第28話 野天風呂
空が煌めいていた。
真っ暗な夜空を彩る星と月の灯りが、夜空で煌めいていた。
夜空を眺めているだけでも満腹感さえあるほどの絶景だった。
でも、絶景はそれだけじゃない。
視線を少し下げると、今度は水平線が飛びこんでくる。
どこまで続く水平線は、夜の海は淡く照らされていた。
星と月によって白く染まっていた。
それだけでも十分に美しい光景けど、白く染まっているのほんの一部だけ。
大部分は青の光を放っていた。
夜光虫──海洋性のプランクトンが発生しているんだろうが、ニュースなどで見るものよりもはるかに大規模で、海のほぼすべてが夜光虫の光によって青く光っている。
月明かりの下で青く光る海はとても幻想的だった。
幻想的な海による水平線は、どこまでも、どこまでも続いている。
どこまでも続く水平線はそれこそ俺が成人していたら、その光景を肴にしていたほどに美しかった。
その美しい海を見つめながら、俺は──。
「どうしたの? 旦那様?」
──目の前の幻想的な光景にも負けないほどに美しい人と野天風呂をしていた。
露天風呂と野天風呂は、具体的というか、正式な違いはない。
一応の定義としては、屋根がなく、開放的で自然を感じられるということだけど、「露天風呂も同じじゃね?」と思う。
……一度「露天風呂と同じじゃん」と言ったら、希望にブチ切れられたから、露天風呂と野天風呂が同じだとは決して言わないことにしている。
「いや、いい風呂加減だなぁと」
「そうだねぇ。いい加減だよねぇ。私ここのお風呂好きなんだよねぇ」
「そ、そっか」
「うん。だいすーき」
ニコニコと笑うカルディアは、その真っ白な肌にお湯を掛けていた。
お湯の下はカルディアの肌を隠すものはなにもない。
カルディアも手で隠すことはなかった。むしろ、俺に見せつけるように、俺の隣に腰を下ろしていた。
隣で腰を下ろしながら、俺の肩に頭を乗せて、一緒に水平線を眺めてくれていた。
でも、「だいすーき」のときは、なぜか俺の耳に唇を寄せてくれましたけどね。
しかも、唇を鳴らすおまけ付きで。
おかげで、俺の胸はやけに高鳴っていた。
ちなみに、シリウスは俺とカルディアの前で「わぅわぅ」と鳴きながら、お風呂を泳いでいた。
お風呂を泳いじゃいけませんと叱るべきなのだろうけれど、不慣れな犬かきをするシリウスがかわいくて叱りづらい。
加えて、視線を逸らすとカルディアの全裸が目に飛びこんできて、挙動不審になってしまうわで、当時の俺には一切の余裕がなかった。
一切の余裕がないまま、俺は目の前の光景を眺めていることしかできなかったんだ。
「……カレンさんって、なんか童貞さんっぽいのです」
ぼそりと呟かれた、プーレの心ない一言が俺の心を抉ってくれました。
プーレもまた俺たちと同じ野天風呂に入っていた。
というのも、俺たちが入っている野天風呂は、ククルさんのところのギルドにある大浴場にある野天風呂だった。
大多数が同時に利用できる大浴場は、訓練施設の先にあり、その大浴場の屋上にあるのが野天風呂。
野天風呂は本来なら予約制で、当日飛び入りで入れることはない。
でも、そのときは、ククルさんが特別に本来なら利用できない時間、利用時間終了後に入らせてくれていたんだ。
本来なら見られても夕暮れまでなのだけど、そのときは満天の星空と夜光虫のセットを見ることができていた。
……まぁ、当時の俺は隣にいるカルディアにドキドキとしすぎて、目の前の光景をそこまで楽しめていたわけではなかったんだけどね。
そこにトドメとばかりにプーレの無慈悲な一言が胸に突き刺さった。
俺が男であったら、それだけで泣いてしまいそうな一言だったね。
……まぁ、男だったらそもそも一緒に野天風呂に入ることはできなかったわけだけども。
とはいえ、女であっても童貞扱いというのはなんだか来るものがあった。
「あのね、プーレさん? 俺、じゃなく、私は女であってね?」
「「俺」でいいのですよ、カレンさん。たぶん、「俺」が普段の一人称なのですよね?」
「……そう、だけど」
