第4話:悪魔との戦い1

 天幕の中が静まり返った。

 メイリス団長のその言葉は重く、そしてあまりに大きすぎた。


「人類の到達点」などと呼ばれることは、俺自身にとっても過剰な評価だと思っているが、団長の言葉を遮るのは失礼だと思い、何も言わずに立っていた。

 ガストン団長が静かに息を吐き、鋭い視線を俺に向けて口を開いた。


「その“到達点”とやらがどれほどのものか、ここで示してもらうことになるだろう。伯爵級悪魔を前にして、口先だけで通用するわけがないのだからな」

「ごもっともです。俺も結果で示すつもりですから、どうぞ期待しないでいてください」


 俺がそう返すと、ミラ団長が軽く鼻を鳴らして笑った。


「なるほど。皮肉屋なのね。でも、あまりその態度を貫くと、命を落とすわよ」

「お気遣いありがとうございます。ただ、皮肉は俺の本性ではなく、ただの癖みたいなものですから、お気になさらず」


 メイリス団長がわずかに微笑みを浮かべながら、二人の団長に向き直る。


「さて、無駄話はここまでにして、本題に入りましょうか。今回の討伐作戦の詳細を詰める必要があります」


 テーブルに広げられた地図を指し示しながら、討伐隊の編成と進行ルートについての議論が始まった。


 周囲の地形や悪魔が活動しているとされる地域の情報をもとに、それぞれの団の得意分野を活かした布陣が提案される。

 ガストン団長は第二騎士団の圧倒的な火力を前面に押し出し、敵の注意を引きつける案を出した。

 ミラ団長は第四騎士団の機動力を駆使し、側面からの奇襲と偵察を行う案を提示した。


 メイリス団長は第三騎士団が中心となり、戦線を安定させる役割を担うことを提案し、俺にも意見を求めてきた。


「リク、何か気づいたことや提案はあるか?」


 突然の問いに一瞬戸惑ったが、地図を見ながら思案する。


「そうですね……伯爵級悪魔がどこにいるのか、確定していません。その位置を確定するまでは、第三騎士団を完全に後衛に回すよりも、前線を柔軟に支援できる中間位置に配置した方がいいと思います。眷属が分散して襲ってきた場合にも対応しやすいですし、敵の本陣が見えたら速やかに切り込む準備ができます」


 俺の言葉に、三人の団長が頷いた。


「なるほど。確かに合理的な案だな」

「その柔軟さは助かる。後方支援だけでなく、奇襲への対応も視野に入れておこう」


 ガストン団長とミラ団長が同意した。

 メイリス団長は満足そうに微笑み、「さすがだ」と一言だけ漏らした。


 こうして討伐隊の作戦が固まり、夜は更けていった。

 俺たちは再び天幕を出て、それぞれの役割を胸に刻みつつ、翌日に備えることとなった。


 だが、この静寂の中でも心の奥底には不安がくすぶっている。

 果たして、伯爵級悪魔とその眷属を相手に、どれだけの犠牲を出さずに生還することができるのだろうか。

 これは、俺たちの力が試される戦いとなるだろう。

 そう思いながら、俺はひときわ明るい月を仰いだ。


 行軍から数日が経過し、村の近郊に到着した。

 森の奥深くへと足を踏み入れるにつれ、空気が徐々に重く、冷たいものに変わっていくのを感じた。周囲に漂う異様な気配が、全員に緊張感をもたらしている。


 俺は第三騎士団の一員として、隊列の中間に位置していた。昨夜の会議で提案した通り、第三騎士団は臨機応変に対応できるよう、最前線と後衛の両方を支援する役割を担う。


「リク、大丈夫か?」


 隣で同じ第三騎士団の騎士が声をかけてくる。彼は真面目でしっかりとした性格の持ち主だ。


「ああ、問題ない。お前こそ、緊張してないか?」

「そりゃあするさ。伯爵級悪魔なんて、聞くだけで足がすくむ。でも、団長やお前がいるなら、きっとなんとかなると思ってる」


 俺を頼りにされるのは嬉しいが……


「目立ちたくないんだけどなぁ……」

「毎回っているな。でも、仲間のために戦っているんだ。第三騎士団のみんなはお前を信じているのさ」


 肩を叩く騎士に、俺は「なら期待に応えられるようにするよ」と返しておいた。

 そんなやり取りを交わしていると、先頭を進む偵察部隊が突然停止した。

 第四騎士団の団員が馬を走らせて戻ってくる。


「報告! 前方約500メートル先に敵の悪魔を確認! 下級から中級で構成されており、数は50以上、こちらに向かって接近中です!」


 この報告を受け、三団の指揮官たちは即座に行動を開始した。

 ガストン団長の「全軍、布陣!」との大声が響き渡り、ミラ団長が素早く命令を飛ばす。

 俺も剣を抜き、周囲の状況を確認する。

 敵はおそらく偵察部隊を発見し、追いかけてきたのだろう。下級、中級とはいえ、油断は禁物だ。


 数分後、偵察の兵士が来た方向から足音が聞こえてきた。

 そして現れたのは、身長百~百五十センチ程度で、体格は様々。皮膚は灰色や緑色などで、翼や尻尾、角や牙が生えている個体も見受けられた。

 悪魔を目視したことで全体に緊張が走るも、ガストン団長が声を張り上げた。


「全員、構えろ! あいつらは数こそ多いが、恐れる必要はない! 蹴散らしてやれ!」


 全員が声を上げ、最初の悪魔との戦闘が始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る