第25話 戦闘狂同士
がやがやと騒がしい声が聞こえていた。
公営の体育館のような屋内の訓練場は、とても騒がしくなっていた。
すこし前までは俺たちを除けば、新人さん方と教官さんしかいなかったのに、そのときには他の冒険者たちが訓練場に詰めていた。
冒険者たちの視線は、訓練場の中央にいた俺とカルディアに注がれていた。
「準備はよろしいですか?」
審判役であるククルさんが、俺とカルディアの間に立ちながら、確認をしてくれていた。
少し前までは、俺の対面にいたのはプーレだったが、そのプーレはそれまでカルディアがいた場所でシリウスを抱っこしていた。
そしてカルディアはプーレが立っていた場所に、俺の対面に立っていた。
シリウスを抱っこしていたときとは、母親の顔をしていたときとはまるで違う顔だった。
そのときのカルディアは、まるで得物を前にした獣のような、闘志に満ちあふれた顔をしていた。
そうなったのも、プーレとの模擬戦が原因だ。
プーレとの模擬戦は俺の勝利で終わったと思った。
でも、そこで、カルディアが俺との模擬戦を希望したんだ。
ククルさんたちは驚いていたけれど、俺は「まさか」とは思わなかった。
むしろ、「あぁ、やっぱりか」と思ったよ。
プーレとの模擬戦の途中から、カルディアが俺を見る目は徐々に変わっていた。
最初は期待と不安が入り混じったような目をしていた。
「異界の旅人」というのは、誰も彼もなにかしらの力を持っているらしい。
その力は千差万別であり、個人個人で力の強弱がはっきりとしているようだ。
中には「あったら便利だなぁ」という程度の力の持ち主もいれば、強力すぎて国が抱え込むほどの力の持ち主もいるらしい。
ただ、総じて特別な力の持ち主ではあり、その力がどれほどのものなのかは本人が使ってみないかぎりはわからないそうだ。
だから、当初のカルディアも期待と不安の入り混じった目で俺とプーレの模擬戦を観戦していた。
でも、途中から、俺がプーレから一本を取った後からは、その目からは不安は消え、爛々とした光が宿り始めたんだ。
その光は俺もよく知っているものだった。
「エターナル・カイザー・オンライン」というゲーム内での俺のアバターの「レン」がよく浮かべていた目。
強い相手と戦いたいという、一種のバトル・ジャンキーが浮かべる目。
その目をカルディアは俺へと向けていた。
シリウスを抱っこしつつも、カルディアは戦闘狂へと変わっていた。
その変化に「面倒なことになりそうだ」と思った矢先だったんだ。
カルディアが俺との模擬戦を希望したのは。
そこから先はトントン拍子だった。
新人さん方の何人かが興奮して、訓練場を飛びだしたと思ったら、先輩冒険者たちを大量に引き連れてきたんだから。
その時点で俺の逃げ道は塞がれてしまったようなものだった。
ククルさんの鶴の一声があれば、ワンチャンスあったかもしれないが、連れてこられた冒険者たちが同僚や仲間を呼び出し始めたことで、もう手が付けられなくなってしまったんだ。
「すみません、カレンさん」
ククルさんは場を収めることができなくなったことに、申し訳なさそうにされていた。
そんなククルさんに俺は苦笑いで「気にしないでください」と伝えた。
その間、カルディアはというと、プーレにシリウスを預けながら、シリウスになにやら話をしていた。
当時は「これからぱぱ上と遊ぶけれど、シリウスは危ないから近付いちゃダメ」とか言っていたんだろうなぁと思っていた。
……実際は全然違う内容だったのだけど、当時の俺がそのことに気づくことはなかった。
ただ、シリウスを預かったプーレの顔が真っ赤になっていたことには気付いていたんだけどね。
いま思えば、あのとき、なんでプーレの顔が真っ赤になっていたのかと確かめればよかったと切実に思う。
もう後の祭りではあるけれど、あのときもうちょっと慎重になっていればよかったのになぁとは思わずにはいられない。
とにかくだ。
集まってきていた冒険者たちは、いまかいまかと俺たちへと視線を向けていた。
正確に言えば視線のほとんどはカルディアへと注がれており、俺に対しては「誰だ、あの子?」と怪訝そうな視線ばかりが向けられていた。
その視線も新人さん方や教官さん、先着していた他の冒険者たちからの話でなくなっていた。
曰く、「プーレさんが手も足も出なかった凄腕の剣士」という話がすでに訓練場内で広まっていたんだ。
その話に集まってきた冒険者たちは、みな一様に驚いたような顔をしていた。
でも、誰もがその話を信じていたわけじゃなかったようで、「冗談だろう?」とか「夢でも見ていたんじゃないか」という声もちらほらと聞こえていた。
否定的な声はそれなりに大きかったが、その声に負けないほどに肯定的な声も聞こえていた。
「……なるほどな。ありゃ強えわ」
特に、声が大きかったのはひとりの冒険者のものだった。
その冒険者はスキンヘッドにがっしりとした男性だった。背中には男性よりも巨大な両手斧が背負われていた。
