第3話:奇襲

 森に向かって進む中、緊張感がさらに高まる。

 木々の隙間から差し込む月明かりが、わずかに足元を照らしてくれているが、森の奥は不気味な静寂に包まれていた。


 俺はエリアスとセリナの様子をさりげなく伺う。先ほどまでの軽口で少しは緊張が和らいだようだったが、やはり内心では不安を抱えていることがわかる。しかし、その不安をかき消すかのように、二人の目はしっかりと前を向いていた。

 俺もそんな二人の覚悟に応えたい気持ちが強くなり、少しだけ拳を握り締める。


「エリアス、セリナ、ここからは音を立てないように進む。奇襲の要は静けさだ。呼吸もなるべく落ち着かせて、周囲の気配を感じ取るんだ」


 二人は小さく頷き、それぞれの武器を構え直す。

 俺たちは森の中を慎重に進み、敵の背後へと向かう。遠くでかすかな金属音や声が聞こえ、敵の隊列がまだ動いていることを確認できた。


 しばらく歩き、森の木陰に隠れながら前方の様子をうかがっていると、エリアスが小声で囁く。


「リクさん、敵の一部がこちらに向かってきているようです。どうしますか?」


 その言葉に俺は一瞬考え、静かに指示を出す。


「よし、まずはこの位置で様子を見る。見つからないように気をつけろ。もし見つかったら即座に応戦だが、できるだけ静かに処理するんだ。俺たちの任務は敵の背後を奇襲して、混乱させることが目的だ。それまでは見つからないようにしないとだ」


 二人は俺の「処理」という言葉に表情を強張らせていた。処理するということは、殺すと言うことだ。正直に言えば、二人に人を殺させたくないと言うのが本音だ。しかし、覚悟を決めた二人をここで下がらせるわけにはいかないだろう。


 エリアスとセリナは指示に従い、周囲の木陰に身を潜める。息を殺し、敵の気配をうかがっていると、やがて数人の兵士がこちらに近づいてくるのが見えた。


 俺は手で合図を送り、エリアスに背後からの奇襲を指示する。エリアスは静かに動き、気づかれることなく敵兵に近づいた。彼女の剣が素早く閃き、敵兵が声を上げる間もなく倒れる。

 その隙に、セリナがもう一人の敵兵に突きかかり、彼もまた音もなく地面に崩れ落ちた。

 俺も同様に背後に回り、首をナイフで斬り裂いて仕留める。


 一緒に来た奇襲班も、問題なく処理できたようだ。死体を草陰に隠し、体勢を整える。

 二人を見ると、初めての人殺しゆえに表情は優れない。小さな声で「ごめんなさい」と呟いていたが、それ以上に戦士としての覚悟が刻まれているのを感じた。


 俺はエリアスとセリナの肩にそっと手を置き、静かに言葉をかける。


「初めて人を手にかけた時は、誰だって辛い。無理に感情を抑え込む必要はない。ただ、俺たちが戦う理由を忘れずにいれば、それが支えになるはずだ」


 二人は俺の言葉を聞き、小さく頷く。エリアスの手はまだわずかに震えていたが、セリナがそっと彼女の肩を叩き、互いに励まし合っているのが見て取れた。


 敵の気配を確かめつつ、俺たちは次の移動を開始する。奇襲班の他のメンバーも、黙々と気配を殺して行動を共にしている。先程の一撃で敵の警戒が増していないか慎重に見極めながら、森を進む。


「そうだ。二人にもこれを渡しておこう」


 俺は二つの仮面を取り出して渡すと、二人は「これは?」と言いたげな視線で見つめてきたので説明する。


「エリアスとセリナは勇者だ。こんなしょうもない戦争に勇者を投入したとなれば、各国が何か言ってくる可能性がある。まあ、身バレ防止だな」

「そういうことなら……」

「わかりました」


 俺たちを含めた奇襲班も、仮面を取り出して付ける。そうすれば怪しいが、王国の暗部とかだと勘違いするだろう。


 やがて目指していた敵の本隊の背後に到達した。遠くからかすかに焚き火の光が見え、兵士たちが油断した様子で休んでいる。俺たちは伏せながら、その様子を確認する。


「ここだ。エリアス、セリナ、俺たちが奇襲をかければ、お前たちは隊列をかき乱し、可能な限り敵を引きつけてくれ。静かに潜入して、できるだけ兵士を混乱させるんだ」


 エリアスが深く息を吸い込み、意を決したように頷く。セリナも鋭い目つきで前方を見据え、準備は整った。


「リクさん、ここからは私たちも本気でいきます」

「私も、できるだけのことはする。これで少しでも多くの仲間を守れるなら、迷いません」


 彼女らの決意に俺は短く頷き、全員に手を挙げて合図を送る。そして、ゆっくりと、音も立てずに森を抜けて敵の背後に迫る。間もなく、一瞬の沈黙が流れた後、俺たちの奇襲が開始された。


 俺はできるだけ静かに敵の背後に回り、素早く一人ずつ仕留めていく。

 エリアスとセリナも、さっきよりも覚悟を決めた表情で動き、隊列の中を駆け抜ける。混乱した敵兵たちは思わず叫び声を上げ、互いに衝突しながら逃げ惑っている。

 俺は攪乱するために声を張り上げる。


「奇襲だ! 敵が背後から奇襲を仕掛けて来たぞ!」


 俺がそう叫ぶと、奇襲班の仲間が同じように声を上げた。


「王国軍だ! 五百はいるぞ!」


 短時間で敵の陣形が崩れ始め、周囲の状況がこちらに有利になっていくのを感じる。


「よし、撤退の合図を出すぞ。これ以上深入りせず、あとは味方が仕掛けるまで時間を稼ぐんだ!」


 俺の指示に全員が素早く反応し、森の奥へと撤退を開始する。

 奇襲班が素早く森へ引き返すと、後方からの援軍がこちらの合図に応じ、総攻撃の準備を整えていた。


 全員が息を切らせながらも無事に撤退し、敵の隊列を混乱させたことで王国の優位が確定したのを実感する。エリアスとセリナも、疲れきった表情ながら、その目には確かな達成感が宿っていた。


「二人とも、お疲れ様。よくやったな」


 俺は二人に労いの言葉をかけ、彼女らも無言で微笑んで応えた。戦いはまだ終わっていないが、確かな手応えを感じながら、俺たちは次の指示を待つためにその場で息を整えた。



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