第9話:砦に侵入

 月が砦の上に静かに浮かぶ頃、俺は物音を立てぬようにそっと立ち上がった。砦の周囲はひっそりとしているが、油断は禁物だ。

 戦った裏部隊は連携に戦闘技術と優れていた。裏部隊にさえ気を付ければ大丈夫だろう。バレてしまった場合は、うん。力技で解決だな!

 そんなことを考えながら、俺は闇夜に紛れることで監視の目を掻い潜り、砦の壁に近づく。


「侵入経路は……あそこか」


 呟きとともに、俺は壁際に見つけた小さな裂け目を目指す。手ごろな足場を見つけ、跳躍しながら軽快に壁を登ると、砦内の様子が一望できた。守備兵たちは見張りを立ててはいるものの、人数は少ない。

 俺は魔力を使うことで、周囲を探知する。レーダーみたいなものだ。この世界の住人は誰にでも微量の魔力を持っている。それを探す感じだ。

 すると地下に反応があった。


「捕まった連中はあそこだな。さて、どうやって攻めるか……」


 俺は砦の配置を一通り確認し、計画を練る。まず、見張りを一人ずつ無力化することだ。そうすれば騒ぎを起こすことなく内部に潜り込めるだろう。


「よし……行くか」


 近くの守備兵の背後に、音もなく降り立った俺は首をへし折ることで、敵が声を出す暇もなく殺す。バレそうになった時は、指を銃のような形にすることで、魔力を塊として飛ばし、脳天を撃ち抜く。

 きっとエージェントにならないかと、スカウトされることだろう。

 次々と同じ手法で無力化し、やがて砦の中央にある地下への入口にたどり着く。音を立てずに扉を開け、地下への階段を慎重に下りていくと、薄暗い牢屋が現れた。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 こんな夜中に尋問中するはずがない。それらしい反応はしていなかった。つまりは……


「王国の国境守備隊に裏切りが紛れ込んでいたか……」


 一度帰り、増援が来た時に上に報告すればいいだろう。そう思い、早々にこの砦を去ろうと、脱出をはじめようとしたその瞬間、背後から足音と怒声が聞こえた。


「敵が侵入している! 砦内をくまなく探せ! まだ逃げていないはずだ!」

「ちっ、気付かれたか……」


 予定ではもう少し後のはずだったが、こうなったら仕方がない。ここで俺が王国兵だとバレれば、国の方に影響が出るはずだ。

 つまりは、全滅されれば言い逃れはできるし、俺が知らないフリをしておけば、バレることはない。


「よし。いっちょやるか」


 やる気を出すのと同時、俺がいる部屋の前に気配が二人。開いたのと同時、腰を落とすことで男の視界から逃れる。そのまま魔力を乗せた拳で正面の男の胸部を貫き絶命させる。

 その光景に後ろにいた男が怯えた顔を見せる。だが、それは一瞬のこと。次の瞬間、俺の拳は奴の腹に突き刺さっていた。生々しい感触――肉と骨が裂ける感触が、手を通して伝わってくる。

奴の目が大きく見開かれ、口から血が溢れ出した。


「くっ……がっ……」


 じわじわと血が流れ出す音が響く。拳の奥にある命が、俺の手の中で消えていくのがわかる。

抜き取った拳からは、血が滴り落ちていた。だが、魔力で覆われているため、汚れることはない。腕を振るって血を落とし、次に向かう。目的は砦内の敵の一掃。

 そこからは敵と出合い頭で瞬殺していく。時には加減を間違え、頭部が消し飛ぶことも。

 しばらく敵を倒していたが、まだ半分も数が残っていた。応援を呼びに行くのを警戒して、俺はそれらを優先的に始末していた。鳥を飛ばすことも考えられたが、大丈夫だったようだ。

 俺は尖塔から砦内にある広場へと着地した。


「侵入者が現れた! 広場だ! 囲め!」


 瞬く間に、俺は敵兵に包囲されてしまった。誰がどう見ても望的な状況だろう。


「よくも多くの同胞を殺したな!」


 兵をかき分けて、身分の高いだろう人物が現れた。彼が何かを合図した瞬間、裏部隊の奴らと同じ格好をした者たちが現れた。その数は十人。


「貴様、何者だ?」

「ただの一般兵士だよ」

「嘘を言うな! これだけの数を殺しておいて、何が一般兵だ! 王国の諜報部隊なのだろう⁉」


 本当に、ちょっと強いだけの一般兵なんですけど……

 勘違いしているが、訂正しても俺が嘘つき呼ばわりされるので諦める。


「この状況で逃げられると思うか?」

「さあ? 絶望的だね。最後に聞きたい」

「どうした?」

「王国の国境守備隊、あれはお前たちの仕業だろう?」


 俺の言葉に、男は大きな声で笑った。


「ハハハッ! 正解だ。王国の国境守備隊に見方を潜り込ませ、裏部隊と共同で守備隊を殺した。今では他の国境も同様のことが起きているだろう。あとは本国に報告すれば、じわじわと国境を侵蝕することだろう」

「停戦したからには戦争ができない。この状況で戦争なんかすれば、周辺諸国から責められ、何かしらの制裁を受けることになる。ならば謀略あるのみ」

「……正解だ。少しずつ国境を侵略していく。それが作戦だ」

「なるほどな、聞けることは聞けた。あとは書類があればよかった」

「渡すと思うか? 王国に渡ってしまえば、帝国の謀略だとバレてしまう」


 つまり、指令書のような書類はあると。誘導しやすくていいね。君、気に入ったよ。

 まあ、殺すけどね。

 だって、団長からは敵に察知されることなく情報を集めろって言われているし。


「……余計なことを話し過ぎたようだ」

「ああ。俺としては良い情報が手に入った」




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先行公開で第1章11話まで公開中!


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