第27話 青春

 二対の刃と剣が舞う。


 ときに高く、ときに鈍い音を奏でながら、火花を散らしていた。


 お互いの放つ一撃とともに剣風が起こり、お互いの髪を巻き上げていく。


 巻き上げられた髪は、体から離れて風の中を泳いでいく。


 取り留めもない光景なのに、どうしてか目を惹かれながら、俺もカルディアもお互いの得物をぶつけ合っていた。


「あははは! 楽しいね、旦那様!」


 カルディアは笑っていた。愉しそうに笑っている。


 言葉だけを見れば、まるでデートをしているようだ。


 でも、デートというには俺たちのしていることは、あまりにも血生臭すぎていた。


 刃を潰した剣とはいえ、金属の塊をぶつけ合う。


 どう考えても笑える行為じゃなかった。むしろ、これで笑える方がおかしいだろう。


「あぁ、そうだね」


 だけど、その笑えない行為を、当時の俺はカルディアと同じように笑っていた。


 カルディアとの模擬戦を楽しんでいたんだ。


 互角の相手と切り結ぶ。


 真剣勝負ではないけれど、準じた状況を互角の相手と行える。


 たったそれだけのことを俺たちはこのうえなく楽しんでいた。


 決して一般的とは言えない。


 それこそ逸脱していると言ってもいい。


 その逸脱した行為が堪らなく愉しかった。


 この世界はともかく、現代の日本では武術を磨いたところでなんの意味もない。


 格闘技であればまだしも、剣術一本で食っていることなんてできやしない。


 剣術はどう言い繕ろうとも、人を殺す術でしかない。


 人を殺す術を学び、学んだ術で食い扶持を得るなんてできるわけもない。


 できたとしても、それは真っ当な道じゃない。真っ当な道で剣術だけで食い扶持を得ることなんてできるわけがない。


 せいぜい、金持ちの道楽のショーの一演目程度が限界だろう。


 そんなことのために剣術を使うなんてごめんだった。


 だけど、それ以外で学んだ剣術を活かせるのか。


 その答えは現代日本では得られなかった。


 でも、その答えをカルディアとの模擬戦で得られた。


 すべてはこのときのため。


 戦いの技術はやはり戦いの中でこそ発揮するもの。


 剣を走らせながら、俺は心の底からそう思っていた。


 だからだろう。


 俺は自然と笑っていた。


 互角であるカルディアとの戦いに心を躍らせていた。


 あぁ、これこそが俺の求めていたものなんだと。

 そう心の底から思いながら、剣を走らせていった。


 カルディアも同じ気持ちなのか、愉しそうに笑いながら双剣を振るう。


 この時間がいつまでも、いつまでも続いて欲しい。


 そう願いながら、得物をぶつけ合う。


 でも、その愉しい時間も終わりの時間が訪れた。


「あははは、やっぱり旦那様は素敵だね。……でも、そろそろ終わらせないとね」


 何度目かの撃ち合いを終えて、カルディアは跳び下がり、俺はその場で留まりながら、息を整えていた。


 愉しい時間ではあったけれど、なんだかんだで俺もカルディアもかなり体力を削っていた。


 特に俺はプーレとの模擬戦後ということもあって、カルディアよりも体力的な問題があった。


 カルディアはまだ肩を上気させ、額に珠のような汗を浮かべていた程度だけど、俺は滝のような汗を流していた。


 まだ終わらせたくないという一方で、そろそろ終わりにしたいとも思っていた。


 相反する気持ちは、たぶんカルディアも同じだっただろう。


 もっとも、カルディアの場合は俺とは違う理由があったのだけど。


 その証拠にカルディアはちらりと視線を逸らしていた。


 彼女の視線の先にはシリウスがいた。プーレの腕に抱かれながら、船を漕ぐシリウスがいたんだ。


 昼寝をするには遅い時間だったけれど、俺とプーレとの模擬戦の最中、シリウスはずっとハイテンションだった。その疲れが出ていたんだろうとそのときは思った。


 実際は、前日プーレの家にお泊まりして、遅くまでプーレと話をしていたせいで、寝不足気味だったそうだ。


 そこにハイテンションだった疲れも合わせて、シリウスはおねむになってしまったわけだ。


 プーレの腕の中で眠りそうになっているシリウスを見て、カルディアの表情は変わった。


 戦闘狂から子を想う母親の顔へと変わっていた。


 シリウスと一緒にいるときのカルディアの顔。見慣れているはずの表情なのに、その横顔に目を奪われていた。


 荒々しい戦闘狂から優しい母にカルディアは変わっていた。


 その変化に胸がどくんと高鳴った。


 カルディアはとびっきりの美人さんだ。


 長い銀髪も整った顔立ちも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるスタイルも。すべてが美しい。


 その美人さんが俺との模擬戦でそれまでの様子とは一変した戦闘狂の顔を見せていたというのに、幼子が船を漕ぎ始めただけで、表情をまた変えた。


 飢えた獣が牙を剥いたようだった笑顔から、とても穏やかで優しい微笑みに変わった。


