第5章
第1話:兵士の俺、作戦を立てる
休養明けからすぐに、俺は参謀本部に顔を出して話し合っていた。
休みでも忙しかったけどね。
参謀本部では、どこに戦線を構えるかが問題だった。
「敵の進攻ルートが判明すればいいのだが……」
そう呟いたのは、アルカディア王国軍の将軍アグラス。
何度もヴァルガン帝国との戦争を生き抜き、多くの武勲を上げて将軍にまで上り詰めた豪傑である。
参謀本部で俺たちが頭を悩めていると、ある重大な報告が俺たちの元に舞い込んだ。
「偵察に出ていた第四諜報班から報せで、北東にてオークに動きありとのことです!」
伝令が駆け込んできて焦った表情でそう告げた。
その報告を受けて、部屋の空気が一気に引き締まるのを感じた。アグラスが伝令に場所を尋ねる。
「場所、あるいは進行方向は?」
「進行方向の先ですが――ここ、王都です」
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
五千のオークが侵攻を開始したのだ。
俺はすぐに、テーブルに広げられた地図へと視線を落とす。メイリス団長が「何か分かったのか?」と尋ねて来たので、整理してから全員に向けて口を開いた。
「オークは操られており、最短でここ、王都に来ることでしょう。距離とルート、移動速度を考えて二週間ほどかと。実際に私たちは馬を使い最短で帰ってきたので、合っているかと」
俺の言葉に誰かは息を呑むが、構わずに続ける。
「移動と陣地構築を考えて猶予は一週間。北東にあるルドル砦を最終防衛ラインに設定し、決戦となる場所は――ここです」
そう言って俺は地図にある一点を指差す。
「この場所なら開けた盆地になっており、川を挟んで対峙できます。先に陣地を構築し、橋を壊せば、相手は攻めるときに川を渡らなければなりません。ここで一気に数を減らせば、少しは楽が出来ると思います」
一人の司令官が「周辺国からの増援は望めない」と苦言を零す。他にも「オーク五千を相手に、同党の五千でどうやって戦えと……」と弱音を吐いている。
数は同じだが、個の強さはオークの方が上だ。そう思うのも仕方がないことだろう。
兵力を増やしたいが、帝国との国境の防衛や最終防衛ラインを守る戦力、王都を守る戦力も必要な状況。現状、これが限界と言えた。
アグラス将軍も「これでは……」と弱気である。
しっかりしてくれよ、将軍だろ。
俺は全体を見渡し、高らかに告げた。
「どこに怖気づく必要がありますか? 相手は所詮、オーク。低俗な緑の獣に、我ら騎士団の力をその身に刻んでやりましょう!」
俺の力強い言葉に、室内の士気がわずかに上昇するのを感じた。けれど、それだけでは足りない。弱音が出る理由は、恐れや不安を解消できていないからだ。だからこそ、戦術的な勝算を示さなければならない。
地図を指し示しながら、さらに説明を続ける。
正直、作戦とかは参謀本部で考えてほしい。なぜ兵士の俺がこんなことしなくちゃいけないんだ。俺に戦術まで任せたら、参謀本部の奴らの給料分も俺に寄越してくれよな?
ただ働きは御免だぞ。
「この盆地では川を利用して防衛線を敷くと同時に、敵の数を分断できます。まずはこちらの陣地で砦を構築し、橋を意図的に一部だけ残します。その橋を渡ろうとする敵を狙い、弓兵と魔法部隊で徹底的に撃ち抜く。さらに、橋を渡りきれた敵がいれば、我々騎士団が迎え撃つ形です」
騎士団長の一人が、半信半疑といった表情で質問してきた。
「だが、橋を壊したとして、残った橋を集中して守れるのか? 敵の勢いに押されて突破されれば、それで終わりだぞ」
「確かにその可能性はある。しかし、これが最善策です。橋を渡るには必ず狭い地点に集中する。そこを徹底的に叩くことが、対抗する鍵です」
俺の言葉に、司令官たちの目が次第に真剣さを帯びていく。
恐らく、彼らも心の中では理解しているのだろう。この状況下で戦うならば、正面からぶつかるのではなく、地形を活用して敵を分断して削るしかないと。
さらに細部を詰めていく。
「弓兵と魔術師部隊は橋を狙い、敵が渡りきれないよう火力を集中させる。橋を渡るのに必要な時間を計算し、それに合わせて罠を仕掛けるのも手です。オークは力強いが、知性が低い。悪魔教徒や魔族が背後にいるとしても、正面突破しか考えないでしょう」
「魔法部隊はどれほど投入可能なのだ?」
メイリス団長が尋ねてくる。
「……現在動員できるのは、王国軍所属の魔法部隊およそ百名。これに冒険者や義勇兵の魔法使いが五十名ほど加わる予定です」
一人の司令官が答えた。
「なるほどな。火力は十分だが、持久戦に耐えられるかが問題だな」
「そこも計算のうちです。魔力消費を抑えるため、効果範囲の広い魔法は橋や川付近でだけ使用する。それ以外は弓兵による支援でカバーしましょう」
俺の説明を終えると、しばらくの沈黙の後、アグラス将軍が静かに立ち上がった。
「……良い案だ。敵の数に圧倒される戦いでは、地形を活かすことが肝要だ。私もこの戦術に賛同する」
その言葉を皮切りに、次々と賛同の声が上がる。
「確かに、橋を使わせるという発想は良いな。これなら守りやすい」
「魔法部隊を要所に配置すれば、さらに効果的だろう」
騎士団長や参謀、司令官なども賛同し始める。
徐々に部屋の雰囲気が変わり始めていた。
最後に、メイリス団長が微笑みながら俺に言った。
「やるじゃないか、リク。次は戦場でその腕を見せてもらうとしよう」
「作戦も考えたし、これで終わりかと思ったら次は戦場に駆り出されるんですね。働き過ぎで倒れたら、ちゃんと労災申請しますからね?」
「安心しろ、昇級させてやる」
「勘弁してくださいって。兵士のままでいいので。その代わり、給料アップは期待してますからね!」
「お前の給料、副騎士団長並みなの理解しているか?」
もちろんでさぁ。
隠居した時の貯蓄は多い方が良いからね。
みんな「兵士が貰う給料じゃねぇだろ」や「ここまで有能な兵士、なんで昇級してねぇんだ……」と呟いていた。
いや、目立ちたくないし。今更感あるけど。
「あ。これ、全部成功したら、俺の銅像でも立つんですかね? もし立てるなら、カッコよく制作してくださいね!」
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