2018年 12月末―②

 露店巡りも一区切りがつき――

 気が付けば、完全に日が落ちていた。


『それにしても凄い人だよね』

『そりゃあ、天使と悪魔が集まってるからな』


 とは言ってみたが、それだけでもないらしい。


 悪魔の数だけ見ても、クリスマスの時よりも遥かに多い。

 “現界での非戦闘エリア”というのが新鮮だからだろうか。


『どこかで休憩するか?』

『あのお城とか、眺めが良さそうだけど――』


 城までの道は、多くの人でごった返している。

 恐らく――城内の見晴らしのいい場所も似たようなものだろう。


『あの人ごみに[ベアトリーチェ]を連れて入るのはな……』


 かえって疲れさせてしまいそうで、気が引ける。


『じゃあ……あそこはどうだ!?』


 そう言って[ベアトリーチェ]が指したのは――

 周囲の建物の中から伸びた、塔らしき建物だった。


――――


 ……鐘楼?

 近づいてみると、その正体がはっきりと分かる。


『はー。何かと思えば教会かぁ』


 広場から、それなりに離れた場所に建てられていたそれ・・は――

 殆ど目立つことなく、ひっそりと建っていた。


『こっちは人がいないね』

『まぁ、あれだけ大きな城があればな……』


 城にも複数の尖塔が備え付けられており、どれもこの鐘楼より数倍は高い。

 ……わざわざこちらに来る方が珍しいのだろう。


『今日はここで我慢しよっか。お城はまた今度だね』

『今度来た時は、あの城の一番高い所に上るぞ!』

 

 次回に思いを馳せ、城を指した[ベアトリーチェ]も――

 階段を上り切ったころにはその光景に息を呑んでいた。


『わぁ……!』


 鐘楼の上部から見下ろす景色は、さながら星空の様。

 月のように輝くステージを中心に、小さな輝きが所々で瞬いている。


『へぇ……。結構な穴場なんじゃない、ここ』

『城ほど広場から離れてないからか……』


 微かに[ケルベロス]の方から、カタカタという音が聞こえる。

 恐らく、無我夢中でSSスクリーンショットを連写しているに違いない。


『――そうだ! ……誰もいないな?』

『う、うん……?』


 眺めを一通り堪能した[ベアトリーチェ]が――

 手すりから身体を下ろし、こちらへと駆け寄る。


 そして周りに人がいないことを確認するやいなや、[ケルベロス]のマフラーの端に手を当てた。


『……どうした?』


『…………』


 [ベアトリーチェ]は返事もせず、目を閉じている。

 当てた手の中に集中しているようだった。


 黙って見守っていると、その手の中が水色の淡い光で満たされ始め――

 光が収まると、マフラーの端に何かの印が浮かび上がっていた。


『――ふぅ。どうだ? プレゼントだ!』

『――アバタースタンプ?』


 ――のようなものだろうか。

 デカールだとか、ステッカーだとか。

 戦闘機や戦車のゲームで付けるそれに近い。


 “やり遂げた”と言わんばかりに、汗を拭う動作をする。

 わざわざ大げさにポーズを取るあたりが子供っぽい。


『別に、“祝福バフ”みたいに効果があるわけじゃないが……』

『ううん! すっごく嬉しいよ!』


『あー……でも……』

『……でも?』


 何か問題があったのだろうかと、不安そうに聞きかえす[ベアトリーチェ]。


『これ、借り物なんだよねぇ……そういえば』

『大丈夫だ! 本気になればいくらでも付けられるぞ!』


 やる気満々と言わんばかりに、手をワキワキさせている。


『……どこで覚えるんだ、そんな動き』

『いやいや、そんなにたくさんじゃなくても――!』


 その気になれば、装備中に印をつけ始めるんじゃないだろうかという勢いだった。

 そうなっては堪らないと、慌てて止める[ケルベロス]。


『何かあったかなぁ……。――あ!』


 ごそごそとインベントリ内を漁っているうちに、何か見つけたらしい。

 そうして取り出したのは――


『……これでいい?』

『それは――』


 まだレベル上げを手伝っていたころに、自分が渡したアクセサリーだった。


『もうカンストしてるから、経験値も入らないんだけどねー』


 “まだ持っていたのか――”


