第11話:大切な時間

 俺は団長の横を歩きながら、彼女の口から出る次の言葉を待った。


 メイリス団長はしばらく無言で戦場の方角を見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。


「この戦で帝国軍に決定的な打撃を与えられたのは間違いない。だが、これで終わりとは思わないほうがいいだろう」

「まだ何かあるんですか?」

「ああ。帝国の方針は予測しにくい。連中には本国からの増援がいつ来てもおかしくないという情報も入っている。今後の動きを見定めるため、我々はしばらく国境周辺で監視活動を行うつもりだ」


 俺は少し驚いたが、それと同時に彼女の冷静な判断力に納得もした。このまま戦が終われば平穏な生活が戻るかと思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。


「分かりました。自分も監視活動に協力しますよ。とはいえ、目立たない形でお願いしたいんですがね」


 メイリス団長は微笑み、軽く肩を叩いた。


「お前が目立たないように、というのも難しい話だな。だが、気持ちは分かる。お前には、いざという時に頼れる力がある。それに、今のお前は前とは違い、全員がその戦いを見ている。リクがいれば士気が上がる」

「目立つのは勘弁していただきたいんですけどね」


 俺が疲れた表情を浮かべると、団長が軽く笑った。

 そして、再び真剣な表情に戻ると、「お前が平穏を望むなら、戦のない国を取り戻すしかない。それにはお前の力が必要だ」と言った。


 その言葉には力強さと、少しの寂しさが感じられた。

 団長が真剣な思いでこの戦争に向き合っていることは知っていたが、改めてその覚悟の深さを感じさせられた。俺は静かに頷いた。


「分かりました。団長がその道を選ぶなら、俺も協力しますよ。それに、今更でしょ。俺と団長の仲じゃないですか。どこまでもお供しますよ」


 メイリス団長は優しく微笑み、俺の肩に軽く手を置いた。


「今更か……ありがとう、リク。さあ、少し休んでおけ。今後の戦略に備えて、頭も体も冴えた状態でいてくれ」


 俺はその言葉を胸に、本陣を後にした。

 これからの戦いがどうなるかはわからないが、少なくともこの団長のもとでなら俺もやりがいを感じることができるだろう。

 そしていつか、この戦の終わりを迎え、真に平穏な日々が訪れることを願いながら、戦場の喧騒を背に歩き出した。


 本陣を後にし、俺は少しばかり休息が取れる場所へ向かって歩き出した。背後には仲間たちが歓声を上げ、戦勝の余韻に浸っている。俺もその輪に加わりたい気もするが、まだ心の中には静かな闘志が残っている。


 小高い丘の上に腰を下ろし、遠くの地平線を見渡す。

 いつもならただの景色だが、今日はやけに感慨深い。メイリス団長の言葉が胸に響いている。戦の終わりを望む気持ちは、俺だけではないのだと実感させられた。団長は王国の平和のため、己の身を削って戦い続けている。それがどれほどの重荷か、俺にはまだ測り知れない。


「リクさん、ここにいたんですね」


 振り返ると、そこにはエリアスとセリナが立っていた。

 二人とも少しばかり疲れた顔をしているが、その目は生き生きと輝いている。


「おう、どうした? こんなところに何か用か?」

「いえ、ただ……リクさんがどこか遠くに行っちゃいそうな気がして、探しに来ただけです」


 セリナが微笑みながら言った。俺は少し驚きながらも、彼女のその直感に感心した。

 たしかに、少し気が抜けてどこか遠くへ行きたくなる気持ちもあったかもしれない。


「俺がいなくなったら困るか?」

「困りますよ!」とエリアスが声を上げた。


「リクさんがいるからこそ、私たちはここまで頑張れたんです。リクさんが支えになってくれているんですよ」


 その言葉に、胸が少しだけ暖かくなる。

 目立たないつもりで戦ってきたが、こうして仲間たちにとっての支えになっているという事実が、思いのほか心地良いものだった。


「そうか。お前たちがそう言ってくれるなら、俺もまだまだ逃げられないな」


 俺は冗談めかして言いながらも、心の中では少しだけ覚悟を決めた。

 仲間を守り、この戦争を終わらせるために。もし、俺にできることがあるならば、それを尽くすべきだと。


「それじゃ、もう少し休んだら、次の任務に備えておくか。お前たちも無理するなよ」


 二人は頷き、俺の隣に腰を下ろした。

 しばらくの間、三人でただ沈黙のまま遠くの風景を眺めていた。

 その静かなひとときは、戦の合間に訪れる、ほんの一瞬の平穏。けれども、そのひとときが、俺にとっては何よりも貴重なものだった。


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