 全員が全員、そんなことをしてくれたら、アルマゲドンも楽勝なんだけどさ』


 人間NPCを狩るのは最小限に。

 それが、この世界WoAにおいての常識である。


 人間NPCに手をかける度に、求心力が下がり――

 結果、アルマゲドンでは不利になってゆく。


 ギリギリ相手の戦力となりうる聖人たち特殊NPCのみを殺して、ようやくプラスが出るところだろう。


 無益な大量虐殺が許されるのは、余程の実力を持つ一部のプレイヤーぐらい。

 まぁ、システムを把握しているからこそ“実力者”と呼ばれているわけで。

 それこそ余程のことがない限り、そんなことはしないのだが。


 ……ごく一部を除いて。


『勝手に収まるだろうけど――まぁ、導入してすぐはこんな感じだよねぇ』


 サービス開始当初も大概なものだったが――

 今回は、その時ほど滅茶苦茶な状態にはなっていないらしい。


 あの時とは違って、情報の収集速度も上がっているからだろう。

 全くもって、[ダンタリオン]様様だった。


『で、[シトリー]の《奥義》はどんなのだったの?』

『んー。ボクのは“目”の強化かなぁ』


 案の定、戦闘用の《奥義》ではないらしい。


 一部を除く殆どの《奥義》は、そのグループの特徴を引き上げる形――

 自分の≪Pay 形の with ない blood 恐怖 and life に怯えろ≫なんて、その最たるものだろう。


『強化って……具体的には?』

『そうだねぇ……。――あ、メッセージだ』


 [シトリー]個人へ宛てられたメッセージ。


 どうやら――

【シトリー】の一人が、街に天使が入り込んでいるのを見つけたらしい。


『忙しくなったよねぇ……。ちょっと強くなっただけで、やることは変わらないってのに』


 最近になって飛び込んでくるのは、だいたい初心者~中級者だった。


 一定のラインを越えたプレイヤーならば――

 その《奥義》を活かして、自分の“仕事”に専念するからである。


『丁度いいし、撃退がてら《奥義》のお披露目会でもしとこっか』


――――


『いたいた。片方は【ラファエル戦闘役】で……片方は【ザフキエルサポート役】っぽいねぇ』


 ――向こうの天使は二体。


 既に奥義を撃ったあとなのか――

 目の前の建物には、ざっくりとした切り傷が刻まれている。


『……【ラファエル】の《奥義》か?』


 戦闘役が一人しかいないのならば、必然的にそうなるだろう。

 ……第一位ではないとはいえ、警戒するに越したことはない。


『向こうからも応援が来てるし、まずは一人を集中攻撃しちゃう?』


『それじゃー分断するよー』


 素早く天使の間に入り込んだ[ケルベロス]が――

《奥義》によって、巨大な“門”を出現させる。


『≪This 汝等 gate ここに divides 入るもの hope and 一切の望み despairを棄てよ≫!』


 門が二人を隔て、こちらに残ったのは【ラファエル】。


 こういった場合、戦闘タイプから片付けるのが正解だ。

 上手く分断できたと言えるだろう。


『それじゃーボクも――』


 どうやら[シトリー]も《奥義》スキルを使うらしい。

 天使との距離を詰めながらも、意識をそちらに向ける。


「≪The あぁ、secret of 気を付けるがいthe い。このstrength 瞳は君の内側 watch まで射抜くrealityものだから≫!」


 …………


 何も変わらない。


『それじゃーグラたん。頑張って!』

『おい!』


 何なんだ一体。


 確かに《奥義》が発動するエフェクトは見えたが――

 それ以上の見た目の変化すらなかった。


『そもそも、ボクは非戦闘員なんですけど? なに期待してんの』


 怪訝けげんな声が飛んできた。

 くそったれめ! 確かに期待したけど!


 ……まぁ、[シトリー]の《奥義》がどんなものであれ――

 たいしてやることは変わらない。


 肝心の中身については目の前の天使を片付けてから、後でゆっくり聞けばいい。


『うんうん。んじゃ、全力でお掃除といきましょっか』


 状況は二対一。

 向こうの天使一体を、二人で挟み込むように戦闘が始まった――


 ――――


 自分が正面から妨害を続け、後ろから[ケルベロス]が攻撃を叩き込む。

 いつも通りの必勝パターンが続く。


 倒してから、“門”が消えるまで結構待つことになるな――と思っていたところで。

 [シトリー]から、声をかけられる。


『ん。グラたん、そろそろ《奥義》来るかもー』

『……? どういうこと――』


 と、返事をしようとした矢先に――

 敵が動きを見せた。


「≪Elohim 毒を焼き尽くTzabaothせ、栄光の神炎≫!」


 ズァッ――


『――っ!?』


 ――出が早い!


