六章 最後の日
2019年1月 第1週①
今日も、起きて早々にPCへと向かう。
――とは言っても、普段より二時間ぐらい遅いのだが。
一月三日。正月三が日。
未だに世間は、お休みムードで――
自分も御多分に漏れず、だらけた生活を送っていた。
『はぁ……』
今日はどうしたものだろうか。
あのイベントを過ぎてからというもの――
[ベアトリーチェ]は、なにかと現界へと行きたがっていた。
そしてその都度、他の物で気を紛らわさせているのである。
――いつものようにログインして、ロビーへと入る。
《大図書館》へと向かう前に、[ニスロク]の店でケーキでも買って行こうかと考えていたところで――
『――え?』
……メッセージの通知欄の異常に気が付いた。
受け取り数の表示が、今まで見たことないほどに増えている。
毎日欠かさずログインしている自分にとって――
表示数が二桁になるのは、初めての経験だった。
送り主は、主に[ダンタリオン]と[ケルベロス]の二人。
……ざっと流し見しただけでも、殆ど[ケルベロス]なのだが。
内容は、バラつきがあるが――
どれも最後は、同じ一文で締められている。
“ログインしたら、直ぐに連絡してくれ”
一番古いもので――二十分前。
そんな短い時間で、これだけの数を送ってきているのだ。
――ただ事じゃないのは確かだった。
急いで、[ケルベロス]へ
『やっとログインした……!』
普段ならば、『俺よりも早くログインしていることに、危機感を持つべきだと思う』ぐらいの軽口をたたくのだが――
その声から感じ取ったのは、焦燥感。
まるで、大切なものを失くしてしまい、それを必死で探しているような。
『……何があった』
『[ベアトリーチェ]が、どこにも――!』
最初はちょっと出かけているだけと思っていたらしい。
しかし、いくら待っても戻ってこず――
『地獄街で見かけたって奴は?』
『……まだいない』
『まさか……』
全身の皮膚が粟立つのを感じる。
一気に眠気が吹き飛んでしまった。
待ってくれ。何をやってんだ。勘弁してくれよ。
年末のイベントで安心したのか?
きっと大丈夫だと、そう信じたのか?
『現界は――イベントのあった街には……!?』
『今、向かってる! けど……、普通に天使もいるよね……』
――――!
『クソッたれめ――!』
悠長に準備をしている暇などない。
自分も急いで現界へと向かった。
――――
街に入った時には、すでに遠くから
向こうからこちらに走ってくる
『――
『うん……。急がないと――っ!?』
一足先に街へ入り――
前方を駆けていた[ケルベロス]に、ダメージが入った。
『――攻撃を受けた!?』
自分も[ケルベロス]も、まだ悪魔としての姿は現していない――
現在のこの混乱の中なら、違和感もないはず。
その攻撃の元を辿ってみると――
『こんなタイミングで――!』
『最悪だ……!』
向こうが初心者だったことが、唯一の救いだろうか。
それなりに続けているプレイヤーならば――
他の天使が来るまで監視を続ける筈だ。
『すぐ片付けるから先に!』
ただ――
今の攻撃で確実に他の天使にも気づかれたと考えるべきだろう。
もしかしたら、他の監視役がいるかもしれない。
その証拠に――
脇道から、別の天使が飛び出してきた。
こんな時に[シトリー]がいれば……!
