第24話

薄ら明るい夜


  結局、私たちは軽い夕食を食べて、律はレッスンに行った。夜にお父さんから電話がかかって来た。お父さんはお母さんから話を聞いて、私が律の隣の部屋に住んでいると思っている。


「律の…隣じゃなくて…。違うところに住まなかったのか?」


「…部屋を探すのが大変で、たまたま空いてて…それで…」


「莉里、律とは離れて暮らして欲しい」


「…どうして」


 沈黙が流れる。


「悪かった」


「え?」


「お父さんが悪かったから」


「どういうこと?」


「取返しのつかないことになる前に、離れなさい」


 その言葉を聞いて、私は動けなくなった。畏れ、怒り、いろんな思いがこみ上げてくる。


「お互いに距離を置きなさい」


 お父さんは何か気づいている。


 私はスマホを持つ手が震えそうだったから、左手を添えた。


「何も、そんなこと気にすることないのに。疑ってるの?」




 会話を終わらせたくて、父の急所を突いた。


「いや…そういうわけじゃ」


「…とりあえず、今はバカンスで大家さんとも連絡つかないし。しばらくはここで、いずれ部屋を探すから」と嘘を吐いた。


「…まぁ、それなら…」


「律はピアノ頑張ってるから。仕送りたくさんしてあげて」


 姉が言うようなことを言って、私は電話を切った。


(自分は好き勝手なことばかりしてきたのに…)と私はため息を吐いた。


 それと同時に体の底から畏れが侵食してくる。律との関係を隠し通すというのは簡単なことではなさそうだった。


 でもそれを公にして、誰が幸せになるというのだろう。お母さんは発狂するに違いない。


 気分を変えるために、私は隣の部屋に行って、マシューの餌とトイレ掃除をすることにした。ドアを開けると、マシューは冷たい床で寝そべっていた。ふわふわのせいで、きっと今日は暑かったはずだ。


「マシュー。ご飯だよ」と声をかける。


 のそのそと私の方に歩いてきた。ご飯係と分かっているようだった。ご飯をお皿に入れて、マシューの前に置く。食べてる間にトイレ掃除をした。


「マシュー。私、本当にこれで良かったのかな」とゴミ袋にトイレの砂を入れて、新しいものを出す。


「でも…好きな人の側にいたいだけ…だから」


 マシューの水も変える。


「それ以外は何も望まないから」


 マシューの餌を食べる音だけが聞こえる。


「ゴミ、捨ててくるね」と言って、私は部屋から出た。


 エレベーターで一階まで降りる。中庭にゴミ箱が置かれているから、そこに入れた。毎日、収集に来てくれるから素晴らしい。私はゴミを入れると、少し表に出た。


 まだ明るい空で、これで夜の八時だというのが分からなくなる。どこかの部屋で友達同士で騒いでいるのか音楽と笑い越えが流れてきた。私もそこに混じれただろうか。上手く人間関係が作れない私はずっと律と一緒にいたいと願った。



 律が暗くなってから帰ってきた。夜の十時頃になっている。私は今日さぼった分の課題と予習と復習をしていると、鍵の開く音がした。


「おかえり」と椅子から立ち上がって、玄関の方に行く。


「ただいま。疲れた。チョコレートくれたから、莉里、食べる?」


「うん」と言って、私は律が差し出してくれたチョコレートを受け取らずに律に抱き着いた。


「どうしたの?」


「待ってたの。今度は私が待ってた」


 わずらわしいことがたくさん起こってる。いろんなことが私の周りにあるけれど、私は今は何も考えたくなかった。


「莉里? ごめん。遅くなって」


「ううん。レッスン頑張ってたんだから…」


 律が優しく頭を撫でてくれる。隠し通せるか不安だけれど、私は律を手放したくなかった。

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