 一瞬、白い炎が見えたかと思った次の瞬間には、敵の攻撃が自分を貫いていた。

 ――ように、周りからは見えただろう。


 何とか寸前に発動させた、≪Pay 形の with ない blood 恐怖 and life に怯えろ≫によって回避――

 間一髪、ダメージを受けずに済んだ。


 [シトリー]に言われていなければ危なかった……。


『……《奥義》の効果か?』

『そだねー。相手のリチャージ完了時間とか全部見えてる状態』


 なんだそれ、羨ましい。


 自分が頭の中でしていることを、可視化しているようなものである。

 ――いや、自分の場合、使ってからじゃないと判断できないからそれ以上か。


『でもこれ、一度に沢山の敵が出てくると目がチカチカしてくるんだよねぇ』


 これまでに何度か使ってみたらしい。

『これ……人によってはデメリットしかなくない?』と愚痴る[シトリー]。


 自分一人の時に使ったところで、対処する能力がないために――

 歯痒い思いをしているのだろう。


『強さの秘訣は現実を見ること』とは、これまた[シトリー]らしい能力だった。


『とりあえず、向こうの《奥義》のリチャージまでだいぶ時間があるから。そんなに時間かからないでしょ?』


『あともうちょっとだよー』

『まぁ、戦闘はこっちに任せておけばいいさ』


――――


 戦闘は[シトリー]の言っていたように、呆気なく終わった。


 出現維持の時間も終了したため、通りを分断していた門が消えて――

 向こうの様子が分かる。


「――あぁ、貴方達でしたか」


 向こう側にいたのは、この西の街を管理している立場にいる[パイモン]だった。


 その他にも悪魔プレイヤーが数人。

 同じく襲撃に気が付き、駆けつけてきたのだろう。


 その中には、過去にこの街で会った【シトリー】――

 [藍玉らんぎょく]もいた。


 どうやら、[シトリー]にメッセージを送ったのは彼女らしい。


「おやおや、そっち側は[シトリー]さんと[グラシャ=ラボラス]さんでしたか」

「やほー、タマちゃん。元気にしてる?」


 ……?

 数か月前のことではっきりとは覚えてないけど――


『確か[藍玉らんぎょく]さんって普通に呼んでなかったか?』

『本人がいる時以外はねー。内緒だから言ったらダメだよ』


「だから……タマちゃんはやめてください。それ、本人の前でしか言ってないって知ってるわけで――」


『おい。普通にバレてるぞ』

『ありゃ。いつの間にバレたんだろ』


 どうやら、[シトリー]なりの処世術だとかそういうものらしい。

 [o葵o]――[ケルベロス]に対しても、いつの間にか“ケロちゃん”に変わっていたし。


 そして[藍玉(らんぎょく)]の方は、もう一人にも気が付いたようで――


「……? そちらの方は……」


「初めましてー[藍玉らんぎょく]さん」

「どうもー[藍玉らんぎょく]ですです。絶賛【シトリー】第二位ですよー」


 ……いつの間にやら、第二位まで上がっていた。

 前に会った時は七位だっただろうか。


 [パイモン]と一緒に行動しているところから見ても――

 どうやら、あれからの営業活動が実を結んでいるらしい。


「現[ケルベロス]ですかー。[シトリー]さんが忙しい時は、是非是非ぜひぜひ


 どうやら、それは第二位にいても続けているようで――

 やはり、[ケルベロス]に付いてスコア稼ぎをするのが一番効率がいいという判断らしい。


「残念だけど、ボクの最優先事項はケロちゃんだからねぇ。もちろん、二番目はグラたん」


 なぜか、優先順位が決められていた。


 自分は二番か……。

 いや、仕方ないと思わないでもないけど。


「それは残念ですねぇ」


 きっと内心では舌打ちしているに違いない。


 この西の街は[パイモン]が効率よく管理しているからか――

 他の街に比べて施設ボーナスの入りが高い。


 そのため天使にも狙われやすく、【シトリー】にしてもちょうどいい稼ぎ場だと思うのだが――


 そのまま一言二言会話をして、再びパトロールに戻ることにした。

 損傷を受けた建物は、すぐに[ハルファス]たちによって修復されるだろう。


 別れてすぐ――[シトリー]がカラカラと笑いながら言う。


『――なんだかんだで、[藍玉らんぎょく]さんも野心家だよねぇ』


 貪欲に一位の座を狙っていることを、大なり小なり感じているのだろう。

 それでも飄々ひょうひょうとしているのは大した神経の太さだった。

 余裕の表れとでも言うのだろうか。


『ま、信用第一だから。勿論、二人の事は信頼してるからさ』


『ねぇ?』、『ねー!』と[ケルベロス]と二人で示し合わせたような会話。

 いつもの悪ふざけの一環だろうけども。


 仲がいいな……こいつら。


『どの口が言うんだ。どの口が』


 過去に散々嵌められたことはしっかり覚えている。

 冗談半分、恨めしさ半分に言ってみるのだが――


 やはり、二人は楽しそうに笑うだけだった。

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