第2話:悲劇の始まり
バーベキュー開催から二週間ほどが経過し、第三騎士団の全員が広場に集まっていた。
空気は張り詰めており、緊張が漂っている。そんな中、壇上に立つ団長は俺たちを見渡してから口を開いた。
「――昨夜、帝国が我が国の国境付近の村一つ、百二十人を犠牲に悪魔を召喚した」
その報告に全員が驚き、ざわつきが広がった。
俺は拳を握りしめ、団長の言葉を飲み込むように耳を傾けた。
悪魔を召喚した――それが帝国の仕業だと? しかも百二十人もの犠牲を払って。
何をしているんだ。人間をなんだと思っている。俺たち騎士団が守るべき民が犠牲になったのだ。
周囲の仲間たちも同じように動揺している。隣の同僚は眉間に皺を寄せ、部隊長は唇を噛みしめていた。
皆が何かを言おうとするが、その場の緊張が声を押し殺しているようだった。
壇上の団長は一瞬の沈黙の後、再び話し始めた。
「召喚された悪魔は伯爵級。下級~上級の眷属の悪魔を召喚し、近隣の村々を襲っているという」
ここで悪魔の階級制度を説明しておく。
一番下から下級、中級、上級、最上級、伯爵、公爵、君主、王となっている。
十四柱の公爵級、七柱の君主級、一柱の王級とされており、確認されているのは今から数千年以上も前とのことらしい。
「王命により、我ら第二騎士団、第三騎士団と第四騎士団に討伐命令が下された」
俺は悪魔との戦闘が二回くらいしかない。それも中級と上級までだ。倒せはするが、一般兵や騎士からすると苦戦を強いられるだろう。
伯爵級悪魔の眷属だが、二百は下らないだろう。
騎士団の人数は一般兵を含めて千五百人で構成されており、全部で七つの騎士団が存在する。その中で騎士は三百人ほどしかいない。
精鋭ともなれば、各騎士団で百人ほどしかいないだろう。
「今回は第二から第四騎士団の中から精鋭を百名ずつ、計三百名の部隊で討伐に向かう。一刻を争う事態だ。こちらで選出は済ませているので、後ほど副団長に名前を呼ばれた者は準備するように。以上だ」
「「「了解!」」」
団長の命令に全員が揃って声を上げたものの、その響きにはどこか不安が混じっているように感じられた。
伯爵級悪魔の討伐……その任務の重みが、これほど実感として押し寄せてくるとは思わなかった。
壇上を降りる団長の姿を見送りつつ、周囲のざわめきが再び広がり始めた。
同僚たちが小声で話し合う声が耳に入る。
「伯爵級って……本当に大丈夫なのか?」
「しかも精鋭だけってことは、俺たちのような一般兵士が選ばれるわけじゃないのか」
「もし選ばれたら、生きて帰れる確率ってどれくらいなんだろうな……」
誰もが不安に包まれていた。それも無理はない。伯爵級悪魔がどれほどの脅威か、その話を座学で何度も聞かされてきたからだ。
実際に過去に召喚され、戦った者の話によると、眷属が群れを成して押し寄せるだけで圧倒的な力を見せつけられるという。
中でも伯爵級そのものは、精鋭騎士が束になっても相手にするのが難しいとされていた。
騎士たちも不安な表情を浮かべている。
副団長が名前を呼んでおり、一般兵士の俺は呼ばれることはまずないだろう。
九十九人目を呼んだ声が聞こえ、俺は呼ばれないなと思っていた。
「最後、リク!」
「……え?」
いや。聞き間違いだろう。そうに違いない。
「リク、いるなら返事をしろ!」
「はい」
呼ばれて前に行くと、副団長が俺を睨んでいたが、言わせてほしい。
「俺、騎士じゃない」
「いや、普通なら副騎士団長に昇格しているだろうに。目立たず平穏無事に生きたいとかいう理由で昇進を拒否している奴がどこにいる」
いつも怖そうな顔をしているが、実は良い人で正義感が誰よりも強かったりする。
ちなみに副団長の名前はエドガー・ハーヴィン。三十五歳の妻子持ちである。
たまに酔った副団長を俺が家まで届けていたりするので、仲が良かったりする。
「昇進して副団長という肩書が増えたら、俺みたいな目立ちたくないタイプには肩が凝るだけですよ」
副団長はその言葉に眉をひそめたが、すぐに苦笑を浮かべた。
「お前、相変わらずのぼやきか。だがな、リク。今回はそんな理由で逃げられるような状況じゃない」
その言葉に、俺の胸の中で何かが重くなるのを感じた。
エドガーが言う通り、今は個人的な理由で逃げられるような状況ではない。
目の前に迫る伯爵級悪魔、その討伐任務に誰か一人でも欠けてはいけないという現実が、俺の肩にのしかかってきていた。
副団長は少し間を置いて、さらに続けた。
「選ばれた理由はお前の力だ、リク。他者の追従を許さないほどの驚異的な戦闘力に戦闘センス。それがあるからこそ選ばれたんだ。お前が一般兵でも関係ない。今回は純粋な戦力として必要なんだ」
俺は一瞬言葉に詰まった。
確かに、俺は一般兵だ。だが、実力で認められていることは分かっていた。
そもそも、前回のハウザーとの戦闘は噂になっている。名前は公表されていないが、国王陛下の前で褒美をもらったのだ。ゆえに軍部や貴族たちは知っている。
「まあ、元から断るつもりはないですよ。仲間のために尽くします」
そう言うと、エドガーは満足げに頷いた。
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