第29話 二日目の終わり
満天の星空の下、俺はカルディアとシリウス、それにプーレとともに野天風呂を楽しんでいた。
まぁ、楽しむと言っても、カルディアに殺され掛かるというハプニングはあったが、それでものんびりと温泉に浸かることはできた。
この世界に来て、当時はまだ二日目ではあったし、まだなにも進展はしていない状況であったけれど、それでも気を張り続けていたことは間違いない。
その気も、温泉の心地よさと目の前の絶景、そしてまだ家族とは言えなかったけれど、親しくなれた人たちとのひとときによって、少しずつほぐれていた。
「むぅ、カルディアさんはやっぱり大きいのです」
……プーレのそんな一言が出るまではだけど。
「急にどうしたの、プーレ?」
カルディアははてと首を傾げた。首を傾げたことで、プーレよりも圧倒的に大きな膨らみがぽよんとなぜか弾んだ。
プーレは弾んだカルディアのそれをじっと眺めつつ、自身のそれと比べるようにして触れていた。
正直目の毒すぎる光景だった。
というか、なぜに俺の前でそんなセンシティブな言動をしてくれるのだろうかと思わずにはいられなかった。
「わぅ? プーレままのおむね、おおきいとおもうの」
シリウスは俺の腕の中で、プーレの胸を見つめながら言っていた。
プーレは再びさっと両手で自身の胸を隠しつつも、なんとも言えない顔をしていた。
「……まぁ、同じ年頃の子たちの中では一番大きいですけど」
頬を膨らましつつ、プーレは再びカルディアのそれを見やる。
プーレのそれもお湯に浮いていた。が、カルディアのそれはもはやお湯という海の上に浮かぶ島だった。
プーレも十分に大きいけれど、カルディアのと比べるとせいぜい小島としか言いようがない。
「胸なんて大きくてもあんまり意味ないよ? プーレくらいでちょうどいいかなぁと思うんだけど」
カルディアはプーレの羨んだ視線を浴びても、意味がわからないとばかりに言っていた。
その言葉にプーレの口元がわずかに歪んだ。
「……カルディアさん? それは持つ者ゆえの言葉なのですよ?」
「と言われてもなぁ。そもそも、プーレだって同じ年頃の子たちの中で一番って言っていたじゃん。プーレだって十分に胸が大きい部類だよ?」
「……それでもいざ巨峰を前にしたら、自信なんて木っ端微塵なのですよ」
「そうかなぁ? こんなの肩が凝るだけだよ?」
「~っ、まだ言うのですか!」
カルディアの呑気な言葉に、プーレの堪忍袋の緒がついに切れてしまい、ガバッと立ち上がるやいなや、カルディアのそれを両手で思いっきり掴んだんだ。
「んっ、ぷ、プーレ! いきなり掴まないでって! 痛いから!」
カルディアはプーレに掴まれたことで痛そうに目尻に涙を浮かべていた。
だけど、当のプーレはその程度で止まることはなかった。
「くっそなのです! なんなのです? なんなのですか、この胸は!? しっとりとして柔らかいのに、その向こう側からちゃんとした弾力があるのですよ!? 意味が! わからない! のです!」
なぜか強調しながら、カルディアの胸を揉むプーレ。
そのたびにカルディアの顔が痛みに歪みつつ、なんとも悩ましい声が野天風呂で響いていく。
そのときには、俺はシリウスを自身の胸に押しつけつつ、かわいらしい立ち耳を両手で塞いでいた。
「わぅ? ぱぱうえ、なにもみえないし、きこえないの」
状況を理解できていないシリウスは、どうしてこんなことをするのかと言わんばかりの態度だった。
とはいえ、あまりにもセンシティブすぎるうえに、シリウスの情操教育に悪すぎる光景だったので、致し方がなかった。
「わぅ~。ぱぱうえのおむね、ごつごつなの」
……だからこそ、シリウスのドストレートな罵声も致し方がなかった。
思わず、ごふっと吐血したくなるほどの一撃だったよ。
いやさ、別にね、いまさら胸が大きくなりたいなんざ思っちゃいないけど、それでも、それでもね、純粋無垢な一言は俺の心をずたずたに引き裂くには十分すぎた。
だが、純粋無垢な子が目にするには、あまりにもますい光景を見せないために俺は頑張ったよ。
「くっそ、くっそ、くっそなのですよぉぉぉぉぉ!」
「ん、だ、だから、強いってばぁ、プーレ。やん!」
……目の毒過ぎる光景に目を奪われながらね。
カルディアの反応は当然なんだけど、そのせいでプーレもまたいろいろと見えているわけで、その光景が実に、実にセンシティブでした。
同性である俺から見ても鼻血モノでした。
「ぱぱうえ~、ままうえとプーレままはなにをしているの~?」
腕の中でわけがわからないとジタバタと暴れるシリウスに手を焼きつつも、俺はある意味役得ともいえる光景を目の当たりにしていった。
……その後、騒ぎを聞きつけたククルさんに説教されたのは言うまでもない。
とにかく、そうしてカルディアたちの野天風呂で肩の力を抜くことができたんだ。
そんな温泉の一幕を終えて、俺たちはククルさんのギルドの宿泊施設で別れることになった。
プーレは両親と暮らす自宅に帰り、俺たちはギルドの宿泊施設で一夜を明かすことになったんだ。
本当ならプーレを家まで送りたいところだったんだけど、その必要はないとプーレには言われてしまっていた。
というのも──。
「だって、うちは目の前なのです。ほら、あそこなのです」
──プーレの自宅は、ギルドのすぐ目の前にあったんだ。
