第13話:悪魔
王都への帰還の号令がかかり、俺たちは準備を整えていた。
まだ空が薄暗い中、メイリス団長が最後に陣地を見回っている。彼女の表情には深い決意が宿っていた。
エリアスが俺の隣で馬に乗りながら、少し緊張した様子で話しかけてきた。
「悪魔だなんて、まだ実感が湧かないよ。今までの戦いとは全く違う……人間相手の戦争ですら怖かったのに……」
俺は軽く肩をすくめ、エリアスを励ますように言った。
「安心しろ。どんな相手でも、俺たちがやるべきことは同じさ。剣を振り、仲間を守るだけだ」
セリナも黙って頷いているが、その拳が少しだけ震えているのが見えた。
彼女も不安なのだろう。しかし、今は恐れに負けている場合ではない。
王都への道のりは、どこか不穏な静けさに包まれていた。
道を行く兵たちも皆無言で、戦の余韻と迫る不安が漂っている。
森を抜け、丘を越えるごとに、俺たちの緊張は次第に増していった。
やがて、王都の高い城壁と見張り塔が見え始めた。
王都は防備を強化しているようで、街の出入り口には厳重な検問が敷かれている。
俺たちが到着するや否や、王の護衛である近衛兵たちが出迎えにやってきた。
「メイリス団長、ご苦労でした。陛下が至急お会いしたいと仰っています」
俺たちは速やかに馬を降り、王城へと向かう。
「団長、俺も行く必要があります? 戻ってふかふかのベッドで寝たいんですけど」
「私も寝たいが、報告が先だ。それと、お前はこの戦争で活躍した功労者だ。観念することだ」
俺と団長の会話にエリアスとセリナは呆れていた。
広い石造りの廊下を進み、やがて謁見の間に辿り着いた。リオネスは玉座に座り、鋭い眼差しでこちらを見据えている。
「よく戻った、メイリス団長。報告を聞こう」
「はっ!」
団長は今回の戦いで起こったことを簡潔に、それでいて分かりやすく説明した。
「なんと、あの【豪剣】ハウザーが軍を率いていたのか……」
「はい。私と勇者の二人で戦いましたが結果は惨敗でした。リクがハウザーを倒していなければ、今頃私と勇者はここにはいなかったでしょう」
「そうか。リク、良くやってくれた。【豪剣】ハウザーを討ち取ったのだ。褒賞は期待していい」
「そのぉ、発言よろしいでしょうか?」
俺はおずおずと手を挙げると、リオネスは「うむ」と了承したので口を開いた。
「私は一介の兵士ですので、過ぎた褒賞など必要ございません」
「はっはっは! リクよ、其方のことはよくわかっている。しかし、私にも立場と言うものがある。ここは妥協案として、今月の給料に今回の褒美に見合う額を用意しよう」
「ありがとうございます」
その程度なら問題ないね。謁見で貴族や高官たちに俺の名前はもう知れ渡っているいようが、関係ない。もう兵士でいられればそれでいいや。
「して、メイリス団長。報告はそれだけか?」
「いえ。ここからが重要であり、慎重に対処しなければならないことかと」
「それほどか……話してみよ」
メイリス団長は一歩前に出て、帝国が「悪魔の召喚」を試みている可能性について、詳細に報告を始めた。王の表情は険しく、そしてどこか恐れさえ浮かんでいるように見えた。
「帝国が本当にそんな危険な儀式に手を出しているとすれば、それは王国全体、いや、人類そのものへの脅威となる。儀式を行っているのなら、直に召喚されることだろう」
王は静かに呟いた。
俺も黙ってその言葉を聞いていたが、やがて王は俺に視線を向けてきた。
嫌な予感がしてならない。
「リク、我々はもはや正面からの戦争だけでなく、この悪魔に対処するための策を講じなければならぬ。前の戦争で将軍を討ち取り、今回でも討ち取った。今こそその力を解き放ち、国を守る力となってくれないか?」
王の言葉には切実な響きがあった。しかし、俺は少し困ったように苦笑を浮かべ、答えた。
「陛下、そういった重責は団長たちや、資格ある者に任せるべきでしょう。俺はただ任務を遂行するだけの一介の兵士に過ぎません」
俺の発言に広間がざわつくも言葉を続ける。
「俺はこの手で守れる範囲でしか守れません。それに、私はメイリス団長と約束したのです。どのような困難が待ち受けていようと、共について行き戦うと」
その言葉に王は一瞬驚いた様子を見せたが、やがて微笑を浮かべて頷いた。
団長の耳が若干だが赤く染まっていた。
「お前の意思は尊重しよう。しかし、いつかは自分の力を信じてくれることを願っている。今はともに戦うことができる仲間がいる。それが最大の力となるだろう」
その時、列に加わっていた他の騎士団長が口を開いた。
「陛下、我々にはまだ準備が必要です。この未知の脅威に備え、結束を固めなければなりません。そして、何よりも民の安心を守るために、迅速な対応が必要です」
王は頷き、重々しく宣言した。
「よかろう、皆に告ぐ。帝国の動向を見極めつつ、我が国の防備を固めよ。そして……決して“人類悪”に屈しない誇りと意志を持ち続けよ!」
謁見の間を後にした俺たちは、王都の防備を見回りつつ、今後の戦略について話し合った。
仲間たちと共に歩みを進めながら、俺は心の中で静かに決意を固めた。
悪魔召喚という脅威が現実となった今、この戦いは俺が逃げていた英雄としての役割を再び押し付けてきているように感じたのだ。
しかし、俺はまだただの兵士として、この地に立っている。皆の平和と平穏な日常を守るため、今はそれで十分だ。仲間と共に、悪に立ち向かう覚悟はもうできているのだから。
こうして、悪魔との戦い、そして悪魔に挑む新たな戦いの幕が静かに上がったのだった。
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