第9話:本物

《メイリス団長side》


 撤退した私は冷静な眼差しで戦場を見守っていた。

 リクとハウザーが繰り広げる戦いは、まるで劇のように壮絶だ。

 リクの動きは巧妙で、どこか余裕を感じさせるが、その隠された力を誰もが感じ取っていた。ハウザーの剣技も確かだが、彼の剣はリクには届いていなかった。

 そんな中、エリアスとセリナが不安げに呟いた。


「団長、リクさんは大丈夫でしょうか?」

「やっぱり今からでも救援に行った方が……」


 そんな二人に、私は首を横に振って否定した。


「問題ない」

「でも、相手はあの【豪剣】ですよ? いくらリクさんでも……」


 二人はリクのことを知らないから、不安になるのも理解できる。

 しかし、私は心配など一切なかった。もし、アルカディア王国で最強は誰かと問われれば、私は即答でリクの名前を出しているだろう。


「二人は知らないだろうから教える。元々戦災孤児だったリクは、私の先代騎士団長に拾われ、そこからずっと軍で戦ってきた。団長も驚いていたよ。必死になって戦う理由が、『死にたくないから』だって。リクの戦闘の才能は正直言って化け物だ。天賦の才なんて言葉では収まらない。私が騎士団長になって、リクを昇進させようとしたら、拒否したんだ。目立ちたくないからと」


 目立たずに平凡に暮らしたい。それが彼の、リクの望みだった。


「だけど、あいつは仲間のためならいつでも本気になれる男だ。前の戦争で、敵将を討ち取ったのも、私が死にかけたからだ」


 私は少し静かに、しかし確信を持って言葉を続ける。


「彼が戦場に出る理由は、決して名誉や栄光のためではない。ただ、生き残るため、仲間のためだ。あの時、彼が私を守ったことで、私は今こうしてここに立っている。だから、リクが真剣になれば、誰もが驚く結果を出す。ハウザーのような戦士ですら、彼には敵わない」


 ハウザーの威圧感に押され、雷のオーラを纏った姿は、確かに脅威に見える。

 しかし、私が知るリクの力を考えれば、そんなものはただの飾りに過ぎない。彼がどれほど恐ろしい戦士であるか、私は理解しているからこそ、心配する必要がないと分かっていた。


 戦局を見守りながら、私は少しの余裕を感じていた。リクが相手の攻撃を華麗に躱し、挑発的な言葉を投げかける。彼の軽口にも、ハウザーのような相手は振り回されている。

 それが、リクの巧妙な戦術の一部であることは、戦場に立つ者としては誰もが理解するだろう。


 そして、次第に状況はリクのペースに飲み込まれていく。ハウザーが必死に雷の力を集め、全力で一撃を放つ。その剣の一振りで、大地が震え、周囲の兵士たちがその威圧感に身を縮める。しかし、リクはまるでその力を楽しむかのように、冷静にそれを躱す。


「こんなもんじゃ俺を倒せないぞ」


 その言葉通り、リクは再び攻撃をかわし、瞬く間にハウザーの隙間をついて反撃を加える。今度は素手で、相手を圧倒する。ハウザーが驚き、困惑するのも無理はない。リクは、ただの兵士という枠を遥かに超えた実力を持っているのだから。

 私は静かに二人に告げた。


「よくその目に焼き付けておけ、アルカディア王国最強の男の戦いを」


 私は冷静に戦局を見守り続けた。

 もしリクが本気を出した時、戦局は一瞬で変わるだろう。それを分かっているからこそ、私はただ彼の動きに注目しているだけだ。

 そして、その時は確実に、リクがハウザーを倒す瞬間だろう。


 やがて、ハウザーは明らかに劣勢に立たされる。雷の力が尽き、もう彼にはリクを倒す手立てがない。私はその瞬間をじっと見つめていた。

 リクは迷わず、ハウザーに最後の一撃を見舞う。その拳がハウザーの腹部に突き刺さる音が響く。


 あの瞬間、私は確信した。

 ハウザーはもう立ち上がれない。力の差は明らかだった。


「これが、俺の限界か……」


 その言葉とともに、ハウザーは膝をつき、ついに動かなくなる。リクはその場で無駄な動きもせず、ハウザーの剣を拾い、静かに首を斬り落とす。戦場に再び静寂が広がる。


 私はその光景を、ただ一人静かに見守っていた。

 リクは確かに無名の兵士だった。しかし、誰もが彼の本当の力を知らず、彼の真価を見誤っている。今の戦いを見れば、誰もがその強さを理解しただろう。リクの戦いには、決して無駄な力を使わない。すべてが計算され、すべてが最小限の動きで最適な結果を生み出す。


 その後、リクが周囲を見渡し、また次の敵に向かって進み始める姿を見て、私は心の中で呟いた。


 ――やはり、あいつは本物の怪物だ。


 まだ戦いは終わっていない。リクの役目は続く。しかし、私はその背中に確かなものを感じていた。彼の戦いは、これからも仲間を守り、生き抜くために続けられるだろう。

 目立ちたくなくても、嫌でも目立つことになる。

 それが、リクという男の本質だから。

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