2018年9月 第1週―②

【ダンジョン―第九層】


『この層も探索が終わりそうなんだが……』


 現状、集まっている材料は両方とも二百あまり。

 今から戻っても、まだ復活はしていないだろう。


『これは……最下層行かなきゃだめだねー♪』

『なんで嬉しそうなんだお前……』


『昔、一緒にダンジョン攻略してたときも、こんな感じだったなぁとか思って』

『それからは二人で潜ったりしなかったんだ』


『一度攻略したダンジョンなんて、滅多に潜ることないだろ。もう一人でも攻略できるだろうし』

『……わかってないですねぇ』


 [アシュタロス]にため息をつかれた。


『これだからソロ強は……』


 ソロ強――[シトリー]の造語である。

 曰く、ソロ専強者の略らしい。

 殆どけなされている状況でしか使われていない。


 ……なぜこの状況でけなされているのだろうか。


――――


【ダンジョン―最下層】


 結局、最下層――

 宝を守護する、モンスターの親玉の所まで来てしまった。


 宝部屋までは一本の橋があり、橋を越えた先の少し広い空間に足を踏み入れた瞬間、ボスが登場するイベントが発生する。

 そして宝部屋には――ダンジョン攻略の報酬としての宝と、そのオマケとして大量に生えた野菜があるはずだった。


 本来、ダンジョン制覇の報酬となるこの宝も――

 今の自分たちにとっては、それほどの価値もない。


 精々、特別強化ポーションの材料になる程度だろう。


 その効果も、ここまで来る労力に見合ったほどではないので――

 わざわざ取りにくる者も少ない。


『まぁ……宝の方は、今度オークションにでも出しておくか』


 [ニスロク]からは、材料以外のアイテムは好きにしてくれ、と言われている。

 こまごまと小金を稼いでおこう。


 迷わず、橋を渡りきった。


――――


 結論からすれば――

 戦闘終了時には、ほぼ無傷状態で終わっていた。


 ボスによって与えられるダメージよりも――

 申し訳程度の回復スキルの方が、数値が高かったためである。


『そりゃあこの面子だったらねぇ……』

『超高レベルダンジョンでもいけそうだよね』


『……時間はかかりそうだけどな』


 そのままダラダラと雑談をしながら、宝と共に料理の材料をかき集めて。

 [ニスロク]依頼人のもとへと戻ろうとしたとき――


『使いを任せた天使たちが、上位悪魔のグループにやられたと聞いて、何の冗談かと思って来てみれば――』


 いつの間にやら、橋の上に天使が立っていた。


『げっ――……ごめん』

『……気にするな、どちらにしろ一本道だ。分かった所で避けられない』


 この雰囲気からして、上位天使だろう。

 ステータスについては、覗き見の専門家である[シトリー]に尋ねる。

 こいつのレベルならば、殆どのキャラクターのステータスは覗けるはず。


『……あいつのステータスは?』

『……やばいね、【サンダルフォン】だ。しかも、このステータス――結構上のランク』


「ここで上位悪魔四体、狩っておくのも悪くない――」

「と、言いたいところだけど、明日は忙しくなるからね。ここで無駄に体力を削られてアイテムを消費してたら、上に怒られてしまう」


「予定があるというのに、わざわざリスクを冒して駆けつけてきたってわけか」


 ご苦労なことだ。


「そっちの一人と決闘をして、勝った方がその材料を持ち帰ることにしないか」

「そんなこと……承諾するわけないじゃないですか!」


「もちろん――君達に拒否権はない」


 明日の戦いがなければ――

 四体一の状況にも関わらず勝負を仕掛けてくるつもりだったのだろう。


