2018年 12月末―①

 2018年末日。


 発表されている情報では、年越しイベントの会場は現界とあった。


 クリスマスの時は我慢をしていただけに――

 [ベアトリーチェ]にとっては、待望の一日である。


 待たせるのは悪いと、自分も三十分は早く予定をしていたのだが――

 すでに[ケルベロス]と[ベアトリーチェ]が雑談に華を咲かせていた。


『――お正月にも新コスチュームが!?』

『どんな感じなのかは分からないが、“和ていすと”ってやつらしいぞ!』


 話の内容は、新しい[ベアトリーチェ]のアバターについて。

 どうやら、イベント毎に新しく用意される衣装に心惹かれているようだった。


『着物だってさ、グラたん』

『……似合うのか?』


 黒髪ならまだ、日本人形みたいと想像がつくのだが……。


 目の前の幼女はウェーブのかかった銀髪である。


 クリスマスのサンタ服にはそこまで違和感は無かったのだけれど――

 着物姿、というのが中々に想像し辛い。


『そんなの可愛いに決まってるじゃん』


 “じゃん”と言われても、反応に困る。

 ネトゲのアバターだし、色も派手目なものになるのだろうか。


『2日までだよね? 絶対にSSスクショ撮るから!』

『もうマニアと化してるだろ、それ』


『いやぁ、和服着ている人ってあんまり見ないからさ。需要あると思うんだけど』


 ――和服のアバターもない事はない。

 現に、≪地獄の宮殿パンデモニウム≫に集まる面子の中にも一人いる。


『まぁ――[アシュタロス]ぐらいか、知り合いの中なら』


 袴に刀という、絵に描いたような組み合わせ。

 身長も高く、和服がとても良く映えていた。


『“ザ・大正美人!”って感じだよね』

『確かに、一部で人気だとは聞いたことがあるけど……』


 ただ、街並みがどこも洋風なため、どうしても浮いてしまうのだ。

 装備の組み合わせもあり、和風のアバターを装備しているのは少数派だった。


『――って、そんなことはどうでもいいんだ。さっさと飛ぶぞ・・・


 面子が集まっているのなら、ここで長々と駄弁る必要もないだろう。


『早めに着いて、いろいろ見るのも楽しいかもね』

『ワクワクするな!』


 メニュー画面を開き、現界へと飛ぶ。


 自分が到着したころには、既に[ベアトリーチェ]は移動を完了しており――

 その光景に目を奪われている様子だった。


 地獄や天国の高低差のない平坦なMAPとは違って、現界は起伏に富んでいた。


 ここから見えるだけでも、所々遠くに山が見える。

 川が流れている。近くの草木が風に揺れる。


 常に動き続ける光が、影が。

 それぞれの色に鮮やかなコントラストを描き出していた。


 そして遠くには、モンスターが――

 天使や悪魔プレイヤーではない、この世界特有の原生物。


 自分たちには見慣れた景色だが、[ベアトリーチェ]には新鮮に映るのだろう。

 記憶にしっかり収めておこうと、食い入る様にそれらを見つめていた。


『ここが現界……』

『街のすぐ傍だけど危ないから。あんまり離れちゃダメだよ』


 イベントの舞台は、非常に大きな街だった。

 常に天使と悪魔で取り合いになっている中心都市である。


 そのシンボルとなっているのが、街の奥にある大きな城。

 塀の外からでも、十分に確認できるほどの大きさだった。


 下手するとこの城だけで、小さな街ぐらいはあるのではないだろうか。


『この街全部が戦闘禁止エリアか……』


 今回のイベントについて、細かい部分まで確認した結果――

 今日明日、このエリア内にいる間はスコアの変動も起きないらしい。


『なんで? 戦闘禁止なんだからスコアの変動は当たり前なんじゃ――』

『【ブエル】やらの非戦闘系のプレイヤーが、スコアを稼ぎたい放題になるからだろ』


『あー、なるほど……』


 この規模でのエリア属性の変更を入れてくるあたり、相当な力の入れようだ。


