第23話
泣く女
料理が運ばれてくるまで、私は教授が何を言ってるのか分からないくらい気持ち悪くなる。フランス語のアルバイトと言いながら、違う意図があるように思えた。
「フランスに彼氏いるの?」
「何人と付き合ったの?」
そんな質問に困惑する。
「フランス語…で働くのに必要ですか?」
「必要っていうか…。フランス語で会社に就職するつもり? なかなかないよ」
教授がじっと私を見る目も気持ち悪かった。まるで仕事をしたかったら、言う事を聞いた方がいい、と言ってるような気持ちになる。
「…います。恋人が」
「そうなんだ」
料理がテーブルの上に載せられる。クリーム煮は美味しそうだけれど、気持ち悪くて食べれそうにない。でも食べないとずっとこのままだ、と無理して口に運ぶ。
そして私は食べ終えて、すぐに席を立った。申し訳ないけれど、トイレに行って吐くことになった。
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い)
教授もそうだけれど、自分も気持ち悪く感じた。そういう目で見られる自分も気持ち悪い。
午後の授業は体調不良と言う事で、語学学校に伝えて、私はレッスンをさぼった。どうして私は律以外の男性がダメなんだろうと思った。律が一生懸命練習しているから、私は家に帰ることもできずにぶらぶらと町を歩いて、ピカソ美術館に行くことにした。私はピカソの絵がさっぱり分からないから、余計に気楽な気持ちになれると思ったからだ。ピカソ美術館は建物が貴族が住んいた邸宅なので、建物自体が素晴らしい。絵は相変わらずさっぱり分からなかった。
「ピカソって、よくモテたんだって」
「泣く女ってタイトルつけてるけど、…ピカソが泣かせたんでしょ?」
そんな会話が耳に入って来る。
「なんでこんなおっさんに?」
「魅力があったんでしょ? お金?」と笑い合って、私の側を通り過ぎた。
こんな変な絵を描く画家が女性を泣かせたというのが理解できない。首を傾げて絵を見る。
(弟以外は受け入れられない私はどこかおかしいのだろうか?)
「泣く女」はヒステリックに泣くだけで、返事はなかった。
ピカソ美術館で時間を潰して、ロクシタンに入った。いい匂いを嗅いで気分転換しようと思ったのだ。マレ地区でぶらぶらしていると場所柄かあまりナンパされない。律だったら、きっとたくさん声がかかるだろうけれど、と思って、律はどこでもみんなに声をかけられるか、と思い直した。そう思うと、胸が縮んだような気がした。
律と肌を重ねてしまって、欲張りになっている。距離がある間はまだ辛抱できたというのに…とため息を吐いた。
律は恋愛も自由にしていい、と言ってくれた。どんな思いで言ったのだろう、と考えてみるけれど分からなかった。
律に捨てられたら私も「泣く女」のようにヒステリックに泣くのかもしれない。そう思ったら、あの女性の気持ちが分かる気がした。
ローズのアロマキャンドルを買って、スーパーに寄ってから私は家に戻ることにした。
私が帰るとピアノの音が止まった。
「莉里。お帰り」
「ただいま。律…」
「何? 今日、夜からレッスンなんだ」
「そっか…。ご飯食べてから行く?」
「うーん。軽く食べたい。お昼も食べれなくて」
「分かった。今日は暑かったね」
「うん。アイス食べに行かないの?」
「あ、そうだった。もしかして待ってた?」
「うん」と律が私の方に来て、抱きしめる。
汗ばんだシャツから律の匂いがする。
「じゃあ、アイス食べに行く?」
抱きしめられると私の頭はいつも律の心臓あたりにある。
「…莉里が帰って来ないかと思った」
「え?」
「アイスっていうか、莉里を待ってた」
二人とも、どうしてこんなにも不安になるのだろう。夕方になったら暑い陽射しから逃げられるけれど、まだ日が高くて明るい。
「莉里? 何かあった?」
律が私の髪の毛に顔をうずめて聞く。
「ううん。幸せで」
本当は不安だったけど、口にはできずに顔を上げて微笑んだ。律の笑顔も少し悲しそうだった。明るくてもお店は早々と閉まってしまう。それなのに二人とも動けずにいた。
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