第6話
異国の日本人
私は律の住所で銀行口座を開設した。そこに父親から生活費の入金してもらう。授業料はすでに振り込んでいる。まとまった金額が送金されれば、滞在許可証に必要な規定金額の送金証明書が取れる。授業料が含まれてないとは言え、その金額は少ない額ではない。
気楽にフランスに来て、語学を学んで、私は何になりたいのだろう、と自分を責めたくなった。
律に「莉里はどうしてフランスに来たの?」と聞かれて、いろんなことを言ったけど、何のために来たのかという自分なりの意義は見つからなかった。
住居証明は律の大家さんが書いてくれると言っていた。彼女は日本人で佐久間真理子さんと言って、フランスのブティックで働いていると言う。「用意しておくからと営業時間内に取りに来て欲しい」と言われたので、フランスのブランド店まで行った。かわいらしいブランドで日本でもかつては取り扱いのあったブランドだった。私はそんなお店に行くのも初めてだった。服だって、いつも母が季節ごとに用意してくれて、私はそれを着ていたから、変な恰好はしていないけれど、おしゃれがよく分からない。
石でできたアーチのウィンドウから白い店舗が見える。
「ボンジュー」と言いながら扉をくぐった。
すぐに日本人だと分かるマダムが笑顔で近寄ってきた。
「園田さん?」
「はい」
「ちょっと待っててね」と言って、バックヤードに入っていった。
洗練された服が規則正しく並んでいる。私は手にすることもなく、ただ眺めていた。しばらくすると、きれいに髪を束ねている真理子さんが戻ってきた。
「律から聞いてるわ。お姉さんでしょ?」
「はい」
「私、彼のピアノが好きで、応援してるの」
「ありがとうございます」
暇な時間なのか、しばらくいろんな話をした。真理子さんはここで働いていて、小学生の娘が一人いるらしい。娘の父親とは別れたと言っていた。そして律に貸してるアパートと他にもう一つ、貸しアパートを買おうかな、と考えてると言っていた。
「あの…」
「なに?」
「どうしてフランスに来られたんですか?」と思わず聞いてしまった。
そしたら、ちょっと考えて「来たかったの。それだけ」と笑って言った。
私は真理子さんみたいに異国で、子供を産んで、働いて、パリの部屋を購入して…なんてできる気がしなかった。住居証明を受け取り、店を出て行こうとした。
「何かあったら、お手伝いするからね」
「ありがとうございます」
ただ日本人同士というだけで、優しくしてくれることが不思議だった。きっと日本で知り合ったら、こんなことを言われることも思うこともなかったはずだった。
部屋探しがとりあえず終わり、滞在許可書の申請が終わると、私は時間を持て余した。街をふらふらしながら、美術館を巡ることにした。律の練習に邪魔にならないように、家を出る。美術館は観光客でいっぱいだ。ルーブルは入るのにも並ばなくてはいけないけど、私は時間だけはあるので焦ることはなかった。
美術館も大きいけれど、人も多い。いろんな国の人が集まってくる。もちろん日本人もいる。あらゆる人の波の中で、一体、なぜここにいるのかという理由を考えていた。
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