第2話:笑われたら馬鹿にしてやれ

 天幕に戻ると、団長はすでに地図を広げ、戦況を確認していた。

 俺もその隣に座り、エリアスとセリナも少し緊張した面持ちで向かいに腰を下ろす。


「さて、現状を整理しよう。敵の前線はここから北東に展開していて、我々との距離は約三百メートルだ。敵は数で圧倒してくるだろうが、地形を活かせばこちらにも勝機はある」


 団長の指示に頷きつつ、俺は地図を見つめながら頭を巡らせる。

 この場所は見晴らしがいい分、敵に発見されやすいが、逆にうまく潜むことができれば奇襲も可能だ。俺はそれを活かした作戦を考え始めた。


「団長、この丘の東側には、森が広がっていますよね。ここを経由して背後から奇襲をかければ、敵を混乱させることができるかもしれません」


 エリアスが俺の発言に身を乗り出し、同意を示す。


「それなら、僕たち勇者の力で、敵の隊列をかき乱せるはずです! その隙に団員が攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか?」


 セリナも続けて意見を述べる。


「でも、私たちが奇襲に出るということは、騎士団の主力をここに残しておく必要があります。防衛にも備えなければならないし、私たちだけでうまくいくでしょうか?」


 俺は一瞬考え込むが、すぐに頷いた。


「いい提案だ。ただ、エリアスやセリナが突出して動くのは危険すぎる。俺も一緒に行くが、全員で派手に突っ込むのではなく、まずは静かに敵を撹乱し、必要があれば応戦するぐらいでいこう」


 団長も満足そうに頷きながら、俺たちに視線を送った。


「その方法なら、無駄に命を危険にさらすことなく、我々に有利な状況を作れるだろう。だが、リク……お前もあまり無理はするなよ」

「ははっ、団長の熱烈な期待には応えたいけど、俺だって無茶はしませんよ」


 団長が少し笑みを浮かべ、そして真剣な顔に戻る。

「皆、これが我々の戦いだ。お前たち一人一人の覚悟が、戦場でどれだけの力を発揮できるかにかかっている」


 エリアスとセリナも改めて団長の言葉を心に刻み、表情を引き締める。

 そんな二人に団長は告げる。


「正直、まだ幼い二人を戦場には出したくない。命を奪うと言う経験をしてほしいとは思わない」


 団長の言葉に、二人は俯く。これは魔物を倒すのとはわけが違う。正真正銘、生きるか死ぬかの戦いなのだ。

 殺すのは魔物ではなく、同じ人間だ。


「もう一度問う。本当に、私たちと同じ人間を殺す覚悟があるのか?」


 エリアスとセリナは団長の重々しい問いに、わずかに顔を見合わせた。

 それぞれの胸には異なる感情が渦巻いているが、共通しているのは覚悟と迷いの間で揺れる心だった。

 エリアスが先に口を開いた。


「……僕には正直、自信がないです。でも、この戦いを避けて通れない以上、覚悟を決めるしかない。僕たちの戦う意味が、ただ殺すためだけじゃないと信じたいんです」


 一方、セリナは視線を団長から外さず、静かに息を整えた。


「私は、戦うことを選びました。自分の手を汚す覚悟も、その結果を受け入れる覚悟もあります。ただし、無闇に人を殺すつもりはありません。戦場に立つ以上、守るための力も、攻撃するための力も……自分の責任で使います」


 団長は二人の言葉に静かに耳を傾け、やがて重々しくうなずいた。


「その覚悟、しかと聞いた。ならば行け。どんな戦いでも、自分の信じた道を忘れるな」

「「はい!」」


 真剣な面持ちでいる二人に、俺は雰囲気を和ませるために口を開いた。


「エリアスにセリナ。もし敵が俺たちを見て笑ったらどうする?」


 その言葉に、二人は困惑した表情を浮かべる。


「えっと、怒る、でしょうか?」

「表情を崩さない、とか?」


 俺は人差し指を振って「違う」と否定する。


「その時は『君たちの笑いは戦闘力に反映されないぞ!』って言ってやるんだ。笑ってる暇があったら、武器を持てとな。団長だって似たようなことを言うさ。ね、団長?」


 団長は呆れながらも、俺の真意を察して答えた。


「そうだな。私だったら『笑ってる暇があるなら、君たちの戦術を見直したほうがいいぞ!』って言ってやるさ」

「ついでに笑いと武器を交換した方がいいですよ」

「奴らには武器は不似合いだな」


 俺と団長の会話に周囲は呆れているが、戦場ではよく軽口を言い合っていたりする。

 すると、エリアスとセリナが思わずと言った様子で笑い出した。

 どうやら緊張が和らいだようだ。

 俺は二人のその様子を見て、肩を叩いた。


「緊張も和らいだことだし、いよいよ行くか。敵に気づかれないよう慎重に、でも大胆に行動するぞ。俺たちならきっとやれる」


 二人は頷き、俺と共に天幕を後にする。

 奇襲班としての任務が決まり、気を引き締めながら、俺たちは森の方角へと歩み始めた。

 戦場の冷たい空気が肌に触れる。

 俺は元から生きるために命がけだったが、二人は今、命を懸けた覚悟を試される時に挑もうとしていた。



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