第7話:調査は終わらない
印の付いた谷に到着した頃には、オレンジ色に染まっていた雲が、次第に紫がかって、やがて濃紺の闇へと飲み込まれていた。
温かかった風が、いつの間にか肌寒くなって、肩をすくめた。遠くから聞こえていた鳥の声も静まり、落ち着いていた。
「はあ、さっさと終わりにして帰りたい……」
とはいえ、任務なのだからやり遂げなければならない。
俺は、周囲を警戒しなら谷底へと降りていく。
谷底に降りると、遠くから微かに声が聞こえてきた。耳を澄ますと、それは一人や二人ではなく、何人もの人間が集まって話しているような感じだった。
言葉ははっきりとは聞こえないが、低く押し殺した声で、何かを打ち合わせているようだった。
「まずいな……」
俺は、慎重に足を進めながら岩陰に身を隠した。
声のする方向に目を凝らすと、暗闇の中で微かに火が灯っているのが見えた。
どうやら、集団が焚き火を囲んでいるらしい。
「誰だ…?」
俺はじっと様子を伺う。谷底の暗がりに紛れた姿は見えないが、その人数は少なくとも数名以上。
これが帝国の裏部隊か、それとも別の勢力か。だが、この時間と場所で集まる連中がろくな目的でないことは明らかだ。
「近づいて確認するしかないな」
俺は気配を消し、岩の影からゆっくりと火の方へと近づいていった。
魔力で自分の足音が響かないよう慎重に歩みを進め、さらに岩の陰に隠れて様子を見た。
そこには、複数の男たちが焚き火を囲んでいた。鎧をまとった者、ローブを纏った者、その中には明らかに帝国の兵士と思われる者も混じっていた。
すると、彼らの会話の内容がはっきりと聞こえてきた。
「王国の守備隊は、予定通り連れ去った。奴らは帝国の施設で尋問を受けている頃だろう」
「計画通りに進んでいる。これで国境は無防備だ。次の段階に進める」
俺の背中に冷や汗が流れた。やはり帝国の裏部隊が関わっていたのだ。
そして、守備隊は捕らえられ、すでに帝国側へと連れ去られた後だ。
今ここで彼らの計画を知ることができたが、このままでは大きな問題になる。
「次の段階……?」
彼らの会話に耳を傾けながら、俺はさらに慎重に前進した。
これ以上の情報を得るためにはもう少し近づく必要がある。だが、俺の足元で乾いた小石がカラリと音を立てた。
「誰だ!」
その瞬間、兵士たちの視線が一斉にこちらに向けられた。俺は反射的に身を引き、 岩陰に身を潜めたが、すでに彼らに気づかれてしまった後だ。
「そこに誰かいるぞ! 捜せ!」
数人の兵士が立ち上がり、こちらに向かってくるのが見えた。
俺は心の中で悪態をつきながら、剣の柄に手をかけた。
「仕方がない、か……」
敵の気配が近づいてくる。岩陰に身を潜めたまま、息を潜めて待機したが、時間はそう多くは残されていない。
兵士たちの足音が地面を踏みしめる音が次第に大きくなる。
相手の力量差が分からない現状、下手に動くべきではない。
暗闇と岩場を利用すれば、数人には奇襲が仕掛けられる。
敵の一人が岩の影に差し掛かった瞬間、俺は素早く剣を抜き放ち、一撃で仕留めた。喉元に正確に突き立てた刃が、声を上げる暇さえ与えない。
倒れた兵士を岩陰に引き込む。
「まず一人」
残りの敵はまだこちらを見つけてはいないが、俺の位置はバレはじめている。手早く動かなければならない。
その時、敵の声が聞こえた。
「見つけたぞ! あそこだ!」
仕留めた敵兵が見つかったようだ。
見つかるのは時間の問題だと思っていたが、予定より早い。
「力ずくで片付けるか」
俺は正面に躍り出た。
「やあ、帝国兵の諸君。入国証はお持ちかな?」
「殺れ!」
一斉に飛び道具や暗器やらを俺へと投げるが、すべてを紙一重で躱し、一番近くの敵へと接近して腹部を殴る。
「ぐふっ⁉」
殴られた一人は吹き飛び、背後の岩場に激突して気絶した。
情報を引き出すためには、あともう一人気絶させておきたい。しかし、続けて気絶させるとこちらの目的が分かってしまう。ここは一人、確実に仕留める。
近接戦をしたいのか、素早い動きで斬り込んでくる敵兵に、俺は剣を抜いて一閃。首が落ち、血しぶきを上げる。
「さて、残り二人だ」
「強いぞ!」
「一気に行くぞ!」
一人が詠唱し、火球を俺に向けて放つが、当たる直前で展開している障壁に阻まれた。その事実に驚愕する敵兵を無視し、俺の背後を取った敵兵の攻撃を躱して一閃する。喉元が切り裂かれ絶命する。
最後の一人になった敵の懐に一瞬で潜り込み、みぞおちに掌打を叩き込むと、そのまま白目を剥いて倒れた。
「これで制圧完了だな。これなら警戒する必要もなかったな」
気絶した敵兵をまとめて縛り上げ、毒や自害できそうな物を取り除く。次に周辺の捜索をする。なにか出てくる可能性があるからだ。
しばらく探していると、幾つか書類や地図が出てきた。
それを見ると、計画や連れ去った守備隊がどこにいるのかなどの情報が記載されていた。
「ちょっと待て、これ以上やるとまた面倒なことになるだろ……⁉」
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