俺から見ても、スキンヘッドの男性冒険者が強いというのはなんとなくわかった。
「クーさんから見ても強いんですか?」
男性冒険者の近くにいた若い冒険者が尋ねていた。その言葉にスキンヘッドの冒険者は静かに頷いていた。
「おう。少なくとも、俺は勝てん。プーレの嬢ちゃんでも手も足も出なかったってなら、俺じゃ無理だわな」
「だ、だけど、それは誇張かもしれませんよ?」
「まぁ、その可能性もなくはなかった。が、こうして目の当たりにしたら、プーレの嬢ちゃんが手も足も出なかったってのが事実だってのがわかるわ。ありゃあ、少なくともカルディアの嬢ちゃんレベルだわ」
スキンヘッドの冒険者の言葉に周囲がざわめいていく。
当の本人は泰然とした様子で腕を組みながら、俺とカルディアのそれぞれを値踏みするように見つめていた。
その視線にはいくらか憶えがあったけれど、「まさかな」と思って受け流した。
(……アバターと似ているけれど、さすがに違うよな)
スキンヘッドの冒険者の名前は、聞こえてきた話から「クー」ということであることはわかった。
初めて会う人ではあるけれど、その外見には既視感があった。
「エターナル・カイザー・オンライン」でのフレンドのひとりであり、かつてバティを組んだ人であるガルドというプレイヤーがいた。
そのガルドさんとクーさんはよく似ていた。
というか、ガルドさんのアバターそのものと言うくらいに、ふたりは酷似していた。
得物も同じ両手斧であり、声もどこか似ているように思えた。
だけど、いくら似ていてもゲーム内のアバターと異世界とはいえ現実の人間が同一人物というのはさすがにありえない。
よく似た他人だろうと断じて、俺は改めてカルディアを見やった。
すると、カルディアもちょうど俺に視線を向けたところだったようで、視線が絡み合った。
カルディアは「ふふふ」と楽しげに笑っていた。笑っていたのだけど、その目はとても鋭かった。まるで獣が牙を剥いているかのようだった。
「奇遇だね、旦那様」
「そうだね。ちょうど目が合った」
「うん、やっぱり運命かな?」
「……こんな形の運命は御免被りたいなぁ」
「そう? 私は別に構わないよ?」
「……普通、「旦那様」と呼ぶ相手と全力で戦いなんて思わないよ?」
「そうかな?」
「そうだよ」
「まぁ、でも、そっちの方が私たちらしいでしょう?」
「少なくともカルディアらしいというのは合っているよ」
「旦那様は違うの?」
「さぁ?」
「ふふふ、下手に取り繕わなくてもいいのに」
カルディアは頬を上気させながら笑っていた。その表情はとても艶やかだけど、それ以上に狂気に満ちてもいて。……とても心地よかった。
「旦那様は冷静そうにしているけれど、本当はさ、私と同じだよね?」
「……なにがかな?」
「ふふふ、また取り繕っている。……正直に言おうよ。あなたも私と同じ。戦うのが大好きなんでしょう?」
そう言って、カルディアは双剣を取り出した。カルディアの髪と同じ色の白銀の双剣をそれぞれに握り構える。
その瞬間、空気が張り詰めていくのがわかった。
騒いでいた冒険者たちの声が徐々に小さくなっていた。
「さぁ、構えて? プーレのときみたく手加減なんてしないで。全力でぶつかってきて?」
「……本気でやったつもりだけど?」
「うん、本気ではあったと思う。でも、全力ではなかったでしょう?」
「……」
否定できなかった。
たしかにプーレとの模擬戦では全力は出さなかった。
でも、途中からは本気にはなった。そう、本気にはなったけれど、全力ではなかった。
通じないだろうとは思っていたけれど、やはりカルディアには見切られていた。
プーレが「え?」とあ然としていたが、俺は無言のまま脇構えを取った。
カルディアは赤い唇を舐めると、「そうこなくっちゃ」と笑っていた。
「私に勝てたら、とびっきりのご褒美あげるね。逆に旦那様が負けたら、私の言うことを今後なんでも聞いてね?」
「……それ、俺だけデメリット多くない?」
「そう? でも、勝てばいいんだよ? ただし、勝てれば、だけど」
カルディアが前傾姿勢を取る。いまにも飛び掛かってきそうな迫力があった。
対して俺は、大きく深呼吸をした。
プーレのときのような余裕はなかった。
いや、そんな余裕を持とうとしたら、間違いなく負けるというのがはっきりとわかった。
全力を出すしかない。
そのために深呼吸をし、体隅々にまで酸素を送っていく。
カルディアもやはり深呼吸をしていた。
深呼吸をしながらも、お互いを睨み付ける。
静まりかえった訓練場の中で、俺とカルディアの呼吸音だけが響いていく。
「試合始め」
ククルさんの宣言が聞こえた。
同時に俺とカルディアはその場を蹴り、一直線にお互いに向かって飛びだしたんだ。
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