プーレが指差したのは、ギルドの前に並ぶお店のひとつだった。
「プクレ」と書かれた看板を掛けたお店は、他の商店とは違い、商品が立ち並んでおらず、まるで屋台のように、鉄板と調理スペースがあるだけだった。
「うちは甘いもののお店なのですよ。プクレってスイーツのお店をしているのです」
「プクレ?」
「ええ。甘い生地を薄く伸ばして、その生地で生クリームとバルナというフルーツを包んだものなのですよ」
「へぇ」
プーレの説明を聞いて、「プクレ」というスイーツがクレープのようなものなのだろうとイメージできた。
実際のビジュアルはわからないけれど、説明を聞いている限りは、美味しそうに思えた。
「明日はプーレもお店に出るので、そのときに来てくれればサービスするのですよ?」
ウィンクをしながら、なんとも現金なことを言ってくれるプーレ。
サービスするとは言ってくれたが、ごちそうするとは言っていなかった。
サービスとは言うけれど、せいぜいが割引き程度で、ただで提供するつもりはないということだった。
まぁ、その当時は会ったばかりだし、せいぜい文字通りに汗を流しただけの関係だった。
サービスしてくれるってだけでも十分すぎた。
「わぅ! あしたもプクレ、たべれるの!」
シリウスはとても嬉しそうに尻尾を振っていた。それだけでその日もプクレを堪能していたということは明らかだった。
プーレも「ええ、たっぷりと食べさせてあげるのですよ」と自身の胸を叩いていた。
シリウスがどれほどプクレを食べたのかはわからないが、ふたりのやり取りを聞く限りは、それなりにシリウスがごちそうになったことは明らかで、シリウスを抱っこしていたカルディアが申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね、プーレ。シリウスが」
「いいのですよ。むしろ、家にしてみれば、シリウスちゃんが店頭で美味しそうにプクレを食べてくれる方が売り上げになるのですよ。というかですね。周囲の飲食店さんからも、シリウスちゃんに試食をして欲しいって頼まれているのです」
カルディアの謝罪をプーレは笑いながら問題ないと言い切っていた。
その理由はシリウスが店頭でプクレを食べると、売り上げに貢献するからのようだ。
実際のところは貢献どころか、次々に飛ぶように売れて、売り上げが前日と比べて跳ね上がるみたい。
その噂を聞きつけた他の飲食店も、シリウスに自慢の一品を試食してもらいに来ることが多いそうだ。
結果、その飲食店の売り上げは爆増するらしく、まさに「シリウス様々」という状況のようだ。
「……あー、だから、シリウスとご飯食べに行くと、シリウスのことをみんな知っているんだ」
「むしろ、ここら一帯の飲食店でシリウスちゃんを知らない人はいないのですよ。ここら一帯ではシリウスちゃんはアイドルなのですよ」
ふふんと胸を張るプーレと「わぅん」とやはり胸を張るシリウスだが、プーレはともかくシリウスはなんのことだかはわかっていなかったのだけど、その反応が実に愛らしかったのは言うまでもない。
「というわけなので、明日も家でプクレを試食してほしいのですよ」
プーレは顔をずいっと近づけながら、真剣な表情を浮かべていた。
その言動に俺もカルディアも若干頬を引きつらせていたが、「わかった」と頷き合った。
するとプーレはぱぁと顔を輝かせて、「ありがとうございますなのです」と喜んでくれた。
本当に現金だなぁと思いながらも、俺とカルディアは苦笑いしていた。
シリウスはシリウスで「よくわかんないけれど、よかったの」と笑っていた。うん、実にかわいかったです。
「それでは、また明日なのです」
「うん、また明日ね、プーレ」
「またあしたなの、プーレまま!」
一礼をするプーレにカルディアとシリウスは手を振りながら答えていた。
仲がいいなぁと思いながら、俺も「また明日、プーレ」と笑いかけた。
「カレンさんもまた明日なのです。あと──」
俺の言葉にプーレは頷きながら、すっと左腕を伸ばしてきた。伸ばされた左手を俺は促されるままに掴むと──。
「──次は絶対に負けないのですよ?」
──プーレは不敵に笑っていた。それまでの現金な、言い換えれば商売人としての顔ではなく、戦士としての顔を浮かべながらプーレは笑っていた。
そのギャップに俺もまた笑みを浮かべて返した。
「あぁ、次も勝たせて貰うよ」
俺の言葉にプーレは「上等なのですよ」と口元を歪めた。
そんな俺たちのやり取りをカルディアはため息交じりに眺めていた。
このときの俺とプーレはいまのような関係ではなかった。
でも、いまのような関係に至るまでそこまで時間は掛からなかった。
「それでは、改めてまた明日なのです」
握手を終えると、プーレは俺たちに再びお辞儀をしてから踵を返して自宅へと向かっていった。
俺たちはプーレが自宅のドアを開けるまで、その背中を見守り、その後俺たちは宿泊施設にと向かったんだ。
こうして俺の異世界生活の二日目は問題なく終わりを告げたかのように思えた。
だが──。
「じゃあ、始めようか、旦那様?」
──二日目はここからがある意味本番だった。
宿泊施設で複数人用の部屋に入り、シリウスを寝かしつけた後、カルディアがそう言って俺をベッドに押し倒したんだ。
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