2018年9月【十五夜!月下のうさうさパニック!?】―④

『あとどれぐらいで戦闘態勢に入るエンゲージする?』

『先回りしているようなので――あと三秒ほどで。一、二――』


 感知タイプなら迷うことなく距離を詰めてくるだろう。下手をすると罠を仕掛けてくる可能性もあるために、迂闊に飛び込むことも危ぶまれた。


「――交差点に出る手前で止まるぞ。その後は下がってろ!」


 後方から天使が追ってきていないのを確認して、前方から例の【ゼラキエル】が現れるのを待つ。ほどなくして現れたのは――…………え゛。


 白い兎の面にウサミミ、バニーコート。要素要素を抽出すれば、確かに名実共にバニーなのだけれど……唯一欠点というべきか。


「あれって、男性のアバターです?」

「……なかなかにクレイジーだな」


 自分の二倍近くある体躯。まさに筋骨隆々。そんな男がバニーの恰好をしているのだから、現実世界なら通報待ったなしである。今すぐ帰りてぇ。


「……見ろよあれ。デスバニーだってよ」


 ――にしてもどうなんだ、あれは。何かの見間違いかと思い、二度三度確認してみたのだが――確かに頭上にはそんな名前が表示されていた。


 デスバニーってどストレート過ぎやしないか?

 死のウサちゃんだぞ? それでいいのか?


「……デスバレー?」

「どこにカルフォルニア要素があんだよ! 言ってみろ!」


 そんな変質者――もとい、デスバニーが真っ直ぐに距離を詰めてくる。右手に持たれているのは曲線を描いた刃を持つ大鎌デスサイズ。使用者の見た目に酷く不釣り合いな見た目は、一層の禍々しさを醸し出していた。


三日月クレセントムーンに代わってお仕置きってか?」


「古くありません?」

「……ほっとけ」


 ――と、無駄話をしている余裕もあるかどうか。戦闘職ではないとはいえ天使の上位者、決して油断のできない状況だった。鎌の攻撃パターン、【ゼラキエル】の推奨スキル構成などなど。持てる知識を総動員しながら、目の前の敵の出方を窺う。


 開戦の一発目は大技—―鎌が白く輝き、横薙ぎに振るわれる。出し惜しみは無しに、こちらも大技でダメージを打ち消した。


 続く一撃、二撃。タイミングを合わせさえすれば、勝手にカウンターの要領で向こうにもダメージが入っていく。割合で言えば1:3程度……それでも回避しきれない部分があるのは、仕様上どうしようもない。


 それでも、このまま続ければ削り切れるというところで――


「他から天使が集まってきます! 一旦下がってください!」

「チィッ!」


 本日二度目の遁走。甚だ不本意ではあるものの、流石に自分も戦況が見れないほど馬鹿じゃない。けれど、ただ逃げ出すには問題が山積みなのは事実だった。


 ――さらに悪いことに、怪しい光が放たれるエフェクトと共にチャット欄にテキストが表示される。


「≪Egregori汝等、我に従え≫」


『【ゼラキエル】の《奥義スキル》――!』


 ‟邪眼”を有する天使である【ゼラキエル】。その奥義の効果は――


『――えっ』


 ――ガクンと、先を走る[ミント]の移動速度が落ちる。ミントだけではない。自分にも幾分か効果が出ているところを見ると、視界範囲内の敵に及ぶものらしい。


『ちくしょうめ、このタイミングでかよ!』


 恐らく割合での数値変動ではなく、一定値の減少効果なのだろう。自分は元の値が高い分だけまだ動けるものの、防御以外のステータスに手を加えていない[ミント]は、殆ど身動きが取れない状態になっていた。