「なら、普段通りでいいのです。畏まった言い方なんてしなくていいのです」
そう言って、プーレは縁に背中を預けて、「ほぅ」と気持ちよさそうに声を漏らしていた。
なお、プーレも肌を露わにして入浴をしていた。
プーレの体つきは、実に女の子らしいものだった。
出るどころは出ているけれど、引っ込むところもそれなりに引っ込んでいた。
さすがにカルディアほど凹凸がはっきりとはしていなかったけれど、年齢を考えれば、十分すぎるほどにグラマーな体型だった。
少なくとも凹凸の凸部分がまるでない俺とは比べようもないほどに、グラマラスな体の持ち主だった。
そんなプーレだけど、カルディアとは違い、当時は少しだけツンケンとしていた。
……決していまも大して変わらないと思ってはいません。
いまはもう少し。そう、この当時よりも愛情を向けてくれているはず、です。
この当時のプーレにとって、俺は模擬戦で子供扱いされた相手でしかなかったから、プーレの態度がツンケンとしているのも当然ではあった。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ、プーレさん」
「さん付けもいらないですよ」
「いや、さすがに今日会ったばかりの人を呼び捨てはできないよ」
「別に呼び捨てにしろとは言っていないのですよ? ちゃんでもいいのです」
「プーレちゃんって呼ばれたいの?」
「……いえ、やっぱりちゃんはやめてほしいのです。なんか、いまやけにぞっとしたのですよ」
「……酷くない?」
「……申し訳ないのですが、自分でもわからないけれど、なんかすごくぞっとしたのですよ」
「どういうことよ?」
「だから、自分でもよくわからないのですよ」
プーレは不思議そうに首を傾げていた。傾げると年齢にしては豊かな胸元がふよんと揺れていた。それをついじっと見てしまっていた。
「……なにを見ているのです?」
プーレが俺の視線に気付いて、さっと両腕で自身の胸元を隠したんだ。
「いや、見ていたわけじゃなくて」
「じゃあ、なにをしていたのです?」
「……えっと」
すぐには答えられなかった。
実際、ついプーレの胸に目を向けてしまっていたため、「なにを見ていたのか」なんて言えるわけがなかった。
どうしたものかなぁと思っていると、急に「浮気だ」と底冷えするような冷たい声が聞こえてきた。
恐る恐ると隣を見やると、カルディアの目からハイライトが消えていた。
ハイライトを消したカルディアは、なぜか俺の首を両手で覆ってくれていました。
「待って、待って、待って! 首を絞めようとしないで!?」
「……浮気者には罰を与えないとダメだもの」
「浮気なんてしていないでしょう!?」
「……でも、プーレの胸を見ていた。いやらしい目で見ていた。私のを見ればいいのに」
「いや、それは、その」
あまりにもストレートなカルディアの一言に俺は返事ができなくなってしまった。
「……なんで私は当てつけにされているのです?」
俺とカルディアの会話を聞いて、プーレは呆れていた。呆れながら、プーレの方にと泳いできていたシリウスをお風呂の中で抱っこしていた。
シリウスは急に抱っこされた「わぅ?」と鳴いていた。
「お風呂の中で泳いじゃダメなのですよ?」
「そーなの? プーレまま」
「そーなのです」
「そーなんだ。わかったの」
プーレと向かい合わせになりながら、シリウスは元気よく頷いていた。
かわいいなぁと思っている間も、カルディアは俺の首を覆う両手に力を込めていた。
「待って、カルディア! 本当に待って!? 死んじゃう、死んじゃ、ぐえ!」
「大丈夫だよ、旦那様。旦那様の息の根を止めたら、私もすぐに喉をかっさばくから。だから安心して、ね?」
それのどこを安心しろというのか。
カルディアの腕をパンパンと叩きながら、俺は必死になっていた。
が、それでもカルディアはやめてくれることはなく、意識が薄れる直前まで首を絞められることになったんだ。
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