第2章
第1話:謁見1
俺はヴァルガン帝国と国境から、数ヵ月ぶりに王都へと戻って来た。
この数ヵ月、王都ではてんやわんやの大騒ぎだったようで、裏切り者の処分や国境守備隊の再配置など色々と行われた。
そんな俺は現在、とても憂鬱な気分となっていた。
なぜか?
「さあ、リク。これから陛下との謁見だ。いいな?」
「……はぃ」
俺の返事はとても小さくか細いものだった。
「陛下との謁見」――その言葉が俺の耳に響くたびに、心臓が跳ねる。俺は戦場で何度も死線をくぐり抜けてきたが、どうやら王城の中には、それとは別の種類の緊張があるらしい。
おかしなもんだ。
俺は重々しく並ぶ城の廊下を歩きながら、団長の背中を追っていた。彼女は堂々とした態度で、まるで何の不安もないかのようだ。だが俺は――違う。心臓の鼓動がだんだん大きくなってくる。
「リク、大丈夫か? まさかお前ともあろうものが緊張しているのか?」
「緊張? いやいや、団長、それはきっと鎧がちょっと締まりすぎただけです。あと、もし震えてるように見えるなら、それはただの気温のせい……ですよ、たぶん!」
「はぁ……まあそんな軽口が言えるなら大丈夫だろう」
実際、王都に戻ってきてからの俺の憂鬱さの原因はこれだ。国境調査の任務は、俺なりにやり遂げた。しかし、俺の入手した情報により、帝国の謀略を暴くことに成功し、内部の裏切り者を処分できたのだ。
その功績はとても大きく、国王直々に褒賞をもらえるのは名誉あることだった。理屈ではわかっている。でも、俺はあくまで現場の人間だ。上で繰り広げられる政略や、謁見の礼儀作法なんて、まるで異世界だ。
「陛下は気さくな方だ。心配するな、リク」
団長は笑みを浮かべながら俺を見たが、その笑顔が逆にプレッシャーになる。
気さくな方、ね……それが逆に怖いんだよ。どう反応していいかわからないだろ?
王城の奥へと進むにつれて、壁にかかる豪奢な絵画や彫刻の数が増えてくる。これでもかというほどの豪華さが、余計に俺を萎縮させる。
騎士団の紋章を見慣れている俺には、王族の象徴がひどく遠く感じる。
ついに、玉座の間の大きな扉の前にたどり着いた。扉の前に立つ兵士たちは無言で、俺たちを一瞥してから、その重たい扉をゆっくりと開けた。中からは、高貴な香りとともに、静けさが漂ってくる。
「さあ、行くぞ」
団長の一声で、俺はついにその大きな扉を一歩踏み出した。
玉座の間に差し込む光が眩しい。高くそびえる天井、周囲を取り巻く貴族たちの視線……そして、中央に鎮座する王。
俺は、これまでのどんな戦場よりも強烈な圧力を感じた。
「リク、心の準備はできているか?」
団長の小声が耳元で響く。
「心の準備ですか? それなら、準備万端です。あとは、心が勝手にどっかに逃げ出さなければ大丈夫です」
つまり、全く準備なんてできていない。ただ、この場を無事に切り抜けるしかないのだ。
そんな俺の軽口を聞いた団長がフッと笑った。
「なら大丈夫そうだ」
大丈夫ではないからこその軽口なんだが? さてはあんた、わかってないな?
「さあ、行くぞ」
団長が前を歩き出すのを見て、俺も重い足取りでついていく。扉がゆっくりと閉じ、玉座の間の空気は一瞬にして緊張感に包まれた。
高い天井から降り注ぐ光は、まるでこの場にいる全員を照らし、観察しているように感じる。中央に鎮座する王――リオネス=フェルドゥール=アルカディア陛下の姿がはっきりと目に入り、思わず息を呑んだ。
王の存在感は圧倒的で、ただ座っているだけで場の空気が一変する。まるで戦場の頂点に君臨する指揮官のようだ。
俺たちは玉座へと向かって歩きながら、周囲の視線を感じた。貴族たちの目は、まるで興味深い獲物でも見るかのように、俺をじっと見つめている。なんだか不快な感じがして、背筋がぞくりとする。
「リク、しっかりするんだ」
団長が小声で囁いたが、それもわずかな助けにしかならない。心臓が激しく鼓動を打ち、
冷や汗が背中を伝う。目の前の玉座が徐々に近づいてくるのが、まるでスローモーションのように感じる。
俺は必死に深呼吸をして、平常心を保とうと努めた。だが、そんな努力も虚しく、緊張は増すばかりだ。陛下に対して何を言えばいいのか、どのように話すべきなのか――頭の中では幾つものシミュレーションを繰り返しているが、どれもこれも上手くいくイメージが湧かない。
俺が何か言わなきゃいけないのか? いや、団長が話してくれるはずだ。俺はただ、隣で静かにしていればいいんだろう……。そうだ、余計なことは言わない方が賢明だ。
「リク、陛下に敬礼だ」
団長の声で現実に引き戻される。玉座の前に立ち、俺たちは膝をつき、敬礼をする。俺も遅れて同じように膝をついたが、膝が軽く震えているのが自分でもわかった。しっかりしろ、リク。
……よし、とりあえず、深呼吸だ。戦場と同じように、冷静にいけばいいんだ。もし何か失敗しても、団長がカバーしてくれるだろう……たぶん。
最悪のシナリオ? ……それはもう笑って誤魔化すしかないな。大丈夫だ、失敗したら「さすがに、陛下の前でドラゴンと戦うよりは緊張しますね!」って言っておけ何とかなるさ。
そう思うと気が楽になってきた。
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