『……私は幾らか耐えられますので、先に行って――』

『それじゃあ、ここに来た意味がないだろうが!』


 俺はお前の手伝いを頼まれているわけで。それなのに見捨てて逃げるだなんて――そんな恥ずかしいこと、できるわけがないだろうに。


 ……四六時中、[シトリー]にグチグチ言われるのも御免だし。


『……まだ天使が来るんですよ? 同時に来られては対処できないでしょう?』

『――‟同時に”じゃなければ、まだ対処のしようは有るさ」


 その瞬間、[デスバニー]の足元に黒い渦が現れる。自分のスキル、《影縫い》によるバインド効果。敵をその場に釘づけにする足止め技。


『多少動けなくなったぐらいで――こんな奴らにやられるわけないだろ?』


 ステータス低下状態でも返り討ちにできる程、新たにやってきた天使たちの練度は低く。多少の無茶をしながらも、一人二人とその数を確実に減らしていく。


『こんなんでも、‟第一位”やってるんでね』

『……いいから、こっちまで下がってきてください。《奥義スキル》の効果が切れたら逃げますから』 


 そうして最後の一人を倒したところで、[デスバニー]のスタンが解けた。こちらの移動速低下は、依然として元に戻ることもなく。そこは《奥義スキル》だからと諦めるしかないだろう。


 あれだけ喧しく爆発音を響かせれば、そりゃあ街中の天使が集まってくるわけで。[デスバニー]の相手をしながら下がったのはいいが、そこはだだっ広い広場の中心部。


『どうするんだ? ここからは流石に捌ききれないぞ?』

『……いえ、大丈夫です』


『ふぅ……』と息を吐いた[ミント]は、何やら可笑しそうな色を含んだ声音で。


ここで囲ま・・・・・れることも・・・・・集まってくる・・・・・・天使の数も・・・・・グラたんさん・・・・・・の体力も・・・・ぜーんぶ予想通り・・・・・・・・ですので・・・・


『……あぁ?』


【シトリー】の能力で見えていて、狙ってここに誘導したというのなら、流石と言うべきだけれども――見たところ例の『カフェインちゃん1号』の影もなく。自分には、どう考えても追い詰められているようにしか見えなかった。


 ……それに何か嫌な単語を聞いたような?

『グラたんさんの体力』と言っていたのは気のせいだろうか。


『カフェインちゃーん二号にごぉーう


 そしてミントが懐から取り出したのは、先のヌイグルミを一回り大きくしたものだった。高々と自慢げに抱えるその様は、プレゼントを貰った子供のようにも見えて。そんな様子にも関わらず。自分の中で警鐘が鳴っているのは、一体全体どういうことなのだろう。


 ……一回り大きくしたもの? あの爆弾を・・・・・


『おまっ――』


「≪Pay 形の with ない blood 恐怖 and life に怯えろ≫!」


 許容範囲を大きく超え、音割れする程の爆音が《奥義》発動と同時に響く。画面いっぱいが真っ白な光に包まれ、しばらくして止んだかと思うと――


 広がっていたのは死屍累々の地獄絵図。辺りの建物が半壊しており、生き残っている天使たちも片手で数えるほど。爆心地にいた[ミント]は防御全振りのおかげか、まだ半分ほど体力を残していた。


『し、死ぬところだっただろうが!』

『あら、姿が見えないから消し飛んだかと思えば。声だけ聞こえる不思議現象が起きちゃってるじゃないですか。……バグかな?』


 バグじゃねぇし。なんでもバグだと思ったら大間違いだぞ。


『《奥義スキル》使って回避したんだよ!』

『ふむふむ、なるほどなるほど。……チッ』


 シトリィィィィィ! てめぇどんな教育してんだ!

 いま舌打ちしたぞコイツ!


