第3話:団長は知っている!

 どうやってこの厄介ごとから逃げ出すか、脳内で思考していると団長が続けた。


「とはいえ、まだ勇者候補は選定中だ。時間はあるから安心するといい」

「そうなんですね。なら自分に役割が回ってこない可能性もありますね」

「……どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

「そりゃあ、厄介ごとがなくなれば――あっ……」


 そこで俺は続きの言葉を飲み込んだが、時すでに遅し。

 団長が満面の笑みを浮かべていた。


「そんな優秀な部下である君に、特別な任務を与えよう」

「結構で――」

「あ?」

「このような一般兵士である私に任務を与えてくださるとは、光栄の極みです!」

「そうだろうそうだろう。優秀な君には、隣国ヴァルガン帝国との国境にある調査任務だ」

「……帝国とは先日、停戦協定を結びましたよね?」


 先の戦争で、隣国のヴァルガン帝国とは停戦協定を結んでいるが、まさか……

 俺が言いたいことを読んだのか、団長は頷いた。


「そうだ。帝国は侵略を諦めていない。報告では、国境での不穏な動きが報告されている。向こうは偽っているが、帝国兵で間違いないとのことだ」

「馬鹿なのか⁉ なんで停戦協定を結んでおいて、すぐに行動しているんだよ!」

「言いたいことは分かる。帝国が何か企てているのは事実。これを調査してくるのがリクの任務だ」

「めちゃくちゃ重要な任務じゃないですか……わかりました。ところで私一人でしょうか?」

「当然だ。お前は隠密も得意だろう?」

「いえ、そんなことは……」


 得意とまではいかない。俺なんて本職に比べたらお粗末な部類だろう。


「謙遜はいい。今日は休息し、明日から始めてくれ」

「……わかりました」


 俺は執務室を出て行き、兵舎にある自室に戻った。そのままベッドにダイブして嘆く。


「なんで俺なんだよぉぉぉお! これ以上目立ちたくないのに!」


 目立って昇進すれば、これから先、軍部で生きていくことになるだろう。嫌だ。ずっと軍と一緒なんて……さっさとやめて悠々自適な生活を送るんだ!

 そこで俺は閃いた。


「わざと無能を演じよう。そうすれば昇進もなくなるし、要らない期待を背負わなくて済む。うん、そうしよう」


 そう思うと気が楽になった。

 なんだ。最初から無能を演じていれば良かったんだ。



 ◇ ◇ ◇



 副団長は、団長がいる執務室に入る。


「失礼します。メイリス団長、リクに行かせて良かったのですか?」

「お前だってリクが優秀なことくらい知っているだろ。私とお前だって、先の帝国との戦争で身を以って体感しているはずだ」

「地獄の最前線を生き抜けたのはリクの存在が大きいでしょうね」


 リクは、状況が目まぐるしく変わる戦場で、冷静さを失わず、戦況全体を瞬時に把握していた。敵の動きや地形を鋭く観察し、自軍の弱点や敵の隙を正確に見抜いていた。

 敵軍の密集隊形を見て、即座に分析を図るような指示を出したり、自ら少数精鋭の部隊を率いて敵の指揮官を狙った精密な攻撃を行っていた。この動きによって、戦局を一気に有利に士、メイリスや副団長は彼がいかに状況を読んで行動できるのかを目の当たりにした。


「リクの戦況分析と判断力は脱帽ものですが、なにより目を引くのは、彼自身の実力でしょうね」

「そうだな。リクは魔法が使えないが、魔力量は多く、魔力制御も完璧に近い。加えて、無駄のない剣技だ。団長の私でも、リクのような剣は振るえないし、もしリクと戦っても私が負ける」

「団長がリクに負けるのですか?」

「確実に負ける。リクは実力を隠している。先の戦争でも、その一端に過ぎないだろうな」


 メイリスはリクが戦っていた光景を思い出す。

 無駄がなく洗練された動き。撃一撃が正確で、無駄な力を使わずに、最小限の動きで敵を倒していた。これは強者だからできる技であり、団長であるメイリスでも難しい。

 普段は隠しているのだろうが、メイリスは知っていた。


 仲間が死に、二人きりになった状況があった。その時にリクが「団長、今から起こることは見なかったことにしてください」と言い放ち、彼が持つ圧倒的な魔力を解放したのだ。

 普段はほとんど魔力などないようにみえるが、隠していた。あの圧倒的な魔力量を隠せる、魔力操作の技術の高さが伺えることだ。


 リクは戦闘中、身体強化をしながら戦っていた。剣を振るうと同時に、周囲に強力な魔法障壁が展開され、敵のすべての攻撃を完全に防ぐ。そして、自ら魔力を剣に纏わせて振るうことで、敵の重装兵すらも一撃で粉砕していた。この圧倒的な力の差に、メイリスは驚きを隠せなかったのと同時、恐怖した。もし、リクが敵で本気を出していたら、この戦争は一方的な敗北で終わっただろうと。

 リクの力の一端を垣間見えたが、まだまだ隠している。あの時の戦いは、実力の半分も出していないと。上層部には、リクの先の戦争での功績のみしか話していない。

 リクの持つ力に関しては、誰にも話していない。

 望んでもいないことを話し、彼を敵に回すのは騎士団長であっても御免だからだ。


「ただ、本人が昇進したがないのは問題だな」

「ですね」


 リクは昇進を頑なに断っている。私としては、優秀な人材を一般兵に止めておくのは惜しいと思っている。何としても、彼を昇進させなければ……

 団長は決意するのだった。



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