第10話:悪魔教徒

 その人物は、まるで戦場の空気を無視するかのように静かに立ち、俺に視線を向けてきた。

 顔はフードと仮面で隠れており、その姿からは何の感情も読み取れない。ただ一つ、異常な雰囲気を纏っていた。


「それに触れるな」


 低く冷たい声が響く。俺はその声に思わず一瞬立ち止まり、目の前にいる人物をじっと見つめた。警戒心が一気に高まる。

 王国の者ではないのは確かだ。


「なんだ、お前も悪魔の眷属か?」


 俺は剣の柄に手を置き、相手の出方を伺う。


「違う。我らは『悪魔教徒』」

「……つまり、敵ってことでいいんだな?」


 俺が剣を抜こうとして、ローブの男は左手を向けて魔法を放った。

 魔法陣が浮かび上がり、地面から闇で出来た触手のようなものが俺を襲う。咄嗟に避けるが、漆黒の宝石はローブの男の手へと渡った。

 失態に気付くも遅く、男は宝石へと視線を移した。


「これで目的は達成しました」

「何が目的だ?」


 その瞬間、走って来る音が聞こえた。


「何が起きた!」


 メイリス団長の声が聞こえ、他にもミラ団長とガストン団長、数名の騎士が駆けつけた。

 すぐに俺とローブの男を見たメイリス団長が、武器を構えながら聞かれる。


「リク、説明するんだ」

「俺が黒い宝石を見つけ、回収しようとしたら『悪魔教徒』を名乗る男が現れ、交戦になりました」


『悪魔教徒』という言葉に団長たちが反応し、警戒レベルを引き上げた。

 ローブの男は肩を竦めると口を開く。


「やれやれ。王国の守護者である団長たちが来るとは」

「答えろ。目的はなんだ?」


 俺は男を鋭く睨み付け、目的を問う。


 ローブの男は、俺の問いに対して冷ややかな笑みを浮かべると、ゆっくりと答えた。


「今はまだ、答えるには時期尚早と言っておこう」


 その言葉に、メイリス団長が一歩前に出て、鋭い視線を向ける。


「ふざけたことを言うな! 悪魔は人類の敵であり、害しかない。それを呼び出すつもりか?」

「害? 違うとも。悪魔は対価さえ支払えば願いを叶えてくれる。すでに実験は成功している」


 実験とは、この村を犠牲にした悪魔召喚のことを指しているのだろう。

 つまり、これからもっと犠牲が増えるということだ。

 だが、まだ疑問は残っていた。その漆黒の宝石のことだ。


「その宝石、どんな役に立つんだ? もしかして、暗闇で迷子にならないように使うつもりか?」


 ローブの男は一瞬、冷徹な表情で俺を見つめた後、低く笑った。その笑いには、どこか余裕を感じさせる冷酷さがあった。


「面白い質問だな。これは『黒晶石』。上位の悪魔が死んだときのみ落とす結晶石だ」

「そんなのも何に使うのかって聞いているんだ。答えろ」


 男はやれやれと言いたげに肩を竦めつつも答えた。


「そう焦るな。無知なお前らに教えてやる。『黒晶石』の使い道は主に三つだ」



 そういって男は握った拳から人差し指だけを上げた。


「一つは粉末にし強化剤に使う。これは悪魔の力を得ることが出来る」


 男は「二つ目」と言って中指を上げる。


「人体に埋め込むことで、一部だが悪魔の力を扱うことが出来る」


 男は「三つ目」と言って薬指を上げる。


「これを媒体に、新たな悪魔を生み出す。贄は必要になるが、大したものでもあるまい」


 男の言葉が終わると同時に、俺の体に一瞬の冷徹な恐怖が走った。

 悪魔の力を使うために人間に埋め込んだり、新たな悪魔を生み出す? そのような力を持った『黒晶石』が、今目の前にあるという事実が恐ろしいものに感じられた。


「貴様、何を考えている! 答えろ!」


 メイリス団長が鋭い視線を男に向けながら、言葉を続ける。


「お前の企みがどれほど危険か分かっているのか? このまま放置するわけにはいかない!」


 ローブの男を包囲するが、彼は冷笑を浮かべたまま、宝石を握る手をゆっくりと上げ、魔法を発動した。

 瞬間、一人の騎士が逃がさないとばかりに斬りかかったが、彼の身体は黒い霧となって消えた。

 驚く声が聞こえ、どこからともなく声が聞こえてきた。



 ――忘れるな。この世界には拭え切れぬ悪意があるということを。


 ――忘れるな。痛みと苦しみこそが真実を教えてくれるとうことを。


 ――忘れるな。“死”こそが永久の苦痛から解放されるということを。



 ローブの男の声が空気に溶け込むように響くと、周囲の空気が一層重く、冷徹なものに変わった。彼の姿が消えた瞬間、残された者たちは一瞬その場に呆然と立ち尽くす。

 周囲の空気が不穏なもので包まれ、戦闘の気配すらも薄れていった。

 だが、すぐにその沈黙が破られ、ミラ団長が鋭く叫ぶ。


「探せ! あいつがどこに行ったのか、すぐに追跡を開始するんだ!」


 騎士たちは慌てて周囲を見回しながら、素早く行動に移す。しかし、何の反応もない。ローブの男の気配すら、まるで霧のように消え失せている。

 どこにも彼の姿を見つけることができなかった。


「くそ…!」


 ガストン団長が歯を食いしばりながら、拳を握る。


「ただでは済まさない。必ず追い詰めてやる!」

「当然です。我が国を踏み荒らした罰は受けてもらいます」


 メイリス団長もガストン団長の叫びに同意する。

 その後、俺たちは急ぎ王都へと帰還の準備を進めたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る