『自分が考えていた展開が外れるのって嫌いなんですよねぇ。悪い方にはもちろん、良い方でも。……はぁ、ぼやぼやしてるとまた予定が崩れちゃうので逃げたいんですけど、姿が見えないのはなぁ……』


『【シトリー】の《奥義スキル》なら見えるだろうよ』

『あー、あれ嫌いなんですよねぇ』


『言ってる場合かぁ!』






 結局のところ、自分の移動速度の方が早いので後ろを警戒しながら[ミント]を先行させる他なかった。


 大爆発による混乱の中、わざわざ逃げる自分たちを追ってくるような奴はいないらしい。途中に《奥義スキル》のデメリットであるスタンを受けながらも、なんとか街の出口付近まで脱する。


『お前何考えてんだ……! こんな敵地のど真ん中で自爆とか――』


 ようやく一息ついたところで――先ほどの行動について、物申さずにはいられなかった。危険な賭けにも程がある。下手をすると、あのままなし崩しに全滅する可能性もあった。にもかかわらず、[ミント]はしれっとした様子で。


『これが一番効率がいいですからねぇ。味方は死なないように調整してますし』


 結果が良ければ何してもOKってか。自分も基本的にはその考えで動いているけれども、他人を巻き込むようなことをした覚えはないし。


 意図的に自爆に巻き込むだなんて、場合によっては――というか、普通に味方から猛批判を受けてもおかしくない行為である。


『クレイジー界のMVPかよ!』

『――まぁ、私が元祖ですから』


『……元祖?』

『シトリーさんも「気が向いた時でいい」って言ってたし――別に隠すつもりもないですし?』


『うひひ』と笑いながら、「眠兎ミントちゃんでーす」とエモーションで手を振り振りしている。一瞬なんのことか本気で分からなかったのだけれど――


 まさか……?


『《眠りの森の気狂い兎クレイジーラビット》――!』

『……張り切ってますよ? 絶賛張り切り中です。バーゲンセールです。「好きにしていい」って言われてますから、久々に二号ちゃんも出しましたし』


 ……マジかよ。アルマゲドンでも‟これ”をやってたんなら、洒落にならねぇぞ。


 ヒラリヒラリと飛び跳ねながら、出口の門を潜った彼女はまさに活き活きとしていて。決して初心者のやぶれかぶれなどではなく――意図的にそれをやる狂人のヤバさを改めて思い知る。ああやっぱりだ、最初から嫌な予感がしていたんだよ。


 俺はまさに文字通り――とんでもない爆弾を押し付けられていたらしい。






『例の[デスバニー]が接近中みたいですよ』

『――そりゃあ、簡単には倒れてくれないよなぁ』


 あの自爆のおかげで殆どの天使を一気に掃除できても、[デスバニー]だけは耐えていて。監視タイプであるが故に、こちらの居場所もばっちりバレていた。


『追い付いてくるまでの時間を考えると、たぶん体力は回復してるでしょうねぇ』


 逃げる間に[ミント]が設置した『カフェインちゃん一号』の数もたかが知れている。……状況はあまりよろしくなかった。


『さて、どうしたもんかね……』

『……グラたんさん、先ほど私のカフェインちゃん2号を避けてましたよねぇ』


『……避けたけど』


 避けはしたけども――そのために《奥義スキル》を使ってしまったのだし。その結果、こうして面倒な状況になりかけているわけで。


『あれ、もう一回できますか?』

『どつきまわすぞ』


 あんな心臓に悪いことをもう一回とは。ふざけるのも大概にしてくれ。


『いやいや、そういうつもりじゃなくてですね。これから私のタイミングに合わせて欲しいんですよ――』


 敵の状態やら手持ちのアイテムやら。あるだけ全ての情報を開示して、[ミント]は有効である作戦の案を出していく。その中には、自分が考えもしなかったものもあって――


『――――! なるほど……』

『……いけますよねぇ?』


 挑戦的に笑う[ミント]。これが上手く行けば、[デスバニー]を片付けた上で悠々と街を脱することもできるだろう。……負担が高い作戦だけれど。


『……俺を誰だと思ってんだ』


 ――それでも、やるしかない。何より、自分も少なからずワクワクしていて。断る理由など、どこを探しても有る筈が無かった。


『少し変更が要るだろうが、その方向でいくぞ』

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