第12話:帰還

 やがて、太陽が傾き、空が夕焼け色に染まる頃。

 俺たちが静かに語り合っていると、再び使者が俺を呼びに来た。どうやらメイリス団長がもう一度話をしたいらしい。


「さあ、また団長のお呼びだな。お前たちはここでゆっくりしていていいぞ」


 エリアスとセリナにそう伝えると、二人は少し寂しそうに頷いた。


「リクさん、気をつけてくださいね」

「ええ、団長にお叱りを受けないように……」


 二人に見送られながら、俺は本陣へと向かった。

 メイリス団長は、夕陽に照らされて本陣の外で立っていた。俺の姿を見つけると、彼女は微笑みながら手を振った。


「来たな、リク。やはりお前には少し話しておきたいことがある」

「団長のような美女からのお誘いじゃ断れないですよ」

「馬鹿を言うな」


 団長のそばまで歩み寄ると、彼女は少しだけ遠くを見つめた後、真剣な表情で俺に向き直った。


「リク、戦はほぼ終わったと言ってもいいが、まだ帝国の勢力が完全に消えたわけではない。今後も、国を守るために新たな役割を果たしてもらうことがあるかもしれん。お前のような力を持った者に、ただの兵士として生きるのはもったいない」


 その言葉には重みがあった。団長がどれだけ俺を信頼しているのかが、伝わってくる。しかし、俺は少し困ったように笑みを浮かべた。


「団長、俺はただ目立たず平穏に生きたいだけです。英雄なんて、柄じゃない」


 メイリス団長は少しだけ笑みを浮かべた。


「それでも、お前が影でどれだけこの戦を支えてきたか、皆が見ている。お前のような存在は、どんな時代でも必要とされるものだ。それに、仲間たちもお前を頼りにしている」


 その言葉に、少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 俺が何を望んでいようとも、周囲の人々が俺を必要としてくれている。彼らが平穏を求めるのならば、俺の小さな望みなど一時的に置いておいても良いのかもしれない、そう思えた。

 それに、ついさっき約束したばかりじゃないか。


「団長にお供するって言ったでしょ? どこまでも付き合いますよ」

「そうか。そうだよな。ありがとう」

「あ、でも俺の地位は兵士のままでいいですからね」

「わかっている。もう無理に昇進させようとはしない」


 しばらく沈黙が続き、団長が「戻ろうか」と言って俺たちは戻った。

 それから二週間ほど、知ってはいたが俺たちは国境で待機する羽目になった。

 すると一人の伝令が天幕へと報告にやってきたが、その表情は優れない。


「どうした?」


 団長の問いに、兵士は歯切れ悪く報告を始める。


「今回敵本陣にいた高官や術師を捕らえました。今日に至るまで尋問を続けていましたが……」

「なんだ? 問題でもあったのか?」

「いえ。そうではなく、帝国は悪魔の召喚・・・・・を試みているようでした」

「なっ、馬鹿なのか⁉」


 その発言に、誰もが驚愕の表情を浮かべた。流石の俺も驚いてしまった。

 ただ、エリアスとセリナだけは分かっていないようだった。


「メイリス団長。悪魔とは?」


 エリアスの問いに団長は静かに口を開いた。


「簡単に説明すると、悪魔とは“人類悪”そのものだ。人間という種族全体を滅ぼそうとし、神聖を冒涜し、我々人間の理解を超えた悪意を持つ。人類の恐怖、絶望、争いなどを糧にし、人間の闇を引き出す。魔王にも当て嵌まるが、それ以上に厄介なのは、大悪魔が召喚されれば眷属の悪魔を召喚できると言うことだ」


 メイリス団長の説明を聞いた後、エリアスとセリナは愕然とした表情を浮かべていた。

 これまで幾多の戦場を駆け抜け、数えきれない敵と対峙してきたが、「悪魔」という存在はまた次元の違う存在だ。


「団長、もし奴らが本当に悪魔を召喚したなら……俺たちに勝ち目はあるのでしょうか?」


 セリナが不安げに尋ねる。

 団長はしばらく黙り込んだが、やがて鋭い目つきで力強く答えた。


「それは誰にも分からん。だが、だからといって逃げるわけにはいかない。私たちは人々を守るためにここにいるのだ。どれほどの脅威が相手だろうと、最後まで戦う覚悟はできている」


 エリアスとセリナは静かに頷き、その表情に決意が宿るのを俺は感じ取った。

 俺もまた、この戦いにどこまで身を投じるか、心の奥底で覚悟を固める。

 そして団長は俺たちに視線を戻し、少し柔らかい表情で言った。


「……ともかく、状況がこれほどまでに緊迫している以上、一度王都へ戻り、陛下への報告と協議が必要だ」


 俺たちは深く頷き、即座に戻る準備に取り掛かった。

 王都での戦略会議が待っている中、心の中では幾重にも不安が渦巻いていた。帝国の暗躍により、今や「人類悪」と対峙する可能性が現実味を帯び始めていたからだ。

 魔王でさえ厄介なのに、これ以上は御免だ。


 その夜、天幕の中で静かに目を閉じ、俺は自分に言い聞かせた――どれほど恐ろしい存在であろうとも、俺が守るべきもののために力を振るう覚悟はできていると。そして、メイリス団長と共に、再び戦場へと赴く覚悟も。


 夜明け前の冷たい空気が肌を刺す中、王都への帰還の号令がかかった。



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