第17話:厄介ごとばかり増える
俺は聴力を魔力で強化して話を盗み聞きすることに。
他の者がやれば、すぐにバレるだろうが、俺の魔力操作は緻密で隠蔽性も高く、気付かれることは少ない。
目測での力量差で可能だと判断した。そして、敵にはバレることなく、話し声が聞こえてきた。
「もっと数を揃えるべきだったな」
悪魔教徒の低い声に、隣の魔族が苛立たしげに応じる。
「無理を言うな。これが限界だ。それに、キングやジェネラルまで動員しているんだぞ。試運転には十分すぎる戦力だ」
言葉の端々に漂う焦燥感。渓谷の魔法陣を見下ろしながら、俺は全身の感覚を研ぎ澄ませていた。
目の前に広がる五千を超えるオークの軍勢は圧巻だが、それでも満足していないらしい。確かに、この規模と制御された力を前にすれば、俺たち人間にとっては十分すぎる脅威だ。
だが、一人で全てを相手にしろと言われたら話は別だ。
正直、やるしかない状況になれば命を賭ける覚悟はあるが……
俺は苦々しい思いを抱えながら、静かに観察を続けた。
「この魔法陣は敵を誘導するための仕掛けだ。その規模に見合ったものを用意するのは当然だろう。ただ、構築にはどうしても時間がかかる」
別の悪魔教徒が冷静に説明する。
「現状、キングとジェネラルはなんとか洗脳して制御できているが、完全ではない。失敗すればこちらにも被害が及ぶ」
「まあ、これは試作段階だ。本番までに成功させればいい。それに、この実験がうまくいけば、戦力の飛躍的な強化が可能だ」
言葉に含まれる狂気と確信に、背筋が寒くなる。
「まずはオークどもをアルカディア王国へ侵攻させる。奴らが恐怖を撒き散らし、人間どもを捕えれば、それを生贄に儀式に使ってさらなる悪魔を召喚できる。そうなれば我々の計画は盤石となる」
渓谷の底から響く笑い声が耳に届き、俺は静かに拳を握り締めた。
奴らは既に動き出している。この脅威を止めるためには、俺たちの全力を結集しなければならない。それでも、一つだけ心に誓ったことがある。
必ず、この計画を阻止してやる――と。
俺たちは渓谷の上からそっとその場を離れ、息を殺して山道を引き返した。足音を一つでも立てれば、下にいる魔族や悪魔教徒に気づかれる危険があった。
仲間たちも全員、極限まで緊張した面持ちで慎重に行動している。
しばらく歩いた後、完全に敵の気配が遠のいたことを確認し、俺は手を挙げて合図を送る。
「ここまでだ。一旦休もう」
皆がその場でへたり込む。
長時間の潜入と偵察の緊張感が、一気に全員を襲ったようだ。
「リクさん……あれは……ただのオークの群れじゃないですよ」
セリナが震える声で言う。目を見開いたまま、先ほどの光景を思い出しているようだ。
「ああ。見たところ、あのキングやジェネラルはただのリーダーじゃない。魔族の魔法で制御されていた。それも、洗脳というレベルじゃなく、完全に操られているように見えた」
俺も息を整えながら答える。
かなりの魔力を使っているのだろう。余裕がなく見えた。
洗脳している術者を倒し、オークが暴れても、それを再び制御しそうに見えた。
手を出さなくて正解だっただろう。
「まさか、オークをあんな形で動かすなんて……悪魔教徒の技術はそんなところまで進んでいるのか?」
エリアスが呟く。冷や汗が額を伝っていた。
「それだけじゃない」
俺は低く言葉を続けた。
「あの魔法陣、ただ誘導するだけじゃない。何か別の目的があるはずだ。あれだけの規模だ、単なる軍勢の指揮に使うだけのものじゃない」
「まさか、さらに大きな召喚――悪魔を召喚するための準備ってことですか?」
セリナが言葉を絞り出す。
「可能性は高い。少なくとも、奴らがアルカディア王国を攻撃し、その混乱を利用して大悪魔を召喚って可能性も捨てきれない。王都民が犠牲になれば、伯爵級以上の悪魔が召喚されるのは確実だ」
俺の言葉に、一同が顔を引き締めた。
「じゃあ、どうする? 王都に戻って報告するのか?」
カイルが言う。
「それしかない」
俺は全員を見渡しながら言葉を続ける。
「すぐに王都の騎士団や軍を動かしてもらう必要がある。このままでは、アルカディア王国全体、周辺諸国すら危機に晒される」
「でも、軍が動くには時間がかかる。そもそも、今回のことをどこまで信じてもらえるか……」
エリアスが不安げに口を開く。
「それでもやるしかない。まだ時間はかかるようだったが、それでも数週間以内には進攻してくるはずだ」
俺は力強く断言した。
「俺たちは現場を見てきた。この目で見たものを、全て正確に伝える。それが今、俺たちにできる唯一のことだ」
全員が深く頷く。
これ以上、この地に留まっている余裕はない。俺たちは再び歩き出し、急ぎ王都への帰路に就いた。
道中、夜間の警戒を怠らず進む中で、頭の中では次々と作戦を練っていた。
報告だけでは終わらせない。次の戦いに備えるため、全ての準備を整える必要がある。
平穏に暮らしたいだけなのに、どうしてこうも厄介ごとばかり増えるかなぁ……
心の中で愚痴を零す。
月明かりの下、俺たちは静かに足を進めていった。
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