第4章

第1話:野郎どもとBBQ

 今日は久しぶりに取れた休暇ということもあり、兵舎にある自室でのんびりしていた。

 王城では、帝国が悪魔召喚を企んでおり、その対処でてんやわんやの大騒ぎになっているが、一介の兵士に過ぎない俺は暇なものだ。


 といっても、今さら兵舎の部屋で何をしていいかもわからない。

 普段は戦闘訓練や警備に追われ、自由な時間などほとんどない日々だったから、こうしてぽっかりと時間が空くのも不思議な感じがする。


 椅子に座ってぼんやり窓の外を見ると、王城の一部が見える。城壁の上を衛兵が忙しそうに行き来し、王城の中庭には大勢の兵士が集まり、厳しい表情で何やら話し合っているのが見えた。帝国の悪魔召喚の噂はどうやら本当らしい。

 俺が知っているだけでも、魔法使いが何人か招集されているという話を耳にした。


 しかし、そうした重大な出来事に関わるのは、貴族出身のエリートや高位の騎士ばかりで、平凡な兵士の俺には無縁の話だ。


「こうして休暇を楽しんでいる場合でもないのかもしれないが……」


 そんな風に考えながら、俺はまたぼんやりと天井を見上げた。

 すると扉がノックされ、入ってきたのは同僚だった。


「リク、暇そうだな?」


 同僚は退屈そうにしている俺を見てニヤッと笑みを深める。こういう時は大体、下らないことを考えている。


「……なんだよ?」

「休暇組でこれからバーベキューするんだが、お前も一緒にどうだ?」


 昼時と言うこともあり、やることもなかったのでちょうどいいのかもしれない。


「肝心の肉や野菜はどうするんだ?」

「俺たちは兵士だ。中には騎士もいる。なら狩りしかない。とは言え、もう狩りが終わって準備しているところだ。だから呼びに来たんだよ」

「なるほどな」


 兵士や騎士なら、獲物の一匹や二匹、簡単に捕まえられるだろう。


「うっし。行くか」

「そう来なくっちゃ!」


 ベッドから飛び降りた俺は、同僚の後に付いて行き、いつもバーベキューを行っている場所にやってきた。

 今回、第三騎士団での休暇の人数は二十人ほど。全員が今回のバーベキューに参加していた。


「おーい、リクを連れて来たぞ!」

「でかした!」


 仲間たちが待ち構えていた場所には、すでに大きな焚火が起こされ、豪快に並べられた肉や野菜が焼かれ始めていた。見るからに美味しそうな香りが立ち込めていて、思わず腹が鳴りそうになる。


「おい、リク、さっさとこっちに座れよ!」


 別の同僚が手招きしてくる。

 俺は促されるままに輪の中に加わり、みんなの顔を見渡した。

 普段は緊張した面持ちで任務に励む仲間たちも、今は笑顔で、どこか肩の力が抜けているようだ。こうしてみんなで集まってリラックスする時間は貴重だ。


「ほら、飲むだろ?」


 ジョッキを手渡され、エールが注がれる。

 この世界では16歳から成人とされ、酒も飲むことが出来る。当然、俺だって飲んでいるので、受け取るとみんながジョッキを持ち俺を見た。

 どうやら俺が乾杯の音頭を取るようだ。


「――散っていた仲間たちと、これからの未来に、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 全員が声をそろえて乾杯の声を上げた。

 ジョッキ同士がぶつかる音が響き渡り、賑やかな宴が本格的に始まった。


 エールをひと口飲み込むと、ほのかな苦みと麦の甘みが喉を潤していく。

 この一杯が、疲れた体にじんわりと染み渡る感覚が心地よい。隣に座った同僚が、すでに酔い始めたのか陽気に笑いながら話しかけてきた。


「お前も有名になったな。今じゃ『無名の兵士』って呼ばれているらしいぞ」

「誰だよ、そんな異名付けたやつ……」


 割と恥ずかしい。


「帝国とはまだまだ戦いそうだな」

「おっ、なら今度は俺が名声を得る番だな! 危なかったらリク、助けてくれよ!」

「死にそうになる前に逃げろよ」


 ガハハッと豪快に笑う同僚。


「おいおい。リク、そういう時は自信満々に『任せておけ』って言うもんだろう!」


 周りの仲間たちもからかい混じりに笑う。

 バーベキューの香ばしい匂いと、焚火の暖かさ、そして仲間たちの笑い声。

 こんな時間がずっと続けばいいのに、と思う反面、どこかでこの平和が長くは続かないことも薄々わかっていた。


「おいリク、これ、うちの隊長が捕まえた獲物だぞ。特別に分けてやるよ!」


 大きな肉の塊が俺の皿に乗せられる。


「うちの隊長って……あの寡黙な顔でそんな腕前があるのか?」


 俺が半信半疑で尋ねると、同僚たちは大笑いしながら、「寡黙なのは普段だけだ。狩りになるとまるで獣みたいに動くんだぜ」と口々に語った。


 その話を聞きながら、俺は大きな肉にかぶりついた。口の中で肉汁が弾け、香草の風味が広がる。「これは……最高だ!」と思わず声に出してしまい、周囲からも「だろう?」と得意げな返事が返ってきた。

 昼間から歌ったり踊ったりのバカ騒ぎをしていると、俺の背後で聞きなれた冷たい声がかけられた。


「ほぉ……昼間から酒とは、いい度胸だな?」


 一瞬で静寂が訪れる。

 俺を含めた全員がゆっくりと声が聞こえた方を振り返り、笑顔の団長が立っていたが、その目は実に冷ややかだ。

 その隣にはエリアスとセリナが、俺たちのバカ騒ぎに苦笑いを浮かべていた。


「おや、団長! 精鋭たる第三騎士団のバーベキューに欠席とは、これは大いなる損失ですよ。ぜひ、団長の肉を焼く技術も披露していただきたいですね!」

「……この私に肉を焼く係をやらせるとは」


 ミスった。

 周りも「なに言ってんだゴラァ!」みたいな目で睨んでいる。


「いえいえ、団長! 肉を焼く係というのはこの宴の中でも最高の栄誉なんですよ! 団長のようなお方にお願いするなんて、これは我々の信頼と尊敬の証です! ね、みんな!」


 全員がコクコクと頷いている。計算通り、これでお前らも道ずれだ。

 すると団長が呆れたように溜息を吐いた。


「……肉はまだまだあるんだろうな?」

「もちろん! 酒もまだまだありますよ!」

「よろしい。私たちも混ぜてもらおう」


 こうして昼に始まったバーベキューは夜まで続くのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



本日から第4章悪魔編に入ります。

結構長くなりそうかも……


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