第2話:帰り道は忘れない

 その後、会議が終わって解散すると、俺は早速戦闘準備のための部隊編成と物資調達に取りかかった。

 戦術を考えただけで終わるなら楽だが、実際には細かい準備と調整が山のようにある。

 とは言っても、ほとんどは参謀本部が考えるけど。兵士の俺にできることなど少ないが、今回に限って言えばそうではない。


 今回に限って言えば、俺は団長クラスの権限が一時的に与えられた。

 しかし、周囲の反応は「本当ならそれくらいの実績はあるし」と納得していた。

 そこは納得しないでもらいたい。何度も言うが、俺は兵士だ。


「これで終わりかと思ったら、仕事が増えてる……」


 俺は小声でぼやきながら、王都の兵站部に向かった。そこでは物資や武器の確保、そして弓兵や魔法部隊の編成状況を確認しなければならない。


 特に重要なのは魔術師たちの統率だ。

 彼らは個々の実力は高いものの、訓練された軍のように組織だった行動には慣れていない者も多い。義勇兵や冒険者が加わるとなると、その傾向はさらに強まる。


「魔法部隊の調整は厄介だな。命令が正確に伝わらなければ、魔力が無駄になる……」


 悩みながら資料に目を通していると、メイリス団長がやってきた。


「リク。そろそろ食事にでも行かないか?」


 珍しくメイリス団長が昼食に誘ってきた。


「行きますよ。ただし団長の奢りでお願いしますね?」

「……こんなに有能な部下がいる団長って、逆に不安になってくるな」


 俺とメイリス団長は軽口を叩き合いながら、作戦準備を進めた。

 王都の運命がかかった戦いだというのに、こうして笑いながら準備できるのは、ある意味幸せなのかもしれない。


 食事をしていると、メイリス団長が聞いてきた。


「……リク、お前は怖くないのか?」

「そうですね。団長に叱られるのは怖いですよ? 減給されないかビクビクしてます」


 するとメイリス団長は「この状況で冗談か?」と若干呆れていた。

 俺はメイリス団長が何を言いたいのか理解している。そのうえで冗談を挟んだだけだ。


「怖いか怖くないか言われたら、それりゃあ怖いですよ。死ぬかもしれないんですから」


 メイリス団長が口を開こうとしていたが、俺は「でも」と言葉を続けて遮った。


「誰かが戦わなければならないなら、俺は仲間を守るために戦いますよ。だって俺は強いですから」


 事実、俺は誰よりも強いと理解している。俺よりは強いヤツは探せばいるだろう。それでも強者としての、力を持つ者としての責務がある。

 俺の言葉に、メイリス団長は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「お前、本当に妙なやつだな。強いならもっと上の地位を目指せばいいものを、どうしてそこまで兵士に拘るんだ?」


 何度も聞かれる質問だ。

 しかし、俺には荷が重いし、責任という重圧を背負いたくないのだ。本当に気楽でいたい。ただそれだけなのだ。


「俺は生粋の怠け者ですからね。それに、上に行けば行くほど、責任という重圧が圧し掛かる。命令一つで仲間が全滅することだってある。だから戦場で剣を振るってる方が性に合っているんです。気楽ですから。一番は平兵士のまま引退して、隠居後は平穏な生活です」


 俺が肩を竦めて答えると、メイリス団長は「そうか」と苦笑しながらグラスを口に運んだ。


「団長は俺のことを褒めますけど、俺よりも団長の方が凄いです。俺がやりたくないと思っていることを、進んでこなしているんですから。でも、あまり肩に力を入れない方がいいですよ。何事も気楽にやればいいんです」

「そ、そうか……」


 若干、メイリス団長の頬が紅く染まっている。

 ……お酒飲んでたっけ?


「顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」

「な、なんでもない……!」


 そう言ってメイリス団長は立ち上がって会計を済ませてどっかに行ってしまった。

 なんだったんだろうか?


 その日の夜、俺は準備が一段落したことを確認し、兵舎のベッドに横になった。

 王城暮らしなんて昨日で終わっている。エリアスとセリナ、カイル達とも別行動だ。

 明日からはルドル砦への移動が始まる。物資の運搬や兵士たちの士気管理、さらに現地での防衛線の構築など、やるべきことは山積みだ。

 天井をぼんやりと見つめながら、俺はふと独り言のように呟いた。


「……怖いけど、やるしかないよな」


 何度も戦場を駆け抜けてきた俺でも、敵が五千ともなれば心が揺れる。ましてや、相手はオークだ。人間よりも身体能力が高く、単純な力では到底及ばない。だが、それでも俺たちは戦うしかないのだ。


 目を閉じ、少しでも眠ることに集中する。戦場では体力を削られる。今のうちに休息を取っておかないと、持たない。

 寝不足で倒れてそのまま棺桶にレッツゴーはしたくない。


 翌朝、俺たちは王都を出発し、北東のルドル砦へ向けて進軍を開始した。

 兵士たちの行軍は規律正しく、戦場慣れした者たちが多いことを実感させられる。それでも、緊張の色が全くないわけではない。


「リクさん、あの……」


 隣を歩いていた若い兵士が、俺に話しかけてきた。

 彼は入隊したばかりの新人で、実戦なんて今回が初めてだ。


「どうした?」

「本当に……本当に、勝てるんでしょうか?」


 彼の声は震えていた。俺は一瞬だけ考えた後、穏やかな声で答える。


「勝てるかどうかはやってみなきゃ分からないが、少なくとも俺は帰り道を忘れないタイプだ」


 忘れたら帰れないからね!


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