『まだ街に入らないのか?』

『あ、ごめんごめん。それじゃ行こっか』


 そうして街の中に入ると――

 案の定、天使も悪魔も凄い勢いで群がってくる。


『なっ――』


 慌ててスキルを使おうとしたが、もちろん禁止エリアのため発動しない。

 頭で理解していても、反射で天使を見ると攻撃を加えそうになってしまう。


『一緒に行動している以上、この癖はなんとかしないと……』

『ん?』


 いつの間にか呟きが漏れ出していたらしい。

 [ベアトリーチェ]が、こちらに振り向く。


『いや、何でもない』

『凄い人だかり……。早く広場の方にいこっか』


 このまま入口を塞ぐのも、あとから来るプレイヤーに悪いだろう。


 道中で度々足止めを食らいながらも――

 目的の場所である、城前広場へとたどり着いた。


 その名の通り、ここからだと城の入口がはっきりと確認できる。

 そこまで長く、真っ直ぐな一本の道が伸びている――のだが。


 広場の出口となる部分に、普段は見られない円形状のステージが用意されていた。

 中心の大ステージと、それを挟むように小ステージが二つ。


 そして、既に大ステージの方には先客がいた。

 どうやら、イベント開始の時刻までは一般開放されているらしい。


 その上にいるのは一人や二人ではない。

 大量の天使と悪魔プレイヤー達である。


「ベアトちゃん! やほー! もう温まってるよ!٩(๑′∀ ‵๑)۶」


 ステージ上から声をかけてきたのは、[ブエル]と――


「本日のゲストォ! [ベアトリーチェ]が来たぞテメェらァ! 今すぐ花道を開けやがれ!」


 ――[レミエル]。


 地獄のアイドル()[ブエル]とよく対立している、天国のアイドル()である。


『神の高揚』、『神の雷霆らいてい』の名。

 幻影、幻視を司っていること――

 そして、その凶暴性。


 そのプレイスタイルもイメージに違わない。

 自身も戦える、[ブエル]とはまた違うタイプのプレイヤーだった。


 一緒に戦えるアイドルとして、天国側では名高い……らしい。


『喧嘩してるイメージだけど、やっぱり仲がいいんだねぇ』

『……このイベントの時だけだと思うぞ?』


 よく見ると、≪音楽≫を司る天使、悪魔達が――

 メインの二人を囲むように、ずらりと半円上に並んでいる。


 ≪踊り≫も≪演奏≫も、エモーションである。

 このスキル制限下でも、問題なく活動できているのはそのためだろう。


 バンドと呼ぶには数が多い。

 言うなれば、オーケストラ。


 《音楽》に特化している【アムドゥシアス】や【ラグエル】だけではない。

 技能のある者は、誰でも――といった感じのごった煮である。


 そこには、昔に会った【デカラビア】達も混ざっていた。


 [ラミエル]の全体チャットによって開かれた花道を通り――

 [ベアトリーチェ]がステージへと上がる。


 二人に合わせて踊り、歌って数十分。


『みんな凄いな! あんなに踊ったり歌ったり!』

『ベアトちゃんお疲れさまー』


 ステージを降りてきたので何事かと思ったのだが――

 二人に出店を回るよう促されたらしい。


『「カウントダウンまで、この場は任せろ」と言っていたぞ!』

『なんて格好良い台詞なんだ……』


 普段はキャイキャイやかましいくせに。

 持ち前のカリスマスキルが成せる業なのか。


『――お?』


 気が付くと、[ベアトリーチェ]と[ケルベロス]が手を繋いでいた。


 どうやら、モーションの更新が入っていたらしい。

 あまりに自然だったため、[ケルベロス]は気づいていない様子だったが。


 今までは、一方的に服を掴むだけだったからだろうか。

 [ベアトリーチェ]が要望を出したに違いない。


 その証拠に、とても嬉しそうにしていた。

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