第2話:王様の命令は絶対

 昇進が消えたことが嬉しく、朝早くから起きてしまった。

 少しだけ鍛錬をしてから汗を流し、兵舎の食堂に向かう。賑わっており、朝食を受け取ると席に着いて食べ始める。

 すると同僚が声をかけてきた。


「リク、やけに嬉しそうだな?」

「そりゃあもちろん! だって昇進が消えたんだ! これ以上にないくらい嬉しいさ!」

「そ、そうか。普通は喜ぶところなんだけどな……」

「俺は目立つことなく、平穏に暮らしたいのさ」

「リクの実力はみんな認めているんだ。反対する人なんていないだろ」

「それはそれ、これはこれ。目立たない門番とかできればいいな~」


 反応がないので隣を見ると、同僚が俺の後ろを見ながら顔を青くしていた。

 どうしてだろうか? ご飯が不味かったのかな? 俺のはいつも通り美味しかったけど……

 そして、指差す同僚君。気付けば周りで食べていた全員が顔を青くしていた。

 俺の後ろに何かいるのか?

 振り返った先にいたのは――めちゃくちゃ笑顔の団長のメイリスだった。

 俺は瞬時に理解した。これは、怒っていると。なので、満面の笑みを浮かべつつ、空いてる席を手で指しながら口を開いた。


「団長、ご機嫌麗しゅう。席が空いているのでご一緒にいかがですか?」

「……是非、一緒にいただこう」


 瞬間、同僚君を含めて俺たちから「ごゆっくり~」と距離を取られたことに、「逃げたなチクショー!」と内心で恨みの籠った声を上げた。

 さっさと食べてこの場を去ろうとしたのだが、「お先に失礼しますね~」と立ち上がった瞬間、団長に睨まれる。


「昇進、随分と嫌いなようだ」


 俺は自然と席に座り直し、冷や汗をダラダラと流す。


「え、ええ。自分には荷が重いですから」

「そうか。優秀な君に任務を用意した。このあと、執務室まで来るのだ」

「……はい」


 逃げられないと悟り、小さく返事を返した。

 食事を続けながら、団長は口を開く。


「リクには作戦立案と、部隊長についてもらおうと考えていた」

「自分が、ですか?」

「君が考える作戦は、多くの人を救ってきた。同時に、王国に勝利をもたらした。この功績は計り知れない。加えて、君自身が強いことだ」

「つ、強くないですよ」

「敵将の首を取ってか?」

「……アレは、たまたまです。味方が作った隙を突いた結果です」


 でまかせである。ここで肯定して、俺の有用性を見せつけてしまっては、また昇進の話しが上がってくるに違いない。


「今はそういうことにしておこう。では、食事は済んだし、行くとしよう」

「……はい」


 どんな任務を与えられるのか、内心ビクビクしながら団長の後をついて行く。

 食堂を後にして、執務室へとやってくる。

 重厚な木製のデスクの向こうで、団長は俺を鋭い眼差しで見つめていた。彼女の赤い瞳は冷静そのもので、凛とした姿が際立つ。今日も団長としての風格は変わらず、肩に流れる赤髪はまるで燃え盛る炎のようだ。


「リク、話がある」


 メイリスの声は低く、しかしその一言に含まれる重みは明確だ。

 俺は少し緊張しながら、団長の机の前に立つ。いつもは飄々としている俺だが、今の団長の雰囲気は逆らえないし、揶揄えない。


「魔王の復活が確認された」


 メイリスは静かに続ける。


「国王陛下より、勇者候補を新たに選定し、育成するよう命じられた。これは王国、周辺諸国の存亡に関わる問題であり、拒否は許されない」


 俺の顔が若干引きつる。魔王の復活――まさか、そんな話が現実になるとは。内心では「関わりたくない」と思いながらも、口には出さない。


「第三騎士団に、その育成の責任が課せられた。勇者候補たちを訓練し、育て上げるのがお前の任務だ」


 俺は言葉を失った。

 なんでそんな責任重大な任務を、兵士の俺が引き受けなくちゃならねぇんだよ⁉


「いや、団長、俺はただの兵士でいたいだけで――」

「リク」


 メイリスの冷たい声がリクの言葉を遮る。


「これは国王陛下の命令だ。お前に拒否の余地はない」


 その一言で、俺は全てを悟った。逃れられない運命が、今ここにある。団長の命令は絶対であり、俺はそれを受け入れざるを得ない状況だ。


「わかりました。しかし、なぜ私なのでしょうか? もっと他に適任者がいるはずです」


 俺は一般兵士だ。国王がそんな俺に命令を出すとは思えなかった。


「先の帝国との戦争で、リクはいくつもの功績を上げている。それはすべての騎士だや軍部の高官たちも知っている。陛下もリクの功績を聞き、こうして頼んでいるのだ」

「い、いやぁ、俺はただの兵士ですよ?」

「昇級していれば、今頃は異例の四階級特進だっただろう」

「よ、四階級って、副団長クラスじゃないですか。……もしかして死んだときの前払いだったりします?」


 まず先に、騎士団・王国軍の軍階級制度を説明しておく。

 最初に『王国元帥』。騎士団全体の最高指揮官であり、王や、参謀本部と連携しながら全軍を統括している。国家の防衛や戦争における最終的な決定権を持っている。

 次に、『将軍』。複数の騎士団や軍を指揮し、各団長の統括を行っている。戦略的な全体方針を策定し、国土防衛や遠征における指揮を執ることが多い。

 そして『騎士団長』。各騎士団の指揮官で、直接的な部隊運用や指揮を担当。部下たちに対して命令を下し、戦場では戦術的な指導を行っている。

 次に『副団長』。騎士団長を補佐し、戦闘や日常業務の管理を担当している。団長が不在の際は、指揮を引き継ぐこともある。

 その下に『参謀』。参謀本部の一員として、団長や将軍に対して戦略や作戦の助言を行うが主な役割だ。情報収集や作戦立案に従事し、部隊の運用に大きく貢献している。

 次に『騎士隊長』。小規模な部隊や分隊を指揮し、現場での戦闘を指揮する。騎士団内で一部隊のリーダー的役割を果たす。

 先の戦争では、そんな隊長が、俺に作戦の指示を乞う始末だ。


 次に『騎士』。騎士団の中心的な戦力。正式な騎士として認められており、個人の戦闘能力は、兵士よりも高い。

 最後に『兵士』。騎士団に属する一般の兵士。訓練を受けて戦闘に参加するが、まだ騎士の称号は持たない。俺はここに属している。


 そんな俺が、四階級特進である。異例すぎるのと、一般兵士から一気に副団長まで昇級するとか怖いわ。


「馬鹿なことを言うな。リクにはそれだけの実績がある。そんなリクに、陛下直々に命令しているのだ。やってくれるな?」

「わかりました。その任、引き受けさせていただきます」


 俺は仕方なく頷く。が、その心の中では、どうやってこの厄介ごとから逃げ出せるか、すでに計画を練り始めていた。



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