第4話
食事
律と近所のブラッスリーに行った。気軽に食べてお酒の飲めるお店だ。地元の人で混雑してテーブルの間隔が狭いけれど、私たちは日本語でしゃべるから気兼ねなく話せた。
「ここでいいの?」と聞かれたから「帰り道に見てたら、お客さんが美味しそうなもの食べてたから」と私は言う。
「りっちゃんはここでいい?」
「いいよ。なんかガレットとかそういうのがいいかと思ってた」
「今日はたくさん歩いたから、がっつりお肉食べたくて」と言うと律は笑った。
大天使ミカエル様の微笑みが眩しい。本当に「男子、三日会わざれば刮目してみよ」という言葉があるけれど、それ以上に成長している。もちろん会っていない時間は三日じゃないけど。
私はステーキにフライドポテト、律は鴨のコンフィを注文した。
「莉里ちゃん、ワイン飲む?」
「うん」
「何がいい? 僕は練習あるから、水でいい」
「じゃあ、私も…」
「気にしなくていいよ」
そう言われたので、赤ワインのデキャンタを頼んだ。
「部屋、見つかった?」
「あ…。ほんと、明日には決めるから」
「急がなくていいよ」
「…りっちゃんはどこで寝てるの?」
「ソファ」
「やっぱり。今日は私がソファで寝るから」
「知らないの? あれソファベッドになるんだよ」
「えー?」
前菜にニース風サラダを注文して、二人でシェアした。
「莉里ちゃんが来てくれて嬉しいから」
「…何もしてないのに?」
「今度、コンサート行かない?」
「りっちゃんの?」と言うと、笑い出した。
「まぁ、それもいいけど…。一流ピアニストの公演があるから」
「りっちゃんだって、一流でしょ?」
「…どうかな」と言って微笑む顔から、きっとそうなんだと思った。
ステーキはミディアムで焼いてもらうと、柔らかくて美味しい。フランスのフライドポテトは本当においしくて、食べすぎてしまう。律が欲しそうにしてる気がして、食べる? と聞くと、頷いた。お皿を律の方に寄せる。
「鴨いる?」
「じゃあ、頂こうかな」と言うと、ナイフで切ってお皿の端に乗せてくれた。
私たちはたった三年しかない思い出を話す。
「莉里ちゃんは相変わらず悲壮の二楽章が好きなの?」
「うん。だって、本当に癒される」
「じゃあ、ショパンのノクターンも今でも好き?」
「好きー」
私は分かりやすい曲が好きで、律によく弾いてもらっていた。
「そうなんだ。なんか…安心する」
「え? どうして?」
「莉里ちゃんがプロコフィエフが好きとか言い出したらびっくりするよね」
「…プロ? 聞いたことない」と言うと、律は笑った。
こんなに明るく笑ったっけ? と記憶の中を探す。律はいつもなんだかちょっと寂しそうで、弱気な顔で微笑んでいたような記憶だったから、そういう意味でも別人に思えた。
「あのさ、りっちゃんって呼ばれるのちょっと恥ずかしい」
「あ、ごめんなさい」
確かに見た目は十分な大人の男性なのにいつまでも「りっちゃん」はよろしくないだろうと思った。
「じゃあ、えっと…律君?」
「どうして君付けなの。姉弟なのに」
「律でいいの?」
「いいよ。だってピアノの先生もそう呼んでるし。まぁ、フランス語だからヒツに聞こえるけど」
「じゃあ、私はヒヒになるの?」
「なるね」
「あー、嫌だ。おサルじゃない」と言うと、また明るい笑顔を見せる。
「りっ…律は…えっと、友達とかフランスにたくさんいるの?」
「まぁ、知り合いはそこそこだけど」
「そっか。私も頑張らないと」
そう言うと、明るい笑顔がすっと消えた。
「莉里はどうしてフランスに来たの?」
真剣に聞かれて、私は困った。
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