第47話 誓い

 昼間いたモンサンミッシェルが見えるホテルに泊まる。夜の暗い海に浮かぶ姿は神秘的だった。

「どうしてあんなところに…」と私は再び呟く。

「莉里…。神様に誓ったから…」と律が後ろから私の首にキスをした。

 律以外の人は愛せないな、と思いながら、私は黒い海に浮かぶ教会を眺めた。

「うん。ずっと一緒」

 振り向いて、律の首に手を回す。

「…連れて来てくれてありがとう」

 もう私は泣いて、動けない子どもじゃない。そう自分に言い聞かせて、私は律のシャツのボタンを外した。はだけた胸に顔を寄せる。律の規則正しい鼓動が聞こえた。

「愛してる」

 その心臓も。

「愛してる」

 なめらかな皮膚も。

「愛してる」

 肌の匂いも。

 いつか消えることになっても。私はずっと愛してる。そんな気がした。不思議だけれど、私がもし亡くなっても、この気持ちはずっと消えない気がした。


 明け方、私は目を覚ます。そっとベッドから出て、モンサンミッシェルを窓から覗いた。朝日が当たるとまた違う景色が見えるかもしれない。そう思うと、ベッドで寝ている律を起こす。

「律、起きて。一緒に朝日を見よう」

「莉里? 元気だなぁ」と言って、目を閉じようとするから、私は瞼に口づけをした。

「帰りのバスでたくさん寝れるんだから」

「…帰りはTGVだよ」と言いながらも、起きてくれる。

 私が窓際に行って、モンサンミッシェルを見ると、律は後ろから抱きしめてくれた。

「莉里…? 小さくなった?」

「なる訳ないでしょ」と振り返るとキスをされる。

 そして二人で薄らぼんやり明るくなる風景をしばらく眺めていた。

「不思議。夕暮れのような明るさから明るくなるなんて」

「ほんとだ。いつも寝てるから分かんないけど」と律が言う。

 静かに朝日は光を運んでくれる。私たちはその時間を大切にした。


 TGVを使ったから帰りは早かった。律はずっと私の手を握っていたし、もう私も人目を気にすることもしなかった。


 家に着き次第、律はピアノを弾き始める。その間に私はスーパーに行くことにした。マルシェで美味しい食べ物を買いたかったけれど、もう夕方なので仕方がない。近くにスーパーに入ろうとしたら

「おっねえさんっ」と緑ちゃんに声をかけられた。

「あ、緑ちゃん…。家はこの辺なの?」

「いいえ。お友達の家に行ってて」とにっこり笑う。

「そう…」と言いながら買い物かごを取る。

「何買うんですか?」

「えっと。簡単にできる夕ご飯かな」と言うが緑ちゃんが離れる様子がなかった。

 それで律に緑ちゃんのメッセージの話をしていないことを思い出した。

「ごめんなさい。バタバタしてて。メッセージのこと…まだ話せてないの」

「いいですよ。でも今日は伝えてくださいね」と緑ちゃんはそう言うとようやく帰って行った。                           

 その後ろ姿を見ながら、婚約者もいるのにどうして、と私は思った。その日はカレーを作ることにした。粉のカレー粉が売っているので、それを使うことにする。バターと牛乳を使って、バターチキンカレーにしようと決めた。


 その日の夜、日本から電話がかかって来た。今週末に会う時間を決められる。もちろん話し合いのためだった。

「お父さん…。どうしてもだめなの?」

「ちゃんと、顔を見て話そう」

「でもわざわざ来なくても…」

 私はその日に連れ戻される不安が広がる。

「お母さんも来るから」と父に言われる。

 来るという二人を拒否はできなかった。


「律…。今週末、二人が来るみたいなんだけど…。レッスンとか入ってる?」

「ん? 莉里の両親?」

「うん。レッスン入ってたら、優先して行っていいから」

「どうして? 莉里、一人で解決するつもり?」

「そうじゃ…ない…けど。お母さんも来るって言うから」

「いいよ。別に。罵倒されても、殴られても」

「そんな…」

 そんな気もそぞろなことがあって、私はまた緑ちゃんのメッセージの返信をするように伝えるのを忘れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る