 そんな風に心の中で浮かんだ言葉は。


 呆れではなく。驚きでもなく。

 謎の照れ臭さが割合を占めていた。


『……まぁ、レベルキャップが上がったら使えばいいさ』


 故に、そう言うので精いっぱいだった。


『よし! 任せろ!』


 今度はアクセサリを両手で包みこむ形で、印を付与する。


 そして――

 今度は自分の番らしい。


『さぁ! [グラシャ=ラボラス]も何か出すがいい!』

『それじゃあ……今付けているこれに頼む』


 これといってすぐに用意できる物もなく。

 今装備しているアクセサリに印を付与してもらう。

 武器と違い、別の装備に付け替えることはないだろう、という考えからだった。

 

『本当は、もう少し後になってからなんだけど――』


 どうやら一定以上好感度が上がると、そのプレイヤーに対してこの印を付与していく予定らしい。


 この瞬間、改めて友達になった彼女は――


『“ふらいんぐ”ってやつだ!』


 そう言って笑った。


――――


 そうしていつの間にやら――

 もうすぐ十二時を回ろうかという時間に。


『大丈夫? 眠たくない?』

『今日はまだまだいけるぞ!』


 酔っ払いのおっさんみたいなことを言い始めた。

 ……本当に大丈夫なのか?


 [ベアトリーチェ]を挟むように手を繋いで、広場へと戻ると――

 街の明かりが突然、フッと消えた。


 建物からの照明も、街灯も。

 ステージを照らしているライトも全て。


 それでも仄かに明るいのは――

 月が浮かんでいるからだろうか。


『こっちだ!』


 [ベアトリーチェ]に、大ステージの裏側へ誘導される。

 恐らく、ここに上がって音頭を取るよう、運営に言われているのだろう。


 その証拠に、周囲に他のプレイヤーがいる様子もない。

 ステージの上も空になっていた。


『……二人も一緒に上がってきてくれないか?』

『俺たちが入っても大丈夫なのか?』


『――もちろん!』


――――


 年越し十秒前。

 ステージがライトアップされる。


 左右にも小さなステージが用意されており――

 それぞれに[ブエル]、[レミエル]が上がっていた。


「準備はいいかお前らぁ!」

「カウントダウンが始まるよー!٩(ˊᗜˋ*)و」


 同時に、広場の中心にスクリーンが表示され。

 [ベアトリーチェ]が映し出される。


『十!』


 前に出てカウントダウンを始める[ベアトリーチェ]。


 いつのまにやら拡声器を手にしており――

 その声は広場全体へと響き渡った。


『九!』


 音頭に合わせて、ギャラリーの中からぱらぱらとコメントが出始める。


『八!』


 それが、数を増やし――

 次第にバラバラだったものが足並みを揃えていく。


『七!』


 やがて、コメントで広場が埋め尽くされ――


『六!』


 [ケルベロス]に至っては――

 コメントを打ちこむのに合わせて、カウントをコールしている。


『五!』


 きっと、この場にいる全てのプレイヤーが。

 同じように声を合わせている。


『四!』


 もちろん――

 その中には自分も入っている。


『三!』


 …………?


 人混みの中に――

 [シトリー]の姿が見えたような気がした。


『二!』


 しかし、ステージの上から降りるわけにもいかず――

 気が付くと一瞬でその姿は確認できなくなってしまう。


『――気のせいか?』


『一!』


 そして――

 最後のカウント。


 時計の針が、十二時を指す。


『ハッピーニューイヤー!』


 その言葉と共に――

 街の所々から花火が打ち上げられる。


 赤、橙、黄色、緑、青、紫。

 色取り取りの大輪が、夜空に咲く。


 その音と共に、画面が僅かに揺れていた。


 このイベントのみの演出の一つだろうか。

 あるいは、ゲームの中では本当にそれぐらいの迫力があるのかもしれない。


 ディスプレイ越しの自分には判断できなかったけれども。

 初めて見た[ベアトリーチェ]にとっては、十分に満足できるものだったらしい。


 ステージの上を、縦横無尽に飛び跳ねていた。

 空に浮かんでは消えていくそれを、掴もうとしているかのように。


『――楽しいか?』

『――最高の気分だ!』


 そう叫ぶように言った、本日何度目かの笑顔は――

 花火の色に鮮やかに染まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る