第33話

似ているところ


 ホテルに着いた時、お父さんから連絡が来た。

 よく聞こえなかったが、帰国を促されているようだ。

 私は耳が聞こえないことを伝えて、メッセージでやり取りをした。突発性難聴だと思われるから病院に行くと言うと、付き添いしてくれることになった。

 律とのことを知られてしまって、なんとなく一緒にいるのは居心地悪いと思ったが、今後のことを考えると一度会うしかなかった。


 私は帰国するかもしれないと思うと、ホテルで荷ほどきする気持ちにもなれなかったし、部屋探しも難しいと思った。

 フロントにパスポートを持って行くと、

「え?」と言う感じで私のパスポートを見る。


「昨日、渡せなくて」と言うと「あぁ。そうなの?」みたいな顔でコピーするとさっさと返された。


 引継ぎがされていないところがフランスらしいと思いながら部屋に戻る。


 何もすることがなくて、フランス語のテキストを自分で進めた。




 病院に行く日、ホテルまでお父さんは迎えに来てくれた。


「莉里…。聞こえないのか?」


「ちょっと聞こえづらくて」と言うと、お父さんは何も言わずにタクシーを止めた。


 病院はパリの郊外にあって、大きな総合病院だった。受付ロビーは五つ星ホテルかと思うくらいの豪華さで、予約していると言うと、しばらく待たされてから案内された。


 私もお父さんも黙ったまま、案内人に着いていく。まるで小学校のような長い廊下に診察室が並んでいる。


「ここでしばらくお待ちください」と案内してくれた人に言われた。


 窓から見える景色は秋景色で色づいた葉は地面に降り、一面黄色い絨毯の世界を作り上げていた。


「綺麗…」と私が呟くと、お父さんが窓に目線を向けた。



 診察されて、やはり突発性難聴のようで、薬を服用することになった。お父さんはやはり私を帰国させるつもりだったようだが「現状で飛行機に乗ることはよくないです」と医師に言われて、一人で帰国することになった。処方箋と会計を待つ間に私はお父さんに謝った。


「ごめんなさい」


「…どうして謝るんだ?」


「心配かけて」


「…それはいい。でも自分を大切にしなさい」


 私はお父さんの顔を見た。


「莉里…。律は…駄目だ。他にいい人がいる。それに…上手くいかないよ」


 それは分かっているが、律に対しての態度が気になった。


「…律にどうして優しくしてあげられないの?」と私はずっと疑問だったことを口にしてみた。


 お父さんは私に時間を割くことはなかったけれど、こうして気にかけてくれる。律は愛した人の子どもだと言うのに邪険にする。一瞬、もしかして違う人の子どもだったり…と淡い期待も持っている。


「律から母親を奪ったのは俺だから、恨まれてる」


「そんな…でも…お父さんの子どもでしょ?」


「…そうだけど…できない。嫌なところが似てるというか…」


 私はため息を吐いた。どうやら本当に律は父の子だったようだ。


「お父さん…。私、初めて好きになった人なの」


「莉里…。だからと言って、律はダメだ。辛い事になる」


「じゃあ、どうしてお父さんは律のお母さんを愛したの? ダメなのにどうして? お母さんとは普通の幸せ、無理だったの?」


「莉里はそういう頑固なところが自分と似てて困る」と父親は目を逸らす。


 そうかもしれない。駄目だと分かっていても、引き返せなかったところも。


 番号が掲示板に現れて、私と父は会計に向かう。保険会社が払ってくれるそうで、私はサインだけして処方箋をもらった。


「莉里…。フランスにまだいるのか?」


「いてもいいの?」


「…律と一緒にいるつもりか?」


「それは…」と私は口ごもる。


「しばらくは面倒見てもらいなさい。病気なんだから」とお父さんが言う。


 私は驚いて顔を見上げた。父親は顎で入り口を差す。そこには律が立っていた。


「あの日、莉里を追いかようとしたあいつを俺が引き留めたんだ…。もう解放してくれって。そしたら…」


 律がこっちに向かってくると、黙って、私の手を取ってそして病院の外に連れ出す。

 私はお父さんの方を振り返ると、顔を背けられた。そのしぐさが一体、何なのか分からないが、お父さんに悪いことをしているような気がした。


「り…つ」


 呼びかけると、私の方を振り返って抱きしめられた。


「ごめん」


 また律は謝った。私は律の体温に包まれながら、秋の冷えた風を感じていた。

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