 たったそれだけのことなのに、俺の胸はどうにかなったんじゃないかと思うほどに高鳴っていた。


「……どうしたの? 旦那様?」


 ぼんやりとカルディアを見つめていると、カルディアは俺の視線に気付いたのか、小首を傾げたんだ。


 それだけのことでも、なぜかまた胸が高鳴ってしまい、慌てて「なんでもない」と返した。


 カルディアは「変なの」と言って、双剣を強く握り始めた。


 その様子に俺も深呼吸をして、精神統一を行った。


 なにが起こっていたのかはわからないけれど、

まずは心を落ち着かせようと思ったんだ。


 カルディアは俺をじっと見つめていた。それまでと同じはずなのに、なぜかカルディアに見つめられていると無性に落ち着かなくなってしまった。


 なにがあったんだろうと思いながらも、正眼に構えていた剣を鞘に納め、再び脇構えを取る。


 すると、カルディアは嬉しそうに笑った。そう、笑っただけなのに、また俺は落ち着きを失ってしまった。


 今度はやけにカルディアの唇が気になってしまった。


(昨日はあの唇に)


 あの唇に触れたんだと思ったら、なぜか急に顔が熱くなっていた。


「……どうしたの? 顔真っ赤だけど?」


 俺の変化にカルディアは怪訝な顔をしていた。


「な、なんでもない」


「いや、なんでもなくはないでしょう? 熱でもあるの?」


 怪訝な顔から一転し、心配げに俺を見やるカルディア。


 ただそれだけなのに、無性に嬉しかった。


 もし、俺にもカルディアとシリウスと同じように尻尾があったら、左右にぶんぶんと振っていたかもしれないほどに、カルディアに心配されて俺は喜んでしまっていた。 


 ……いまならこのときの俺がどうなっていたのははっきりとわかる。


 わかるんだけど、当時の俺は自分の身になにが起こったのかはさっぱりとわからなかった。


 それこそ病気、風土病にでも罹ったのだろうかと思うほどだった。


 カルディアも同じ考えに至ったのか、「どうしよう」と不安げな顔をしていた。


 その表情に対しても、俺はまた胸を高鳴らせていた。


(……いったいなにがあったんだ?)


 自分の身に起こる不可思議な状況に、半ば動転しながら、思考を巡らしていた、そのとき。


「……はぁ、そこまでです」


 審判だったククルさんが大いに呆れた様子で、試合を止めたんだ。


 いきなりのことで俺もカルディアも「え?」とあ然となっていると、ククルさんはいかにも面倒くさそうにがしがしと後頭部を掻きむしっていた。


 いや、後頭部どころか、全身がむず痒いのだろうか、がしがしと至るところを掻きむしっていた。


 そしてそれはククルさんだけではなく、観戦していた他の冒険者たちも同じだったようだ。


 中には「……青春だねぇ」と微笑ましそうに俺を見ている人もいた。


 が、俺とカルディアにしてみれば、なんのことだろうとしか思えないことだったが、その答えはククルさんの口から出た。


「まったく、模擬戦とは思えないほどの戦闘狂同士の戦いをしていたと思ったら、いきなり思春期ムーヴするのはやめてほしいものですね」


「……えっと?」


「だから、その、そんな甘酸っぱい青春ストーリーを見せるなって言っているんですよ」


「……甘酸っぱい?」


「青春ストーリー?」


 はてとふたり揃って首を傾げる俺とカルディアに、ククルさんは「マジかこいつら」と言わんばかりのショックを受けたような表情を浮かべると──。


「あぁ、もう! だから、そんな好き好き光線を出しながら見つめ合うなって言っているんですよ。言わせないでください、恥ずかしいなぁ!」


 ──顔を真っ赤にして叫ばれたんだ。


 その言葉に俺もカルディアも絶句したが、観戦していた冒険者たちもみな一様に頷いていた。


 が、俺にしてみればなんのことだよとしか言いようがなかったのだけど──。


「あの、旦那様?」


「な、なに?」


「私のこと、好きになってくれたの?」


 ──カルディアが恐る恐ると、やけにしおらしく言うもんだから、返答に窮することになってしまった。


 押し黙る俺を見て、カルディアは「……そっか」とはにかみながら笑ってくれた。その笑顔にまた顔が熱くなっていった。


「あーあーあー! もう終わり! おーわーりーでーす!」


 ククルさんが天井を見上げながらヤケクソ気味に叫んだ。


 同じように憤慨する冒険者たちもいたけれど、俺もカルディアもその憤慨が目に入らないほどに、お互いを見やり、恥ずかしがってしまっていた。


 そのことが余計にククルさんたちを憤慨させていたのだけど、それでも俺もカルディアもお互いから視線を逸らすことはできなかった。


 その後、ククルさんからは「今回の模擬戦は引き分けにします」と宣言されることになったのは、まぁ、言うまでもない。


 かくして俺とカルディアの模擬戦は、なんとも言えない形で終わりを告げることになったんだ。

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