 それを譲歩する形での決闘。


 何をしてくるか分からない以上――

 その案に乗らざるを得なかった。


「……わかった」


 ……この面子ならば、戦うのは自分か[ケルベロス]のどちらかだろうが――

 元々依頼を受けているのは自分だ。


 流石に付き添いに戦わせるほど無責任ではない。


「お互い、回復アイテムの使用はナシにしよう」


 そう言って、臨時のアイテムボックスを部屋の隅に設置し――

 そこにアイテムを入れてゆく。


 決闘中に使用したアイテムは戻ってこない。

 よっぽど、明日の為に無駄な消費したくないのだろう。


 脅しまがいの条件提示だったものの――

 相手がそうした以上こちらも合わせることにする。

 [ケルベロス]へ手持ちの回復アイテムを全て預けた。


 画面の真ん中に、小さいウィンドウが表示される。

 そこには『[Admiral]さんに決闘を申し込まれました』の文字。


「もし使用が確認された場合は、決闘を中断して皆殺しだから。――嘘つきは嫌いだからね」


 決闘の了承ボタンを押すと、フィールドが展開されはじめる。


 ――攻撃だけではない。

 回復魔法、強化魔法の類も通らない完全な隔離フィールド。


 今この瞬間から、外にいる者たちは中の様子を眺めることしかできない


 そして――

 展開が終了すると同時に戦闘が始まった。


 体力は互いに十分にある。

 流石に数撃で沈むことはないだろう。


 一撃、二撃と動き回りながら攻撃を当てて行く。


 向こうもそれなりのステータスということもあり――

 一発一発が重かった。


 ――基本的な戦闘能力で言えば、天使の方が上なのだ。

 アルマゲドンでは、NPC人間の数による補正と、特殊な固有の能力によってギリギリ勝利しているにすぎない。


 しかし、例え相手が上位天使だったとしても、だてにこちらも一位の座にいるわけではない。

 一対一でそう簡単に負けるほど、軽いものではないのだ。

 こっちが優勢のまま押し切るか―――というところで。


 ――向こうの雰囲気が変わった。


『な……』


【サンダルフォン】を中心に大量の砲台が現れる。


『やっぱり課金装備か……』


 さっきの自信の正体が“これ”なのだろう。


 戦闘スキルの中には、通常スキルの他に《奥義》スキルが存在するのだが――

 先月のアップデートにより、各グループ専用の《奥義》が使用できるようになる《課金装備BOX》が販売され始めた。


『別に隠すつもりもなかったんだけどね……。むしろ、使いたくて機会を探してたところだったんだよ』


『――対人戦で使うのは初めてだ!いい実験台になってくれよ!!』


『≪Adonai終わり無きMelek戦いの王国≫!』


 一斉に展開された大砲が、火を噴き始める。

 砲弾の雨、雨、雨――――


《奥義》は基本、必中である。命中判定さえ回避できればダメージを受けることはないが、当たった場合は回避ステータスなどは無視され、確率でダメージが0になるということはない。


『ぐ……』


 この《奥義》によって、体力を大幅に削られてしまった。


 多少は回避をしたものの――

 もう一度同じモノを食らうわけにはいかない。


《奥義》のリチャージには、十分時間があるはず――


『二度目は打たせない!』


 ……あと数発入れれば倒せる。

 隙の小さいスキルを数発入れて、一気に飛び込んだ。


 相手も必死に抵抗してくるが――

 攻撃を掻い潜りヒット&アウェイを繰り返してゆく。


『あと一撃で終わりだ――』


  ――間に合った!


