第3話:人類の到達点

 準備を終え、装備を整えて集合場所へ向かうと、すでに第三騎士団の精鋭たちが揃っていた。

 皆、鍛え抜かれた身体に輝く鎧を身に纏い、剣や槍、弓といったそれぞれの武器を手にしている。流石は精鋭騎士たちだ。

 比べて俺は、一般兵士が見に付ける格好と装備なので浮いてしまっている。


 数刻後、第二騎士団と第四騎士団の部隊が合流し、広大な平地に、総勢三百名の兵士たちが整然と並ぶ。

 騎士たちが持つ装備や紋章の違いから、それぞれの団の特色が見て取れる。第二騎士団は攻撃特化の重装兵が多く、第四騎士団は機動力を重視した軽装の兵士が目立つ。そして、第三騎士団はそのバランスの良さが特徴だった。


 それぞれの団長が先頭に立ち、視線を交わす。最初に第二騎士団の団長であるガストン・ランズが口を開いた。彼は四十代半ばの大柄な男で、声量も風格も見事だった。


「これより、三団合同で伯爵級悪魔討伐作戦を開始する! 我らが力を合わせれば、どんな悪魔も打ち倒すことができる! 各団の連携を最優先とし、全力を尽くせ!」


 その声に、全員が一斉に敬礼を返す。「了解!」という声が轟き、地面が震えるほどだった。続けて第四騎士団の団長、ミラ・フェンリスが鋭い声で指示を出した。


「戦場では即時の判断が命運を分ける! 各自、自身の役割を忘れるな! 油断は命取りだ、全員が生きて帰ることを目標とする!」


 彼女は二十代後半の美女で、小柄だがその鋭い眼光と隙のない佇まいで部隊を掌握しているのが分かった。

 冷静で的確な指示を下すことで知られる彼女の言葉は、他の騎士たちにも安心感を与えるようだった。


 最後に、我らが団長が前に出て一言。


「……行くぞ。私たちが守るべきものを忘れるな」


 その言葉には深い決意と覚悟が込められており、短いながらも胸に響くものがあった。全員が再び敬礼を返し、いよいよ出発の合図が下される。

 代表で第二騎士団長のガストンが声を張り上げた。


「全軍、出撃!」


 行軍が始まる。各部隊は整然と列を成し、広大な森の中を進んでいく。先頭を行くのは偵察部隊と軽装の第四騎士団。第二騎士団が中心を固め、第三騎士団がその後衛を守る形だった。

 俺は第三騎士団の精鋭たちとともに後衛を務めながら、視線を周囲に巡らせた。森は薄暗く、木々が密集している。悪魔やその眷属がいつ襲ってきてもおかしくない状況だった。

 件の村までは馬を一日中走らせれば一日で到着するが、今回は徒歩もいるので、どんなに急いでも四日かかってしまう。

 それでも周辺は各騎士団から、早馬を向かわせて逐一連絡をするようにしていた。


 陽が傾き、野営をすることになった。テキパキと準備が進み、三十分ほどで全てのテントが出来上がった。


「リク。これから会議がある。お前も参加するんだ」

「え。騎士団長たちがいる中で俺もですか? ただの兵士ですよ」

「ただの兵士が精鋭の中にいるわけがないだろ。無駄口を叩かないで早く来るんだ」


 団長……いや、今回はメイリス団長と呼ぼう。

 メイリス団長の後に付いて行くと、大きな天幕へと入る。

 天幕に入ると、すでにテーブルを囲んでガストン団長とミラ団長がおり、視線が向けられた。


「第三も来たな」

「待たせたようですね」


 珍しく団長の口調が敬語である。自分よりも先に団長に就任している者たちということもあり、敬意をもって接しているのだろう。

 そして視線が二人の団長から視線が俺へと注がれる。

 言わなくてもわかる。「どうして兵士が?」と疑問符が浮かんでいる。

 ガストン団長がメイリス団長に尋ねる。


「メイリス団長。その者は? もしや報告の者か?」

「いえ。我が第三騎士団の精鋭の一人です」


 団長が俺を見るので、自己紹介をしろということだろう。


「初めまして。第三騎士団所属のリクです」

「お前は騎士ではなく、ただの兵士か?」

「はい」


 視線が厳しくなるも一瞬だけだった。ミラが俺を見て思い出したように口を開いた。


「もしや、ハウザーを倒し、先の国境での戦いで、王国を勝利に導いた兵士か」

「無名の兵士か!」


 ここでその二つ名を聞くとは……


「その呼ばれ方は不服ですが……まあ、その通りですね。本当でしたらゆっくり寝ていた所ですよ」

「この状況で随分な物言いだな」


 ミラ団長に睨まれた俺だが、メイリス団長が割って入った。


「元からこういう性格なんだ。知っていると思うが、昇進を拒否する変わり者だ。兵士ではあるが、その実力は私以上だ」

「団長、そんなに褒めても何も出ませんよ?」

「……一々口を挟まないと死ぬ性格なのか?」


 俺は口を噤んだ。ミラ団長が俺を一瞥し、視線をメイリス団長に戻す。


「本当に強いのですか?」

「ハウザーを倒したのだから、強いのだろうが、魔法は使えないと聞いている」


 メイリス団長は頷き口を開いた。


「魔法が使えない? そんなものは彼からすれば瑣末な問題ですよ」

「些細な問題だですって?」


 メイリス団長は静かに頷いた。


「魔法が使えなくても、リクの持つ魔力の扱い方は異次元だ。その精密さと効率性、そして破壊力は、私たちが知るどんな魔法使いをも、過去の賢者や英雄すらも凌駕している」

「しかし、ハウザーと剣でやり合ったと聞いているが?」


 ガストン団長の言葉に、メイリス団長は俺を一瞥してから、笑みを深めて二人に告げた。


「私たちがどれだけ訓練を重ねようと、リクの戦いを目の当たりにすれば、全てが無意味に思えるだろう。リクはまさに――“人類の到達点”だ」

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