『ちぃっ――』
二手に分かれて処理する。
単騎でむざむざ出てくる奴を倒すのに、数十秒も必要ない。
――が、こっちはたった数秒でさえ惜しい状況なのだ。
初めに聞こえた戦闘音――
もしかしたら、自分たち以外の悪魔が天使と戦っていたのではないか。
そんな一縷の望みをかけながら。祈りながら。
広場を目指して駆けてゆく。
少しでも早く辿りつけるように。
時には脇道に入って――
そして、広場に入る直前の丁字路で――
少し距離が離れているが、天使と鉢合ってしまった。
『もう一戦いくぞ――……?』
向こうもこちら気づいているようだが――
そのまま反対の方向へ駆け抜けて行く。
『……逃げたの?』
『……違う。あれは――』
自分達から逃げているわけじゃない。
それなら足止めに、遠距離用のスキルを一発ぐらいは撃ってくるだろう。
それがないのならば、考えられることは一つ。
ざわっ――
『もう相手をしなくていい! 走れ!』
形振り構わない状況――
半ば叫ぶ形になってしまった。
しかし、それで今の状況を把握したのだろう。
[ケルベロス]は返事もせず、先ほどの天使を追い抜く形で広場へと入る。
『――ごめん! 今ログインした!』
――[シトリー]の声。
ログインを確認した[ケルベロス]が、
『[シトリー]、いきなりだけどゴメン! いそいで現界に飛んで欲しいの!』
[シトリー]に言いたい事は山ほどある。
――が、今はそんなことをしている暇など無い。
『間に合うか……!?』
…………
『え……これ……』
広場に入って目に入ったそれは――
先日に訪れた時の景色とは程遠いものだった。
広場の全てが――炎に包まれている。
逃げ惑う
パチパチと炎が燃え盛る音が五月蠅い。
どうしようもなく、心をざわつかせる。
……信じられるか?
数日前、イベントをしていた場所が――
[ブエル]たちと一緒にライブをしていた広場が――
今では火の海だ。
その中に天使が、一人、二人、三人――
既に駆けつけていた悪魔と戦っていた。
『お前等ァ!!』
二人がかりで後ろから襲い掛かり、一気にねじ伏せる。
妨害スキルを使う余裕なんてない。全力だった。
『次の天使が来る前に、早く見つけないと――!』
必死に目を凝らす。
どこだ!? どこにいる!?
『――いた!』
広場の隅、炎の薄い部分――
空の屋台の影に、怯えて身体を震わせている[ベアトリーチェ]の姿が。
『≪
[ケルベロス]が、後方に“門”を召喚する。
――が、それもその場しのぎに過ぎないだろう。
『[ケルベロス]! [グラシャ=ラボラス]!』
『今、助けに来たから! 早く脱出しないと――』
『街が……。街が……!』
涙に声を詰まらせる[ベアトリーチェ]。
恐怖と――後悔による涙。
『グラたん! また来る!』
“門”の両側から、天使たちが回り込んで来る。
[ベアトリーチェ]との間に割り込むように、前へ出た。
このまま、こいつらを倒せるか――?
『他の
時間をかければかけるほど、争いが激しくなっていく。
かといって――
この状況で、[ベアトリーチェ]一人を外まで走らせるわけにもいかない。
――どうすればいい!?
ゆっくり考えている時間すら無かった。
[ケルベロス]と相対していない、自分の目の前にいる天使が。
《奥義》を発動させたのだ。
「≪
【ラファエル】の《奥義》……!
これの出の早さは、過去に体験済みだ。
『こんな時に――!』
――≪
――十月のアルマゲドンでの出来事がフラッシュバックする。
自分の体が透明だったが故に、みすみす[ケルベロス]をリタイアさせてしまった時のことが。
『――くっ』
咄嗟に別のスキルを使ったものの――
回避しきれず、ダメージを負ってしまう。
『あ……ああぁぁぁぁ……!』
『……ベアトちゃん?』
[ベアトリーチェ]の様子が、おかしい。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』
『――!?』
突然の咆哮。絶叫。
――いや、違う。
……慟哭だ。
[ベアトリーチェ]の身体から、
片方は白――
そしてもう片方は、黒い色をしていた。
黒い
それ以外に、どう形容すればいいのだろう。
「お、イベント発生か?」
自分に攻撃を加えた天使が呟く。
『そんな……訳が……ないだろうが……!』
こんな状況が――
用意されて起きているものだとは思いたくない。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
彼女は――哭いている。
恐怖に押しつぶされそうになって。
『なにこれ……。暴走……?』
放出され続けている光は、まるで帯の様で――
勢いよく、四方八方へと広がっていた。
そして段々と、白い光がその圧力を増していき――
そこにいた全てのプレイヤーを飲み込んでいく。
『――[ベアトリーチェ]!』
画面が真っ白になり、何も見えなくなる。
天使の姿も、街の様子も――
[ケルベロス]の姿も全て。
――――
そして、数十秒――
光が収まり、視界が戻ったころには――
『な…んで……』
自分のアバターが。
――街の外へと放り出されていた。
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