『そう簡単に負けるわけにはいかない!』


 そう言った瞬間――

【サンダルフォン】の身体が薄く光始める。


「あのバフは……≪聖域の加護≫!?」


『――危なかったよ、本当に危なかった』


「アイテムの消費は嫌だとか言っておきながら、課金消費アイテム使ってるとか」

「言ってることとやってることが無茶苦茶じゃない!」


≪聖域の加護≫


 使用者に三十秒の間だけ、五発のダメージを無効にするバフを与える課金アイテム。


 確か、割高な値段設定だった覚えがある。

 使うタイミングによっては一発逆転が可能な、反則的な効果を持つアイテムだった。

 その結果、非課金者からの苦情により――

 すぐに販売取り消しが行われたような覚えがある。


 今でもゲーム内のオークションなどでは高額で取引されており、RMTリアルマネートレードも行われているらしいアイテムだが……。


『……こんな決闘で使うか? 普通』

『[グラシャ=ラボラス]を決闘で倒したとなれば、このゲーム内での知名度もグンと上がる』


 ――狙いは自分。


『……狙いうちか』


 オンラインであり、基本は人対人となるシステム上――

 こうして特定のプレイヤーを狙って動く者も少数ながらいた。


『嫌課金で有名だよ、第一位』


 中には、ガチガチに対策を立てて襲撃してくる事もある。

 特になることは何一つとしてないので、普段はそういった者との戦闘を避けるようにしてきたのだが――


 恐らく勝利を確信したのだろう。

 だからこそ、こちらのスキル構成を把握したタイミングで――

《聖域の加護》という、貴重なアイテムまで使ってきたのだ。


『さて――これでもう一度、《Adonai終わり無きMelek戦いの王国》のリチャージが済めば勝ちだ』


「あと一撃で倒せるのに――」


 相手のリチャージ完了まであと四秒か三秒程度だろう。


 今、リチャージが終わったスキルでも、一度に5HIT。

 その前に他の攻撃を挟んでも、相手のリチャージには間に合わない。


 相手の攻撃前にバフを削りきり、一撃を与えるのはどうやっても不可能だった。


 ……かといって、向こうのリチャージがもうすぐ終わる以上――

 バフが切れるまでの時間を待つわけにもいかない。


 どうする――


 ここで防御上昇のポーションを使っても耐えきれないだろう。


 速度上昇のポーションを使っても――

 アイテム使用とスキル二つを使用する時間はない。


 どうする――?


『―――っ!』


 一か八か前へ飛び出す。


「無茶だ……!」


『残念だけど――君の残ったスキルじゃ、一撃を入れる前にこっちの攻撃が発動する!』


 そして次の瞬間――


 …………


 倒れているのは【サンダルフォン】だった。


 勝敗がついたため、決闘用のフィールドが解除される。


「!?」

「どういうことだ……!?」


「……攻撃回数が増えた?」


「いや――先にバフを一つ削った」

「!? 二つのスキルを使う時間なんて――」


「スキルなら時間が足りなかっただろう。だけどアイテムなら――」

「そんなアイテム――」


「あ――」


 そう、本来ならこのゲームに――

 相手プレイヤーに直接ダメージを与えるアイテムは無い。


「「『天使のパイ』――!」」


 ただのジョークアイテムとして存在していた、イベント専用アイテム。

 この1ダメージが、バフによって無効化されたわけである。


「何はともあれ、これで―――」

「材料は俺たちが持って帰らせてもらう」


「くっ――」


「おいおい、ここで手を出すつもりか? 一対一で負けたんだろ?」


 決闘に負けたものは六十秒の間、その場でスタンする。

 その間に狩らないのは、せめてもの慈悲だった。


「まぁ、スタンが回復するまで待つ気もないけど」

「……二度と、こんなふざけた手が通用すると思うなよ」


「……安心してくれ、二度も会おうとは思わない」


『それじゃあ、さっさと退散しよう。他の天使が来ても面倒だ』

『あいあいー』


 最下層に【サンダルフォン】を残し――

 ダンジョンを後にした。


――――


 街に戻っていの一番に、[ニスロク]へと依頼された品を届けに行く。


「いやぁ、助かったよ。これで大戦中にバフが切れるようなこともないと思う」

「勝てるといいねー」

「あんなのは意地の張り合いだから、どうでもいいのにねぇ」


「それじゃあ、依頼の報酬も後日送ろう」

「あ、そうだ。後で≪掲示板≫の動画スレ、確認してみて」


 そして去り際、シトリーが言う。


「掲示板? なにかあるの? [シトリー]」

「そりゃあもう。きっと――面白いことになるから」


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