第16話:脅威

 それから一ヶ月近くが経過した。

 調査と警戒を続ける中で、遺跡周辺や近隣における新たな動きはなかった。


 しかし、異様に感じることがあった。

 それは、魔物がほとんど出現しないということだ。通常、こうした遺跡や古代の遺物が関与している場所では、魔物やその他の危険な存在が頻繁に出現するものだ。

 しかし、今回の調査地域ではそのような気配が全くと言っていいほど感じられなかった。


「なんでだろう?」


 エリアスがぼそりと呟いた。


「確かに」


 セリナも頷く。


「いつもなら、こんなに静かな場所は珍しいんですけど」

「魔物の動きが少ないことは、裏を返せば、何かが起こる前触れとも取れる。警戒を怠らないようにしよう」


 俺はみんなに向けて慎重に言った。

 その日も、遺跡内で新たな発見はなく、周囲の探索も進展はなかった。だが、誰もが感じていた。

 当初から感じていたこの静けさは不自然だということを。

 結局、調査が行き詰まり、新たに情報を得られないと言うことで王都への帰還を決定することとなった。


 仲間たちと共に拠点を後にし、王都へと向けて出発した。

 遺跡の調査が終わったわけではないが、今は持っている情報を持ち帰り、それらを手に次の手を考えるべきだと思ったからだ。


「リク、ここからなら魔族領との境界を通ることができるんじゃないか?」


 カイルの言葉に俺は考える。

 何か起きればこのメンバーでは対処が難しく、犠牲を出すことだろう。魔族や悪魔教徒を数人なら戦えるが、それ以上となれば撤退を余儀なくされる。

 まあ、ミラ団長の部下が魔族領の情報を探ってはいるので、何かしらの情報は入ってきているのだろう。

 それでも、立ち寄れるなら情報は欲しい。


「そうだな。情報は少しでも多い方がいい。だが、何かあればすぐに撤退をしよう」


 俺の言葉に全員が頷いた。

 ほんの少し遠回りになるが、アルカディア王国と魔族領の境界に向けて馬を走らせた。

 それから数日で近くまで来ると、陽が傾き始めていたので一泊して休息を取ってから偵察をすることにした。

 夕食を食べながら、俺はみんなを集めて話し合う。


「恐らくだが、あの先に見える荒野が魔族領となっている。魔物も多いから、油断は禁物だ。基本、戦闘は行わない方針で行く。命を大事にいこう」

「了解!」


 全員が口を揃えて頷いた。


「荒野で馬は目立つからここに置いて行く。明朝、歩きで偵察に向かう。それまではゆっくりしようか」


 各自、自分のテントでゆっくりと過ごすことになったが、明け方には移動するので、すぐに寝てしまったようだ。


翌朝、俺たちは馬をキャンプ地に残し、歩いて境界へと向かった。目的はあくまで偵察だ。万が一、敵に見つかれば撤退を優先する。荒野の風は冷たく、乾いた空気が肌を刺すようだった。


「視界が広い分、こちらも見つかりやすいですね」


 エリアスが見渡しながら呟いたので、俺も同様に周囲を見渡した。


「予想以上に見つかりやすいな。慎重に動こう。見つかったら全力で逃げることだ」


 全員が頷いたのを確認し、できるだけバレないようにカモフラージュして歩み出した。


 荒野を抜け、魔族領へ足を踏み入れたところで地形が大きく変化した。

 乾いた大地の先に、深い渓谷が広がっているのが見える。谷底には霧が立ち込め、見通しは良くないが、何か動いている気配があった。


「リクさん、あれを見てください」


 セリナが谷を指さす。その先には、無数の動く影があった。遠目にもそれがオークであることが分かる。


「これは……ただの集会じゃないな」


 俺は息を呑んだ。

 さらに目を凝らすと、その中に黒いローブを纏った人物たちの姿が確認できた。

 間違いない、悪魔教徒だ。よく見るとその近くに頭に角を生やした者が数名確認できた。


「悪魔教徒と魔族が手を組んでいるのはこれで確定だな。しかし……」


 緑色の肌に二メートルはある体躯のオークが数えきれないほどの数がいる。


「五千はいるだろうな」


 カイルの呟きに、俺を含めた全員の表情が険しくなった。

 全員が俺を見て判断を仰いでくる。

 少しだけ考えてから口を開く。


「もう少し観察しよう。別れて情報を集めたいところだが、さすがにこの状況では危険すぎる」


 俺は全員を生きて帰すと決めている。

 仲間を、戦友をこんなところで死なせるわけにはいかない。

 それに、今は俺がみんなの命を背負っているのだから。

 全員が息を潜め、観察する。


 程なくして、黒ローブの集団は魔族たちと共に何らかの準備をしているようで、儀式用と思われる道具が運び込まれていた。

 さらに、巨大な魔法陣が谷底全体に描き始めた。


 セリナが無言で紙に魔法陣を書き写していた。

 優秀な弟子を持ったな。


「見ろ、あの規模だ。前回の儀式とは比べ物にならない」


 カイルが低い声で言った。


「間違いないな。奴らは何か大きな計画を実行しようとしている」


 俺は歯を食いしばる。


「どうします? ここで妨害するのは不可能だ。あの数のオークを相手することになります。それに……」


 セリナが悪魔教徒と魔族を見て表情を険しくする。


「数が多すぎる。今は何が何でも情報を持ち帰ることが最優先だ」


 俺は冷静に判断を下し、全員が頷いた。

 俺たちはその後も慎重に観察を続けた。魔物や悪魔教徒たちの具体的な数を把握し、どんな魔法陣が描かれているかを可能な限り記録した。敵の動きから判断するに、彼らはこの渓谷を拠点に何らかの大規模な儀式を計画しているようだ。




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