第3章

第1話:それは勇者ではなく蛮勇

 戦場の喧騒が広がる中、俺たちは次の指示を待ちながら陣地に身を置いていた。

 青ざめた表情のエリアスとセリナは、俺に何かを期待するような目で見てくる。二人の視線に気づいた俺は、軽く肩をすくめて笑って見せた。


「俺はただの平凡な兵士でいたいんだけどなぁ……毎回妙な期待を寄せられてさ、普通でいるのも楽じゃないってやつさ」


 すると団長がやってきた。


「リク、この状況でもジョークか? だがまあ、週末の馬鹿どものバーベキューよりはマシだと思ってる」


 第三騎士団では、週末は野郎どもが集まりバーベキューが行われている。

 参加をするもしないも自由だが、毎回バカ騒ぎしてお役所から怒られていたりする。

 すると小さくクスッと笑い声が聞こえた。

 どうやら少しは緊張が和らいだようだが、緊張の色はまだ消えない。勇者としての使命が重くのしかかっているのだろう。

 それを感じ取った俺は、少しでも彼らの気持ちを和らげようと、少し冗談を交えて話しかけた。


「そういえば、戦場って思ったより退屈なところなんだぜ? 待ち時間が多くてな。今のうちに腹ごしらえでもしておくか?」


 エリアスが驚いた顔をして、「こんな時に食事ですか?」と聞いてきた。俺はうなずきながら、携帯していた干し肉を取り出してみせる。

 エリアスとセリナは、俺と戦場を何度も見返す。


「あの、目の前で仲間が……」

「早く助けに行かないと!」


 出て行こうとする二人を団長が引き留める。


「そう急ぐな」

「ですが! 目の前で仲間が死んでいるのですよ⁉ 見過ごせと言うのですか!」

「見方を見捨てたとなれば、勇者の名が地に落ちます!」


 なんとか助けに行こうと力説する二人に、団長が何かを言う前に俺が告げる。


「人も殺したことがないヤツが、戦場で活躍できると思うか?」


 その言葉に二人は黙り俯いてしまう。しかし二人は顔を上げた。


「それでも、このまま見捨てるわけにはいきません!」


 エリアスの言葉に、俺はどうしたものかと団長を見る。


「……これは共同作戦だが。リーダーであるリクが決めるべきだろう。しかし、作戦的にはここで勇者の存在を敵に知られるわけにはいかない」


 もっともな意見に二人は押し黙る。

 二人の強い決意の表情を見て、俺は小さくため息をついた。そして、なるべく冷静でいながらも彼らが理解できるよう、現実をしっかり伝える。


「エリアス、セリナ。戦場ってのは、お前たちが思っているよりずっと厳しい場所だ。今、仲間を助けたいと思う気持ちは大事だ。だが、勇者としてお前たちが無闇に動けば、敵の目にさらされ、貴重な戦力を失う可能性もある」


 二人は口を開きかけるが、黙り込み、話を聞き続けた。俺は淡々と続ける。


「勇者としての力は、みんなの希望だ。だから、安易に目立つ行動をとって、ここで命を危険にさらすわけにはいかないんだ。ここでお前たちが飛び出しても、状況は悪化するだけだ」


 セリナが悔しそうに唇を噛む。


「それじゃ……私たちはただ待つしかないのですか?」


 その言葉に俺は深く頷き、彼女らの覚悟を試すように視線を向けた。


「そうだ。今の俺たちの役割は、適切なタイミングを見極めることだ。無駄に動けば、逆に多くの仲間が傷つくことになる。勇者の力を発揮するためには、今は堪えることも必要なんだ」


 しばらく沈黙が続いたが、エリアスが小さくうなずいた。それを見て、団長も頷きながら口を開く。


「リクの言うとおりだ。命を軽く見てはいけない。戦場では、ただ助けたい一心で突っ走るのは、勇気じゃなくただの蛮勇だ。自分の役目と責任を理解し、それを果たす覚悟こそが、本当の成長に繋がる」


 団長の言葉が二人の胸に響いたのか、エリアスとセリナは覚悟を決めたように表情を引き締めた。そして、俺に向かって小さく頷く。


「分かりました、リクさん。私たちは冷静に、今の自分たちにできることをやります」


 俺は少し安心し、二人の成長を感じ取る。それと同時に、彼女らの覚悟に応える責任も重く感じた。


「いい心構えだ。お前たちの力は戦場でも確実に役立つ。いざという時には俺がサポートするから、互いに気を配りながら戦うんだ」

「「はい!」」

「んじゃあ、天幕に戻って飯でも食べながら作戦会議といきますか。ね、団長?」

「そうだな。作戦はリクが考えるのだろう?」

「へ? ただの兵士が作戦を?」


 どうして俺なのかと、解せない気持ちになる。


「前回の戦争だって、主にお前が細かな指示をしていたではないか」

「あ、あれは、そうするしかなかったと言うか……たまたま成功したり、上手くいっただけですよ。あはは……」


 熱々な団長の視線に耐えきれなかった俺は、顔を明後日の方向に背けた。

 少しして団長から呆れたような、ため息が聞こえた。


「さっさと作戦会議をするぞ」

「……うっす」


 トボトボと天幕へと戻るのだった。



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