第9話:無理して頑張るのは体に悪い
伯爵級悪魔が繰り出す猛攻は、確かに常人なら一撃で葬られるような威力を持っていた。
鋭利に光る爪が目にも留まらぬ速さで迫るが、俺は身をひるがえして紙一重で回避する。
「おいおい、そんなに必死にならなくてもいいだろ。力の温存って言葉、知らないのか?」
悪魔の爪が地面に突き刺さり、大きな亀裂を生む。その隙を突いて、俺は軽い反撃として悪魔の横腹に一閃。深手には至らないものの、黒い煙が立ち上る。
「くっ……貴様、なぜそれほど冷静でいられる……⁉」
悪魔は一瞬後退しながら睨みつける。その瞳には、徐々に焦りの色が浮かび始めていた。
対して、俺は肩をすくめてみせる。
「そりゃ、俺のほうが強いからだろ?」
実際に戦ってわかったが、伯爵級悪魔はたいして強くない。団長たちだって、死ぬ気で戦えば勝てるだろう。
余裕の態度を崩さない俺に、悪魔はさらに苛立ちを募らせた様子で、再び爪を振りかざして突進してくる。だが、その動きは先ほどよりも僅かに遅くなっていた。
「おっと、遅いな」
悪魔の一撃を剣で弾き、そのまま体を回転させてさらに一撃。
今度は悪魔の右肩を深く切り裂く。
「ぐあっ!」
悪魔の苦痛の叫びが響く。攻撃の手が緩んだ隙に、俺は一歩下がり、構え直した。
目の前の悪魔は、息が荒くなり、疲労の色が見え始めている。
攻撃を繰り出すたびに自らを削っているようだった。
「もう休めよ。無理して頑張るの、体に悪いぞ?」
「黙れ! この私が、人間ごときに……!」
怒りに駆られた悪魔が、最後の力を振り絞って猛攻を仕掛ける。
しかし、それも俺にとってはただの遅い打撃でしかなかった。
剣で爪を受け流し、時には身を翻して躱す。
「ほら、ここだってガラ空きだ」
悪魔の隙を的確に見抜き、俺はさらに反撃を繰り出す。
左足を狙った一撃でバランスを崩させ、右腕を斬り、ついには胴体に深い傷を負わせた。
「ぐっ……ぐああっ!」
伯爵級悪魔は膝をつき、明らかに限界に達していた。
もはや立ち上がる力も残っていないらしい。
「終わりだな」
俺は静かに剣を構え直し、悪魔に最後の問いを投げかける。
「何かママに遺言はあるか? まあ、聞く気はないけどさ」
「貴様……いったい……何者、だ……?」
悪魔が呟きながらその体を崩し始める。俺はため息をつきながら呟いた。
「目立つの嫌いな、ただの兵士だよ」
剣を振り下ろし、悪魔を完全に葬り去った。
その瞬間、伯爵級悪魔の体が黒い塵となって消え去る。
辺りが静寂に包まれた。伯爵級悪魔が倒れたことで、残りは眷属の悪魔のみになった。
振り返り団長たちを見ると、どうやら同じタイミングで最上級悪魔倒したようだった。
俺が伯爵級悪魔を倒したのを確認すると、ガストン団長が剣を掲げ声を上げた。
「後は低級どもだ! 勝ち切るぞ!」
騎士たちが声を上げ、伯爵級悪魔、最上級悪魔と脅威が去ったことで士気が上がる。
その後、誰も欠けることなく、眷属たちがすべて消え去った。
戦場には残った騎士たちの重い息遣いだけが響く。俺は剣を肩に担ぎ、疲れた表情の団長たちのほうに向き直った。
「これでひとまず終わりですね。お疲れ様です」
メイリス団長は未だ険しい表情を保ちながら、俺を睨む。
「リク……よくやった」
俺は笑いながら答えた。
「俺を誰だと思っているんですか。ちょっと優秀な兵士ですよ」
「その“ちょっと”が常識を超えているんだが……」
メイリス団長は呆れ顔で頭を抱えるが、ミラ団長が肩を叩いてくる。
「まあいいじゃないか。リクがいなければ、ここで全滅していたかもしれないんだぞ。感謝しよう」
「そうだな……だが、君の力には報告書を出さざるを得ない。あまり目立つなと言いたいが、今更だな」
「目立ちたくてやったわけじゃないですから。仲間を守るためですよ」
苦笑しながら答えると、ガストン団長が豪快に笑った。
「リク、面白い奴だな。だが、その強さは本物だ。また一緒に戦える時は頼むぞ!」
「まあ、目立たない範囲で頑張りますよ」
「助かった。リクがいなければもっと多くの犠牲を払っただろう」
「ミラ団長、そんなことないですよ。みんなで勝ち取った勝利ですよ」
「ふっ、そうだな」
団長たちがそれぞれ安堵の表情を浮かべる中、俺は心の中でため息をついた。
――結局、これでまた噂が広がるんだろうな。静かに暮らしたいって言ってるのに、なんでこうなるかね。
戦場の後片付けが進む中、俺は辺りを見渡していた。
倒された悪魔たちの塵が風に乗って消えていき、騎士たちが負傷者を助け合いながら撤収の準備をしている。
ふと、視界の端に気になるものが映る。
戦場の隅、瓦礫の影に何か光るものが転がっているのを見つけた。俺は自然とそちらへ足を向けた。
「リク、どこに行く?」
メイリス団長の声が背後から飛んでくる。
「ちょっと気になるものがあっただけです。すぐ戻ります」
軽く手を振って応え、光る物体の前に立つ。
それは異様な形をした宝石のようなものだった。悪魔の血が染みついているのか、漆黒の輝きを放っている。
「これは……?」
手を伸ばそうとした瞬間、背後に冷たい気配を感じた。振り向くとそこには、黒いローブをまとった人影が立っていた。
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